第50話 捧ぐ物語
「はーー……なんとか彼の『魂』を持ち帰ることに成功したが……あんな危険な命令はこれで最後にしてくださいよ」
夕焼けが差し込む天に近い疑似バベルの塔の最上階。夕陽に眩しくなのにその場所は暗澹と闇に染まっていた。まるで一つ空間を切り抜いたかのように。
声の主は眼鏡に吊り上がった瞳と掻き分けた灰色の髪の男。辟易とため息を吐く男に暗室の奥から姿を現したもう一人の人物は笑みで迎え入れる。
「それは悪かったね。まーまー君の功績を讃えゆっくりとお茶でもしようじゃないか。彼の失敗のお陰で僕たちが動けるのはもう少し先になりそうだしね」
その人物は恐らく男である。それは体格や骨格が男よりであることと声の質が女性より低いことが見分けられる。けれど、恐らくと確信が持てないのはその顔にあった。
仮面だ。不思議な紋章が彫られた仮面で顔を隠した男?の道化振りにその存在事態があやふやに感じ取れてしまう。
眼鏡の男はもう一度ため息を吐き、その手に持つ光の珠を掘り投げるように雑に仮面の人へと渡す。
「おっと、魂の扱いにしちゃ雑だね。まーいいけどね」
「当り前だ。そもそもこいつは死ぬはずだった。それを私が助けたのだ。私がその魂をどう扱おうと私の勝手だ」
「あはは。君の意見はごもっとも。権利とは相応の試練にて手に入れられる宝珠にすらならんもの。君の功績は悪魔を雑に扱うくらいの権利はあるさ」
綽々と会話をする仮面の人の心意が何一つ読み取れない眼鏡の男は舌打ちをしながら本題へとのめり込む。
「それで、次は何をするつもりだ?」
仮面のたくらみはこの程度で終わっているはずなどない。そもそも悪魔ルシファーの暴動は仮面のシナリオの序章でしかないのだ。
目の前の仮面が何を目指し、何を願い、何を欲しているのかは知らないが、眼鏡の男は仮面の悪道から抜け出すことはできない。
仮面は男の思考を理解しているのか含みある笑みを浮かべ夕焼けへ目を向ける。
「いやはや、『彼女』たちの戦いは素晴らしいものだった。感服の限りさ。何より……面白いものをみれた。次はどうやって君と遊ぼうか――アウズ」
「…………」
「そもそもすべては計画通り。僕の理想は今だ始まったばかりだ。そう焦らずともすべては僕の願う方へと進んでいく」
「それは貴様の〈権能〉ゆえなのか?」
「違うさ。――彼と僕が目指すものが一緒だからと言おう」
「…………一緒?ならあなたも『復讐』を理想としていると?」
「そうだね――復讐。ああそうさ」
仮面の悪魔は掌で輝く『魂』を愛おしい瞳で見つめ、薄暮の夜へと微笑んだ。
「君に捧げた復讐さ」
仮面の人は踵を返し暗室の奥へと歩いていく。その後に男も続いた。
仮面の主は思い描く神話の巡りにただただ臨んだ。
「――さあ、始めよう。運命の選択を――
*
これは一人の『旅人』が書き残した物語だ。
それは救われない救えない、唯々に悲しい惨劇。幾度の死が交わる誰も救われない悲劇。
そう、これは悲劇の物語。誰も救われない哀しく虚しい物語。
けれど、『旅人』をこう残した。
――この物語は終わることはない。
――悲劇に殺される彼らの物語はまだ続いていく。
――ここからは僕も知る由がないだろう。けれど、これだけは書き残させて欲しい。
――これは、決して悲劇だけではないと。悲惨があり、葛藤があり、残酷があり、死がある。けれど、確かな光が覗く物語である。
――どうか見守っていてほしい。彼らが辿り着く物語の結末を。
そう、これは悲劇から一筋の光を辿る、淡く儚いけれど足掻いて抗った
いつか始まる悲劇に、抗う人間の愚直な人類譚。
そして、復讐者が剣の少女へ捧ぐ悲願の物語。
これはそれだけの物語。
剣の君へ 捧ぐ復讐 ~Auðr Lilya~ 青海夜海 @syuti
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