第44話 さあ、最終決戦へ

 その裏、すべての楔が切除されてなお消えない魂血の監獄。

 どうして?なぜ消えない?あの化け物を殺さないとダメなのか?しかし楔は四つだけではないか?

 そう次々と不満を漏らし不安に晒されながらあーだこーだと言い出すのは冒険者たち。

 見事四つの楔は勇敢な英傑たちによって切除され亡者の力は確かに弱まった。

 しかし今だ監獄は顕在。魂の恨みは冒涜されてなお蹂躙され利用され力の源となる。

 劈く阿鼻叫喚。死屍累々の戦野にて、今も続く死闘の限りに民衆は怯え狂う。その民衆すら醜き動物にすら見えるアーテル王国にて、奮闘する冒険者たちですら魔族たちに籠城は崩されんばかり。

 魔族の侵攻は収まらない。奴等は殺戮の化身。肉を喰い血を啜る魔物の本性。殲滅及び悪魔の命なければ奴等が襲うのを止めることはない。

 故にすべては天上の死闘及び、地上中心の激闘に人類の存亡は賭けられた。


 そして――悪魔の明星が最厄を生み出したその時、アーテル王国地下ダンジョンにて二人の少女はダンジョン内を駆けていた。


 一人は銀青の髪と金青の瞳を持つ【正義】のセルラーナ・アストレア。

 もう一人は白に近い青の水流の髪と透明な青の瞳の【水脈】ミラーダ・テルミス。

 正義の光と水流の閃が走れば魔物は瞬間灰と成り果て、二人の少女は颯爽を駆けていく。


「後どれくらいなの?」


 ミラーダの訊ねにセルナは剣を振るいながら答える。


「今は二十五階層よ。私たちが目指しているのは最下層の三十階層。後ニ十分も掛からないはずよ」


 セルナとミラーダは現在、地下ダンジョンの三十階層に向けて、とある依頼を遂行するために奔走していた。


 時は少し戻り、リリヤがセルナたちを置いて飛び立ってから二人はアーテル王国へ全速力で疾走した。通常龍車で二時間以上は掛かるジュナの森古代集落から一時間もかけずに到着したセルナとミラーダは、シルヴィアたちと同じように驚愕を抱いては不快と悍ましさを覚え、天井の悪魔に正義の意思を燃やした。ミラーダに正義感はないが畏怖を覚えるのは同じだ。


「こんなの……許せるはずないわ‼みんなをっ……あの日みたいにまた――っっ‼」


 正義の怒りを燃やしセルナはリリヤが開けた穴から監獄の中、地獄へと飛び込んでいく。


「ちょっとっ!待ってー!」


 後を追うミラーダに構わず正義は光を奔らせた。汚染された魔物のそれらしかいない街中は酷いものであり、セルナは歯が欠けてしまうほどに噛み締めていた。


「ふざけないで!人の死をいたぶり挙句に尊厳までも冒涜するなんて信じられないッ!一度見て知っていても……それでもっ――どうしようもなく裁かれるべき悪よ‼」


 正義の天秤は悪へと傾いた。絶対的な悪へ排除するべき害虫へと制裁の剣は一層輝きを強める。


「悪魔の欲望にどれだけの人が死んだッ!悪魔の身勝手にどれだけの人が不幸になった⁉私は悪魔を許せない――ッ!そして、悪魔の寵愛に狂った魔族たちも私は決して弁明を与えないわ。嘆きと悲しみの慟哭こえに応え、正義の娘わたしが神罰を降すわ。弔ってあげる。裁定の結果、正義を持って裁きを与えるわ‼」


 正義の後光は魔をくべる。神罰は神の業。けれど、女神の眷属アマデウスである神の血統者のセルラーナ・アストレアであれば代理人としてそれは可能だった。


 正義の光は純正と貞潔にあり。正業を為す正道を築く。


 その光は災や厄、穢れや邪を浄化するものではない。それは締結する正理に直結する理の代弁。意味は一言で裁断。悪を裁く光の浄化だ。

 故に聖剣は悪を裁き浄化にくべる。

 打ち鳴るのは聖観音。救済と秩序の光跡。

 正義の意思は剣に宿り女神の恩恵を拍動させて制裁は降された。


「【エウノミア・ルウ】――っ‼」


『亡者』は邪火を浄化され純粋な魂へと還り、魔族は真髄のその果てまで霧散した。

 正義の戦場のみ光が刺していた。


「すごい……これが本当の【正義の剣ヴァルゴ・フィリア】。知ってるよりずっと強くてかっこいい……」


 ミラーダが呆然をセルナを見ていると、背後から生き残っていた魔族が飛び掛かり。

 寸前違わず水が流れた。ただ水が弧を描いて宙に流れただけ。魔族の首はぼとりと落ちて絶命した。ミラーダの足元には微かに溜まった水が金魚のように動いており、ポツンポツンと波紋を打つのは彼女の手に持つ〈水脈の剣〉から滴る雫だ。ミラーダは剣を足元に突き刺して溜まった水を吸収し何事もなかったかのように再び同じ位置に剣を構えた。


「ミラーダ。貴女も加戦しなさい。どれだけ葬っても湧いてくるわよ……っキリがないわ!」


 視界を広げれば忽ち黒い羽虫の羽ばたきに覆われ、無条件に忌憚と病魔的拒絶からの不快がぶぁっと噴き上がる。


「すごい数⁉五百?千はいないよね……。今まで見て来たなかで一番多いんじゃない⁉」

「けれど、そのほとんどが負傷していると見えるわ。どうやらこちらの方が数が少ないと見て大群で攻めて来たようね。数の利は魔族の法則ね」


 喜々とする殺戮に飢えた哄笑。ゴミよりもなお醜物な空の不快。ミラーダたちのような英傑であれども、その数の多さと周囲の崩壊した戦場を組み合わせれば、嫌でも埋め込められてきた魔族の悪性を感じずにはいられなかった。


「ちょっと、ううん、だいぶ気持ち悪いんだけど……この惨状って魔族のせいだよね?」

「どう見てもそうでしょ。悪魔がどれだけ関わったかは知らないけれど、今なおあれだけの量が残っている事実からして、攻め込められた時はその倍以上のはずよ。……そして見てわかる通り、生き残っている人は少ないようね」

「みんな、どこにいるのかな……」


 ミラーダは他国の者だからアーテル王国の勝手は知らないが、セルナは違う。恐らく王宮に避難しているはずであると想定しているセルナは計画を瞬時に立てていく。


「まずは目前の魔族を殲滅して、一先ず生き残っている人たちと合流ね。それからは戦場によって――」

「いや、君たちには違う事をしてもらいたい」


 そんな唐突な声がセルナの意識へと入り込んだ。ばっと振り返ればそこに現れていたのは白髪と知的な碧眼をした齢は同じくらいの青年だった。端整な顔立ちに軽さと甘さを感じさせる雰囲気の合間からは知的な感覚を覚えさせどこか掴みどころのない美青年だ。


「うわぁーイケメンだ」


 と、感嘆するミラーダを他所にセルナは警戒心を極限まで高めながら訊ねた。


「してもらいたいこと?まずは貴方のことから教えてもらってもいいかしら?」

「それは失礼。けれど時間は少しも残されていないし待ってもくれない。君の心情は理解に値するが今はどうか女神の慈愛に許しを請いたい」


 飄々というよりは淡々とした声音は真剣さを感じるが、逆に一定以上の感情の現れが見えない。怪訝に射止めるセルナだがこちらに大量の魔族が向かってきている以上、有意義ではない問答を繰り返すのは愚かだと判断降し首肯で話しの先を促す。


「ありがとう。さて時間が無いのは真実故に本題に入ろう。まず現状を掻い摘んで話せばアストレアのきみもよく知る悪魔ルシファーの〈権能〉によって我が国は支配されている」

「――っ⁉けれどあの穴のお陰で私たちはこの地獄に入ることができたわ。なら――」

「しかし出ることは叶わない」

「――っ⁉」


 先寄越され回答にセルナが息を詰まらせ、青年は薄く口元を緩めてはすぐに引き締めた。


「故に僕たちが目指すはこの監獄を作り出している〈権能〉……つまり、天井の赤星と結ぶ楔の切除にある」


 頭上を仰げば恍惚と悪魔の意思のように滞空する赤星が顕在し、それは地上四つの方角へと楔を伸ばしている。まるで研究所でみた儀式模型と同じように。


「切除に及び残りうる主線力で対応に当たっているが、一手足りない。そこで君たちに誰も知り得ない最後の戦場に行ってもらいたい」


 その言の葉の紡ぎは誰も知り得ない世界の裏側を謳うように。


「最後の戦場……?誰も知り得ない、なぜ貴方は知っているの?」

「問答は無意味だ。まーその場に丁度居合わせたグランダルナ君の証言とだけ言っておくよ」

「グランダルナって【竜印の覇者】の?あの道化のように飄々としていて誇りすら持たない愚者のグランダルナ?」

「……君の彼への評価は聞かなかったことにして、その彼さ。彼の証言曰く、地下ダンジョンの最下層……三十階層にて変異型の亜種――超進化型の魔物がいたそうだ。五十階層の階層主モーンストルムをも超える可能性があるとのことだ」


 青年の言葉にミラーダとセルナは心底驚愕の動悸に襲われた。同時に今までに戦ったことのある階層主モーンストルムが想起する。

 先に声を荒げたのはミラーダ。


「五十階層⁉うそ⁉そんなのいたら魔物の形態すら変化するはず!今まで気づかないなんてありえない!」


 ミラーダの切羽詰まった態度にセルナは首肯する。


「ええそうよ。それに階層五十階の階層主モーンストルムと予測するのなら、私たち二人では到底無理よ。上級冒険者が前衛後衛とサポータや支援系を余さず整えて攻略できるレベル。どう考えても二人では逃げ帰るのがオチね」


 セルナは己の力を過信などしていない。いや、正義を名乗る手前、過信を真実に変えるための抗いからの勝利を掴むことをやってのける。けれど、それも単独ではなくギルドメンバーが共に前線へ疾駆してくれることからこその結果だ。

 セルナは自分の力を過信してはいない。仲間の力を過信しているだけだ。

 仲間たちに託された正義を無駄死程度で放棄するなどありえない。ミラーダの技量はどこまでか知らないが、英傑と謳われようともその身は愚者でも蛮族でもない。

 しかし、次の一言がすべてをひっくり返す。


「しかし――そこがこの監獄の中枢機関――〈権能〉の制御機関だ」

「――っ⁉」


 つまり――


「それを破壊しない限り僕たちは解放されない。ついでに言うなら悪魔の支配も止まらないだろうね」


 もしもその話しが本当なら、そして制御機関を破壊できる者、つまり五十階層レベルの魔物と相手取れる者がこの国に残っているとすればそれは――


「私たちしかいないわね」

「そう、みたいだね」


 そう、最後の希望は彼女たちしかいない。


 ローズたちの帰還はどれだけ速くても後二時間以上は掛かる。恐らく一時間もかからず悪魔と死神の決着は着くことだろう。見ていてわかるほどの死闘だ。魂を掴まれてしまうほどの激闘だ。戦慄してなお動くことも逸らすこともできないほどの激情だ。

 セルラーナの心拍は斬撃と重なり、ミラーダの瞳は荒々しいけれど、どこまでも美しい水流をその死闘に見る。


「さあ、時間はない。ここは僕がどうにかするから君たちは行ってくれ。そしてどうか、君たちの『正義』でこの国を救って見せてくれ」

「――わかったわ。正義の名において剣に光を」

「任せて!私の力が誰かの役に立つなら――あの人のためにもきっと成し遂げてみせる!」


 そして走りだす未来に可能性を秘めた二人の少女を見送りながら、その男――ヘルマ・メリクリウスは結界を張り自分を含め彼女たちの気配を魔族から遮断した。

 そして、その場を離れ城壁から事の成り行き、物語の転結を見下ろした。


「そうさ、君たちは最後の希望。この巡る時代の最後の担い手」


 ヘルマは笑う。見通すすべての物語に未知と運命を求めてその手は綴る。


「さあ、君たちの正義を見せてくれ」

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