第2話 業物 -Karma-

はらの国では、戦国中期から幕府解体までのおよそ三○○年ものあいだ、一部を除いた諸外国との国交を断つ、こくの状態が続いた。


広大な外の世界を避け、じゅつなぎの列島に引き籠っていたことで、結果としてこの国は多くの面で大陸諸国に対して出遅れることとなる。


しかし、限定された世界の中では、時として外の世界をも凌駕りょうがする怪物けものが生まれることもある。


その一つが、はら独自の武器製造技術だった。


海外では早くに主流となっていた蒸気機関を採用せず、火薬や発条ぜんまいけ、げんでんなどをどうりょくに様々なからくりが生み出され、狂気的なまでの小型化改良によって、人の手におさまる大きさとなった。


中でも『わざもの』と呼ばれるような傑作は、戦国武将たちの専用武器オリジナルとしていくさで無数の伝説を遺した。


たとえば、刀身から発火し、城一つを単体火力で焼失させた『つち』。


たとえば、無尽蔵にしたたとうえきによって触れたすべてを凍結させる『きり』。


たとえば、さやから抜き放った刹那せつなのみ光の刃を発生させる最短最速の刀『あまてらす』。


はらの幕府がかいびゃくして戦がなくなってもその価値は衰えず、たった一本のわざものに城一つを左右するような金が動いたと言う。


しろがねひょもんは、そんなわざもの文化の被害者であり、また、加害者でもあった。



「こちら、修理のご依頼をいただいていたわざもの鹿』をお届けに上がりました」


都の郊外、かんせいな山の中腹にひっそりとたたずむ屋敷にて。

見事なていえんいちぼうするしきに通された若い鍛冶職人が、屋敷の主に刀を差し出した。


「どうぞ、ご確認ください」

「うむ、あらためさせてもらうよ」


刀を受け取った小柄な老人は、その刀身を引き抜いた。


「おぉ……」


シャラリと音が鳴り、刃が狐の尻尾のように床へとれた。


鹿、長い尾を持つしんじんの名をかんしたわざものは、細かい刃同士を鎖のように複雑につなぎ合わせた刀身を持ち、尻尾のようにしなる。


ムチのような柔軟性と、刀の切れ味。

これを手に戦国を駆けたじょけつまちえんろうの独自剣術は、戦国時代においては無敗を誇ったという。


「おお、こりゃあ命を取り戻したかのようだね。流石、とうしょうしろがねこお先生のご子息、ひょもん先生だ」

「恐れ入ります」


ひょもんは、深々と頭を下げた。

相手はとあるのごいんきょだった。

年から逆算するに、いくさに立った時期も長かっただろう、正真正銘のふるしゃ

生ける伝説に属する大物だ。

しかし、今は枯れ木のように乾ききった顔に、ニコニコと笑みを浮かべているこうこうに見えた。


「まさか、いくさで遠目に見るだけだったこの品を、蒐集コレクションに加えられるとはね。人生、長生きすると分からないものだ」


いんきょは、まるで子供のように目を輝かせながら鹿をなでた。


まちえんろうさんは、それは綺麗なお人でねぇ。あの人が馬でかっせんじょうを駆けると、その後ろにしっみたいにこの刃が尾を引くんだ。すると、いつの間にか近くにいた兵どもがパタリと倒れて死んでいるんだ。誰も、斬られたことに気付かなかったんだよ」

「ですが、そんな達人もはら軍のてっぽうたいにはかなわなかった」

「ああ。逝原のおお殿とのさまは、本当にいくさがお上手だったから」


いたむようにそっと鹿のうとうすると、ごいんきょは再びひょもんの方へと向き直った。


「ところで、ひょもん先生。おちちぎみこお先生は生前、わざものの手入れだけでなく新たな作品製作もけられていたそうだね」

「……」


いんきょの言葉に、ひょもんの背筋をゾワッと嫌な予感が走った。

次に言われるだろうことが、おおかた予想できたからだ。


「先生はその才能を継いだ当代一のわざもの。その手で、私のために新たなわざものをつくってはくれないかね」


いんきょは、ずいとひょもんの方に進み出た。


「夢だったんだよ。若い頃は、自分だけのわざものを手に戦場を駆けて、名を残すことをいつも夢見ていた」

おそれながら、今でもご立派な名と家とをお持ちかとぞんじます」


ひょもんがやんわりと反論すると、ごいんきょは、枯れ木のような首をふるふると横に振った。


「それは、はらおお殿とのさまに早くから味方したからだよ。政治と駆け引きを上手くやったごほうであって、剣でつかみ取ったものじゃない。私は、戦国の血にまみれた栄光が欲しかった」

「……」


ひょもんは、思わず眉をしかめそうになった。

いんきょの目に、妖しい光が灯っている。

さいばらざんと同じ、誰かの血を求める戦国の光だ。


ムカムカと、ひょもんの体内をむしが走る。


「剣ももうロクに握れない、年寄りの身体だ。ただ眺めてかつての戦国に思いをせたい。そんなささやかな楽しみのために、私だけのわざものを打ってはくれないかね」


いんきょは、声をひそめた。


「もちろん、先生の腕にふさわしいほうしゅうを約束しましょう」

「……恐れながら」


ひょもんは再び頭を下げた。


「新たなわざものの製作、設計に関するご依頼は、すべてお断りさせていただいております」

「なぜだね」

わざものは、太平の世には不要の、人殺しの道具でございます。新しく作れば、秩序をみだしかねません」


げんに、さいばらざんとその流派、『えんりゅう』の弟子たちは、どこからか入手したわざものを手に好き放題やっていたようだ。


そういうやからが、今も虫のようにはびこっている。

だから、太平の世とはいえ都の夜はシンと静まり返っているのだ。


「私は、変なことにわざものを使うつもりはないよ。ただ眺めていたいだけだ」

「刀や鉄砲がそこにあるだけでおっかないように、わざものも存在しているだけで力を持ちます。幕府がこのことを知れば、反乱をくわだてたとして、あなたさまも私どもも一族ごとやしにされてしまうでしょう」

「だったら、私が死ぬまで秘密にしよう」

「では、死後は? あなたさまのご家族が、のこされたわざもののせいで人生を狂わされない保証はございませぬ」


「それに……」ひょもんは言葉を続けた。


「近頃は、わざものりという人斬りが出るそうです。先日斬られたさいばらざんも、わざものりのわざだとか。噂では、届け出のないわざもの所有者たちをしゅくせいするために、幕府が雇ったすごうでとも聞きます」

「馬鹿な。仮に本当だとしても、幕府が功労者の私を狙うはずがないよ」

「あくまでうわさでございます」


ひょもんまゆ一つ動かさずに言った後、また頭を下げた。

これで、三度目だ。


「どうか、太平の世に生きるわざものの立場も、ご理解くださいませ。修理や手入れ、日用品としての刀づくりに関しましては、全力でおくしいたします」

「むぅ、そうか……先生ほどのが、そう仰るなら……」


いんきょは小さくうなった。


「しかたない、か。戦国は……戦いの時代は、もう終わってしまったんだものね」


自分の中にいる何者かに言い聞かせるかのように、ごいんきょはつぶやいた。

あやしげにちらついていたその眼光が、色を失っていく。


「そう。それでいいのです」


深く頭を下げたまま、ひょもんは心の中でつぶやいた。


「さっきの話は、お互い忘れることにしよう。また何かあれば、頼らせてもらうよ」

「もったいなきお言葉、痛み入ります」



いんきょが手配したのりものられ、ひょもんは屋敷を去った。


「若先生、この辺りからの景色がまたいいんでさ」


運びのにんそくの言葉にのぞき窓から外を見る。


「ほら、はらじょうがよく見えるでしょう」


都の中央で天をくように城がそびえている。

視線を下ろすと、立ち並ぶいえいえの間をいそがしそうにう人々。

張り巡らされた水路では、無数の小舟たちがすれ違いながらを行き来させている。


高く上った日に照らされ、都は暑い夏の日の平和をおうしているように見えた。


しかし、ひょもんは、目の前に広がる景色を苦々しげににらんでいた。


「浮かない顔ですね、若先生。酔いました?」

「いや……」

「そう遠慮するこたぁないですよ。気を付けて行きますから、どうぞお休みになっててくだせぇ」


人足はそう言うと、再びを揺らし始めた。


「今も、この都のどこかに潜んでいるはずだ。七年前、わざもの目当てに俺たちの家を襲ったどう。父上を殺し、何の罪もない妹を……」


ひょもんは知っている。

一見、平穏そうに見える陽向であっても、一つ岩をひっくり返せばそこには醜い悪意の虫がうごめいているものなのだ、と。

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