第41話 残酷なる至高
東――魔法陣。
竜印の覇者の隊長にしてナンバーワン【業火】クレバス・クレトハルは唾を吐き捨てた。
「ふん。同族が同族を喰らい進化するなど馬鹿げている。誇りすら持たぬ愚図など脅威などになるか!任務遂行には貴様は邪魔だ。とっととクタバレ」
威嚇するクレバスの目の前には楔と繋がった強大な魔法陣と台座。それを守るかのように進化した魔族。それもまた亡者を贄にした黒の粒子が集う醜態。
背中から腕を生やしたサタナキアは剛腕を地について四足歩行の獣となる。
「魔族としての矜持も亡者としての価値も喪う。憐れだ。死神よりもより醜悪にして惨い。存在自体が穢らわしい。ふん、実に下らん」
四足歩行のサタナキアとクレバスの戦闘は均衡などではなかった。獣のような黒質の怪物の手腕が背中から伸びクレバスに襲い掛かったが、【業火】の名を持つ彼の炎を前にそれらは呆気なく鎮圧された。
百戦錬磨の地獄の炎はサタナキアの身体を容赦なく幾度も焼き、その身を灰燼に還す。しかし、その度に周囲の魔族や亡者を喰らっては回復、進化を繰り返し終わりの見えないような焼燬と自己進化の繰り返し。だが、邪推できない正義の威光を見てクレバスはふんと鼻を鳴らした。
「正義の小娘どもに遅れを取るなど言語道断。俺の炎はそんな生易しいなどありはしない。俺の炎は地獄だ。だがその意思に答えてやろう。俺の調停は今飢えている」
マントを払い、サタナキアの前に敵として並んだクレバスは獰猛に、彼こそ獣のそれと同じように笑った。
「貴様のような醜悪。この手で殺せる悦びは興奮するぞ!悪は死するべき調停の定めだ!」
「あははは!貴様はその程度かァ‼なら死ね!俺の手で死んでしまえ!」
業火が容赦なくサタナキアを撃つ。奇声は業火に焼かれ、赤き瞳はクレバスを映さない。
身体を形成する粒子が弾けていく。焼かれ藻掻き苦しみ発狂する。荒れ狂う背中の手腕がクレバスを襲った。それが最大の抵抗でそれしかない未完成の獣であった。
四方八方から三十を超える手腕がクレバスの生命を奪いに伸びる。
脚を掴もうと、腕を引き千切ろうと、首をへし折ろうと、心臓を抉り獲ろうと、もしくは自分の体内に引きずり込もうと嵐の様に荒れ狂った。
「気持ち悪い!実に不愉快で目障りだ!貴様の悪手が俺に触れようなど、俺をどこまで苔にするぅううううううう‼」
業火の爆破が十の手を焼き払う。瓦礫を足場に跳躍を繰り返し、炎の振るいで打ち払い迅速で回避する。
クレバスは正義ではない。彼が掲げるのは悪を殺すのみ。それだけに【竜印の覇者】に所属している。強さは滅ぼすための力。権力は滅するための力。戦力は駆逐するための力。
クレバス・クレトハルは悪を殺すだけの『正当者』だ。
故に悪たる者の反抗など度し難い。悪が己に逆らうことこそが、彼の琴を弾く原因だ。
そう、悪魔の進行に占領、何より悪魔の相手をしているのが同じ人間の悪魔である死神アウズであることが気に食わない。悪がクレバスの聖域にのさばっているのがたまらないほどに瞋恚を燃やす。
だから、業火は地獄をも超えた。
「【業火鮮烈の
高速に動きながらの並行詠唱。建物側面を蹴って宙へ舞い、サタナキアの目の前に着地して腕を掲げる。手腕が喉に迫る一瞬の前、彼は炎を纏った。
「【フレイクロムス】ッッ‼」
業火が全てを焼き払った。それだけだった。
奇声は存在しない。命の残滓などあるわけがない。存在ごと地獄の炎は焼き殺したのだ。
「ふん。天罰とでも思っておけ。悪は悪であるがゆえに死する運命にある。ふん、クズは死ね。畜生はも死ね。悪魔の掌に乗る愚者だと思うな。俺を甘く見るな愚図共!」
燃え咲く紅蓮の焔が鎖を炙り砕いた。
北――魔法陣前。
赤黒の髪と釣り上がった瞳。黒を基準にした男は苦笑い。竜印の覇者ナンバーナイン【暗蛇】グランダルナは部下や同僚の後ろでその巨体を眺めていた。
「いやーここまで成長するとか……これは……でかすぎだろ。……馬鹿じゃねぇ―の」
見上げれば全長約五十メル以上はある黒い粒子が蠢くサタナキアは、口元から生えた鬼のような牙で嗤った。
先の戦闘から魔族を喰い亡者を呑み込んだサタナキアはとにかく巨大化へと促進していき、【竜印の覇者】たちがいくら魔法を撃とうと剣で斬りつけようと奴の行動は止まらなく、魔石は黒粒子で覆われて破壊することができなかった。
そして、光の柱が打ち上ったと同時にサタナキアは捕食をやめて最大の巨体として真価を轟かせた。
巨体である
故に誰もが死を覚悟した。同時にこれをこの国に到らせれば、国自体が終わるのだと直感した。故に逃げることは許されない。
【竜印の覇者】は秩序を守る役目を担う極大組織だ。王の直属の部下であり、国の『駒』だ。刻み込まれた使命が果たせと胸に鯨波した。
「こんなところで負けるなどありえるか!命を燃やせ!我らが国を守るために獅子奮迅と立ち向かえェ‼」
ナンバーファイブの激励に皆が今一番の声を上げ勝利を掴み取らんとする。
「皆詠唱開始!私の合図で発射する!」
ナンバーファイブの号令が決意となった。
彼らは詠唱を始める。魔力が集い、言の葉を紡いで形としていく。ナンバーを持つ五人の騎士も同じ。誰もがあの拳を防ぐ全身全霊の魔法を完成させた。
再び見上げれば、視界を埋めるほどの拳。醜悪な魔物と人間の混沌した身体。その心臓にはまるで月のように輝く巨大な魔石が煌めいている。
そして、魔法陣の位置を確認して、グランダルナもまた動いた。
誰にも知られずに暗殺者のように。
「魔法発射っっっっっっ!」
極彩色の魔法が拳と激突した。鬨声と金切り声は激烈だった。
しかし、人間は弱すぎた。進化した巨人が強すぎた。それだけだった。
ただ威力を殺しただけの拳は容赦なく、彼らを跡形もなく潰した。大地が数十メルへっこむそれだけ。けれど、人間には十分の終わりだった。
血の池が出来た跡地から拳を引いていく
出来上がった
しかし、強さとは力だけが物言うものではない。圧倒的な力は破壊でしかなく、それだけでは己を守ることは出来ない。
数十人の死などもろともしない狂人がいるとして、その狂人が暗殺に長けた者であるなら、相手の弱点など見極めるのは朝飯前。
だから、この声は
「――仇は獲ったってことでいいかい?」
巨人の胸の前に現れた男は先端が槍型のワイヤーを胸の――人間が空を仰いでみる月のような〈魔石〉に突き刺し神秘を発動させる。
その胴体は固くなどない。その皮膚は強固などではない。薄く柔く浅い。
「術式構築起動:魔力制御成功――座標指定――接続クリア――術式発動〈暗澹たる蛇は喰う〉【蛇牙】」
そして、皮膚を貫いたワイヤーが蛇へと変貌し、毒の牙が剥き出しの魔石を喰らった。
『ゥゥゥゥ――――ッッッ⁉』
小高い奇声を上げて、いとも簡単に灰になって死んだ。
「暴力だけじゃ勝てねぇーんだよな。知恵だな知恵。俺みたいに天才じゃねーとな。はいよっと任務完了と」
着地したグランダルナは首の後ろで手組んで魔法陣へと歩む。
仲間の死の跡など一切に見ず、悔やむことも哭くこともない。
ただ結果であった。それだけだとでも言うかのように、仲間の死などどうでもよかった。
「……どう説明すっかな。まーいいだろ。てか、俺の仕事量ヤバいからな」
頭をボリボリと掻きながら、元暗殺者は竜印の覇者ナンバーナイン【暗蛇】として鎖を切断した。
「さてと、あとはあんたたちに任せるか」
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