第40話 正義の光、名は希望
そして始まったのは混沌崩す生者の亢進。
はじめに天高く光を上げたのは正義の光だった。
西部の商業街のT字路となった街路の中心。円型の二段台座の中央、石像のような円型のモノリス中心を貫くように天より伸びた楔が台座の中心を突き刺している。結晶のような皮肉にも綺麗な鎖は、嗚呼、人の魂なのだと思うと人権を平気で踏み躙る蛮行に怒り湧きたつ。されどその怒りの行先を遮る者が守護者として魔法陣の門前で佇んでいた。
体躯はヒューマンの背丈にドワーフの体格。黒の粒子に呑み込まれた身体は固体にすら感じられず、吊り上がった赤眼のみが人体の名残を思い寄せる。されど両の腕は竜の尾の先端のような剛腕であり、背中から武器の柄が伸びている。
「うわぁーなんだありゃ?」
グランダルナの指示により西部の楔接続点に辿り着いた先頭グレン一同は門守者に怪訝な目をした。
「なんだ?ゴリラか?にしては人間ぽい気がするけど……いやあの腕は人間じゃねーなってか黒⁉」
「ツッコミどころ満載ね。ツッコムなら早口でお願い」
「ツッコミにそんな制限されたの初めてだよ!」
そもそもツッコミたくてツッコんでいるわけじゃねーしと、途方に暮れるグレンの背後、シルヴィアが剣を構えアルメリアも錫杖を構える。ハルバはグレンの隣に並び槍を横腹辺りで僅かに刃先を敵の喉元に上向けて呼吸を整えた。
「あれを倒して鎖を断ち切ればいいんだよね?」
「ええそうね。だから一瞬で終わらせるよ。準備はいい?」
シルヴィアは宣言した。一瞬で決着をつけると。
相手の力、出方、技法、癖など何ひとつとわからない状況。それでもシルヴィアは仲間に押し付ける。誰よりも早く正義の光を打ち上げると。
そんな無茶苦茶な指示に誰一人として文句はなく上等だとばかりに頷いた。
黒き怪物――『
「おっしゃぁ!やってやらァアアアアアア!」
そして駆け出したグレンは彼我の距離二十メルのそこで大地を蹴り、またサタナキアも同じようにその場から大地を蹴って俊足した。
交わるは超常の拳。怪物の怪腕と愚物の鉄腕が衝突し圧力に空気が圧迫し風の爆発を起こす。それを皮切りに二人の拳闘士は闘劇を始める。拳と拳の純粋な決闘。空気が耐えられない力量と瞬発と初速を持って空気が爆ぜる。
サタナキアの拳が千年を生きる高山だとするならグレンの拳は錣山。ただただ硬さと強さを磨き上げられた拳は甲鉄。何人たりとも壊すことはできない。故に破壊いすることができる。千年の蓄積が不破壊の甲鉄と幾度となく会話をする。己の方が強いと主張するだけの拳闘の会話。
そして決着はつく。
「俺の拳、なめんじゃねぇええええええーーッ‼」
渾身の右ストレートが、迫りくる左怪腕を粉々に砕き折った。
『ががぐぁああアアアアアアアアシャァァァァァァァ‼』
奇行の痛哭。サタナキアは左腕を支え無意識に後退し。
「――はッ」
『~~~~~~っッ⁉』
ハルバの槍撃が右足に穴を開けた。膝を付くサタナキアに畳みかけるハルバにぎょろっと赤眼が見向き、背中の柄を引っ張り抜いて薙いできた。暴力の薙ぎは愚風を起こしハルバを後退させる。腕の痛みも足の痛みも知らないかのように立ち上がり天井向かって咆哮した。
「いっけぇぇぇ!」
が、そんな可愛らしい気迫の声と共に不意を狙った複数の桃色の光球が怪物の身体へ。しかし、ひと凪。鉄棒と呼べばいいのか黒棒と言えばいいのか。二メルの背丈を優に超える黒質の棒のひと凪がアルメリアの魔法を無効化する。
「そっちは囮よ」
そんな声音が背後から聞こえたと思えば、世界は明滅しサタナキアの巨体は曙光の閃弾に撃たれた。が、撃たれた背中から煙を吐けど血のように粒子を零せど、貫かれど倒れることもない。唸るサタナキアがシルヴィアを捕える前にグレンとハルバが横から飛び掛かる。
「オラァ!お前の相手は俺だァ!」
グレンの殴撃が容赦なく図体を破壊しハルバの槍が粒子に穴を開けていく。アルメリアの魔法が絶え間なく飲み込む。致命傷に思える状態でありながらサタナキアは唸り声を迸り黒棒を懸命に振るう。まるで暴れ者の死者のよう。
そして遥か向こう。四百メル以上は離れた距離と上空遥か上のとある一点。眩い輝きが星を作ったかと思えば流れ星のようにサタナキアへと穿たれた。ノクスの一撃は偶然にも蹈鞴を踏んだことにより一歩下がったせいで足下に飛着した。
瞬間、シルヴィアの視線が三人に巡り、意志を一瞬に疎通した彼らは一目散に退散。
そして遥かな上空から見下ろす【夜射】は告げる。
「放て」
サタナキアの股下地面に突き刺さった光の矢は、膨大な魔力を解放し極光の柱を天へ打ち上げた。
それが正義の光であり人類の狼煙であった。
眩い純白の光が暗に告げる。これが正義の所在。正義が手にした勝利だと。
歓喜する者はいなかった。喜びを分かち合うことは誰もしなかった。ただ、声を張り上げて気迫を取り戻し戦意と抗いの威光を取り戻す咆哮だけが鳴り響いた。
王宮は無数の魔族と亡者に攻められている。とある金色の髪の冒険者は光の柱を見て、声が枯れるほどに叫んだ。心の折れかけていた女戦士はまだ戦わなくちゃと、その震える膝を持ち上げて魔族に果敢に剣を振るった。魔力枯渇で今にも気を失いそうな
民衆は身勝手な恐慌を収め、ただ静かに正義の威光を目に焼き付け、王は正義の再来に眼を瞑った。
「さてと、これで終わりね」
サタナキアを灰も残らず消し去った地にて、シルヴィアの剣が赤き鎖を切断した。
人々は見る。抗いの末に得た希望という狼煙を。
ぼろぼろと赤き楔は朽ちていく、人類の勝利を。
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