第42話 命かける時の炎、見上げ
東――魔法陣。
「【心は叫ぶ、想いは猛る、過去はもう振り返らない】」
凛とした声音が戦場の中、歌を紡いでいた。
「【創元の神楽よ、盲目の神華よ、今に視よ、私の
無情の美女の花びらの舞いが化け物を隔絶するそんな戦場の中、その歌だけは止まる事無く、美しく響いていた。
やがて終わるエンドロールに向けて、歌は終局へと到る。
「【蒼き
それは生き様から生まれた魔法。過去ではなく未来を生きる彼女に与えられた魔法。
心眼を開いた彼女――竜印の覇者ナンバーセブン【蒼炎】ルベル・ピオニィスは蒼の魔力を解放した。
「【
浄化たる聖火は蒼を纏いて花吹雪に包まれるサタナキアを抱きしめた。花びら舞う晴嵐は蒼く幻想となる。悪たる根源を浄化へ導く炎。意志が揺らがない限り絶対不可侵の蒼き炎。
名は聖火を戴き、『浄化』を意味する篝火の眷属たる魔法。
横に振る腕に従って、蒼炎花びらを連れて消え去った。未完成にして体内の発達しかできていなかったサタナキアは、綺麗に浄化させた。
「ふぅーこんなものでしょうか」
ルベルは神炎を収めて一息つく。
その地だけは血に濡れていなかった。綺麗に浄化された美しいままの大地であった。
心を強さとするルベルの魔法やスキルは炉の神からなる守り火なのだろう。
そんな彼女の下に一人の女性が歩み寄る。
「お疲れ様ですルベル様。御見事でした」
そう無表情でお褒めの言葉を贈るのはアマリリス。花嵐の魔法でずっとサタナキアを足止めしていた彼女のほうがお見事という他ないだろうに、ルベルは皮肉なのかと苦笑する。
「別に皮肉ではございません。まーわたくしにとってはちょちょちのちょいです」
「煽ってますよね⁉」
「煽ってません」
顔やスタイル、ステータスを見れば絶世の美女であり有能かつ王の左腕という立場まで持つ彼女は数多の公爵貴族が狙う有能物件だが、性格がアレなのと表情が死んでいるが故に
「まーあとは彼らでしょう。死神が望んだ復讐はどのような色になるのでしょうか」
見上げればどこよりも誰よりも激しい死闘が空中を瞬く速さで繰り広げられている。
悪魔と復讐者の死闘。
【アウズ】たる人間の悪魔と【明星】たる世界の悪魔。
血が吹き荒れ、雄叫びが幾度に叫び、限界を超えた戦いが永遠と行われている。
どちらかが死ぬまで終わることのない死闘。
しかし、形勢は悪星へと傾いていく。巨悪の真が狂気を持って巨愛を抱く。
悪魔の号令は死者の呪詛。魔性の歪は確かな神罰。かつて天使だった悪魔は堕落してなお神聖を宿し悪性に委ね狂気に本気していた。
『復讐』からなる丈は『欲望』の前に、『狂気』の前には無惨だった。人間を捨てきれていないリリヤには人間を捨てた本当の悪魔とはそもそも根本的な気概が違った。
ただ違うのは囚われているかどうか……それだけだ。だというのにそれだけの諧謔ですら可逆してしまう。
悪魔の紅き槍の一掃は血の雨か。紫雨の稲妻か。ただ空戦は苛烈に激烈に鮮烈に真紅が哄笑していた。
言葉通りの血の雨。互いの身体は真っ赤に染まり、遠目でもわかってしまう死の淵と魂の号叫。
そして癇癪と褒詞による
「どうも愚民の衆。よくぞボクの領域を構築する補助機械を破壊した。敬服を持って君たちを素直に表彰しよう‼嗚呼、あぁ、でもさ。ボクの野望の邪魔をするのはよろしくないさ。たかが人間如きで悪魔のボクにここまで抗ったことは素直に褒めるさ。でも、君たちは立場を弁えていない。劣等で愚鈍、惰弱にして脆弱な神の模写がしていいことではないさ。あぁ……本当に忌々しいィ‼狂乱に染まれ!ボクに敬服し命乞いをし給え!ボクの野望を阻む愚かなる者をボクは許しはしない。故に君たちの罪に罰を与えよう!」
そして、それは一つの変化の下に変則した。
赤き星が唸りだす。楔が激烈に閃光して魂に訴えかける。
それは〈血錠〉からなる進化だった。それは悪魔からのギフトだ。
【明星】ルシファーは高らかに笑った。
「ハハハハハッ!さぁ!始めるさ!愚鈍で矮小な君たち人類に贈るボクからの罰さァ‼明るき星が煌めかせるボクら悪の進撃に絶望しろッ‼」
魂が穢され、〈権能〉からなる〈血錠〉が『亡者』に力を与える。
『明星』の祝詞は『一番』。
かの悪魔の志向は記憶の中の頂点にあり。亡者は過去を見て己の一番を再現する。その肉体は冒涜と死の果てに存在しないというのに、あの頃を思い出しては眼を覚ます。
世界を歪め、神を怒らし、理から外れた監獄でしか為せない外法の〈権能〉。
そして今から行われるのは【明星】の悪魔ルシファーが繰り出す自己肯定感への要求願望の悪食。
全ての条件が揃ったその時でしか発動できない揺るがしの夢想。
悪徳は悪辣として血錠を弾いた。
これは夢想を真実に変える『一番星』。
望む一番へと誘う変革の歪曲。これはエンドロールへの片道切符。
希望すら破壊して、意志すらも捻じ曲げる圧倒的絶望の顕在。
それは、それは、それは――
「さぁ、『魂』たちよ!ボクたちの血肉となり、願いを叶えろ‼――〈
赤星の上に円環のような光輪が出現。中央へ矢指す瞼のような光輪は赤星を矢指す中央へと落ちていき、光輪と赤星はピッタリと接続した。刹那、赤黒の天空は黄金の光の穴を開け、一筋の神光を地上へ刺した。それは赤星を媒介に貫き、真下の巨躯の化け物へと注がれた。
そしてまるでそう。その高き野太き地平の果てまで轟かすかのような咆哮に、嗚呼、神話の
耳を塞ぐのは反射。真っ青な顔は愉快で卑劣。脚を崩す者。涙流す者。痛み知る者。時を忘れる者。
嫌な音、嫌な予感。嫌な傀儡の愚聴。
不快不穏で奇怪奇声は脳髄を刺激して狂わせる。
「なんだ⁉なんなんだよこれはっ!クソッ」
「耳が……ぅぅ……これは、なに⁉」
「ぅわぁ……ぁぁぁああああああああ‼」
「きゃっやめっッッッぇェェェ‼」
「~~~~~っっっっっっ‼」
次第に狂いだす人間の発狂。人間には耐えられなかった。その化け物の姿にではない。むろんそれを間地かで見たのなら死真似となるだろう。だけど、その化け物の姿を見ていたのは二人だけ。見ていなくとも人は耐えられなかった。その『声』にすら精神を保てなかった。
「みぃっんな……っ」
「おち、っついて」
自制心を保てていたのは世の理不尽を経験し、あらんかぎりの恐怖や絶望を身に沁みて覚えている者か、はたまた狂う以上に狂った意志を磨き上げている者か、心無き者。
王宮の平民は狂おしいほどに狂い、恐慌と成しては静止の声など聞こえるわけもなく外に飛び出しては魔族に殺される。
惨劇の超獣を迎え、憐れな最期を他者は見送る。
まるで狂騒の画のように滑稽な様は狂画。気をおかしくした人間どもが赤子を転ばすように嘲りの声を上げて駆逐していく始末の悪い光景。
それを見たまたひとり気を狂おし、王宮内は魔宮か。
そんな中、治癒士として協力していたヴァーネはとある一人の少女の名を呟いた。
「アムネシア……」
そのか細い声音が行きついた先、醜魔とは相応しくなった化け物と白き狼の戦場。
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