第3話 城銀 -Ag2O-
太平の世に、
他者を圧倒できる武器は、時として人を残酷な行動へと駆り立て、罪なき人を巻き込み惨劇を引き起こす。
「許してはいけない。あんなことは、二度と……」
帰りの
確か、あの夜もセミが鳴いていた。
十歳になったばかりの雹右衛門は、どこからか聞こえてくるセミの鳴き声を聞きながら、
雹右衛門は生まれた時から業物鍛冶として生きることを
十歳となった彼に与えられた課題は、家宝として伝わる
小さなネジや
あえて家宝を教材とすることで、
「どうしてこんな
分解した
「いつか、おれもこんな
そんな夢を見ていたかつての自分を思い出すたび、雹右衛門は
究極の一振り。
そんなものを作ったところで、その一本を奪い合うための争いが起きるだけだ。
「ん?」
工房の外、
ピカッと一瞬だけの、目が
「きゃあッ!?」
それとほぼ同時に、夜の闇を裂いて
「
雹右衛門は妹の名を
作業用の
異変にはすぐに気がついた。
濃厚な鉄の匂い。
それに、何かが
何か、恐ろしいことが起きている。
「
残された足跡を
「
「うぅ、
「よかった、無事だったか!」
雹右衛門は七歳になる妹の
「大丈夫だ、おれが来たから、もう大丈夫だぞ……!」
雹右衛門は
そこには血だまりと、頭を吹き飛ばされた男の死体が残されていた。
「あっ……!」
死体は、
父、
「
父の死に
「兄さま、父さまはどこ? さっきから呼びかけているのに、へんじしてくれないの」
「なに……?」
父なら、そこで死んでいる。
すぐ近くにいた
「ここで何があったか、見ていないのか……?」
「あのね、兄さま。ずっと、目が痛いの。さっきから何だか暗くて……」
「なっ……!?」
起き上がった
妹の幼い顔に、黒ずんだ
特に右目があったはずの場所からは、煙が細くたなびいていた。
眼球が焼け、中身の水分が蒸発しているのだ。
「まさか……」
父を殺し、犯人は、
恐らくは、目撃者の目をつぶすために……
「
こんなことをする奴は、人間ではない。
雹右衛門はそんな
「心の無い、『虫』め……ッ!」
雹右衛門の怒りが口から漏れ出した、その時。
「
「はっ!」
「大丈夫ですかい? ずいぶんとうなされてたみたいですが」
「お、お
運び手たちを
小さいながらも、本格的な
「ただいま、
「あら、兄さま。お帰りなさい」
仕事場に顔を出すと、作業に集中していた少女がパッと顔をあげ、雹右衛門の方へと振り向いた。
「お仕事、どうだった?」
「喜んでもらえたよ。
「よかったぁ……兄さまの仕事を台無しにしてしまったら、どうしようかと」
「馬鹿なことを言うな」
雹右衛門は、
「まるで、今にも凍りつこうとしている冬の湖みたいに、静かで美しい面だ。
「もう、兄さまったら
「事実だ。もう一流の
「急にどうしたの? 変な兄さま」
雪路は
その右目には、青みがかった
七年前、
顔を横切る大きな
今こうして一人前以上の仕事ができているのは、血の
雪路は鋼を見ていない。
「おれはいつだって、
雹右衛門は口にこそ出さなかったが、心の中でそう思った。
腕が良いからだけではない。
ハサミやノミなどの仕事道具を手入れすれば、それを使ってより良い品物が人々に提供される。
本当は、そんな
しかし、それはできない。
なぜなら、
「? どうしたの兄さま? 何だか難しい顔してない?」
「……そうか?」
「絶対そう。お仕事で何かあったんでしょ」
「いや、そんなことは……」
雹右衛門が返す言葉に困っていると、仕上げた包丁をしまい込みながら雪路が「あ」と声をあげた。
「そうだ。『何かあった』と言えば、兄さまが出かけている間に人が来ていたの」
「新しい仕事の
「ううん。『
「なにっ!?」
雹右衛門は思わず声を
「何かされたのか! どこにも
「う、ううん。話をしただけだから、大丈夫」
雹右衛門の
「あのね、その人たちのお師匠さんが、
「そ、そうか……」
どうやら、
雹右衛門は、ホッと胸を
「いいか、雪路。『
「う、うん……」
過保護だと思われただろうか?
うなずく雪路に向けてほほ笑みながら、雹右衛門は思う。
いや、過保護に思われるくらいでちょうどいい。
雪路が再び心無い悪意にさらされる可能性を思えば、
雹右衛門は、雪路の仕事場に
「それにしても、危なかった……!」
心の中で、雹右衛門は声を
雹右衛門の視線の先、
無数の工具や
「もし、あれが奴らの目に
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