第39話 正義意義と正義異義
リリヤの開けた穴から入り込んだシルヴィアたち【アストレア・ディア】は、変わり果てた国内に心を止めた。
信じられない光景だった。自分たちが守り愛し作り上げてきた国の有様に、こんなにもあっけなく崩れ去ってしまった喪失感に言葉なんで出てこなく、ただただ虚しさが残る。
「ミミリーたちの死が無駄だってのか……?んなのねーだろ……ッ」
「グレン……」
虚しさはやがてやるせなさとなっては怒りと相似する。
「アルメリア姉さん……なんで、どうして?俺らのやって来たことは無駄だったのかよぉ……?」
今まで命を賭けて仲間を失いながら、それでも国を守護する役目に殉じ『正義の使者』として生きて来た。何度となく死にそうになって辛くて苦しくて痛くて、友を喪い、仲間がいなくなり、果てに信頼までも落胆と失望に変えられ、すべての象徴はこうして潰えて……今までの人生はなんだったのか?そう思わない者は恐らくいない。
グレンは齢十五の子供だ。こんな結末を受け入れられるはずがない。アルメリアがグレンをぎゅっと抱きしめるがそれでもグレンの震えは止まらない。
「今まで理不尽なことにも死にそうな奴にも必死に食らいついて正義のためだとか、守るためだとかのもんに捧げてきたんだ。なのに……なんだよこれッ!なんでッ……!俺らがいなくなったらこれって……ふざけるなよォ⁉こ、こんなの……ミミリーの死を返せよッ!」
「グレンくん……っ」
ぎゅっと抱きしめるアルメリアの身体から離れたグレンは、今にもやるせない激情を発散させるために走りだしそうで、シルヴィアが慌ててグレンの腕を掴む。
「っ⁉シルヴィア姉さん離してくれッ!」
「グレン。今はダメ」
「今は?ならいつならいいんだよォ!こんなの……こんな気持ちッ姉さんたちはわかんねーだろうがァ‼」
冷たい空気が肌に触れる。静寂が包み出したような空間でグレンの荒らしい息だけが生きている証。荒い息を整えいつの間にか下がっていた顔を上げて――
「お、俺っ……⁉」
自分の過ちにはっと我に返る。
自分だけなわけがない。みんな少なからず友や仲間を喪いそれでも使命のために走り抜けて来た正義の使者だ。どれだけの理不尽が突き刺してきても、報われないことばかりでも、歓声ではなく罵倒を浴びせられても、それでも意地で今まで正義の名を貫いてきた。
グレンだけじゃない。
シルヴィアの正義の裏に復讐紛いのものがあるとセルナ以外は知っている。アルメリアは恋人のハルバを喪わないために戦っている。
ハルバは取られた腕を取り戻すため。
ノクスはとある人と巡り合うため。
グレンだってそうだ。
セルナみたいな高尚で綺麗な正義を持ち合わせていない。彼の原点もまたミミリーが死んだあの日から始まり、ミミリーを殺した罪を裁くために【アストレア・ディア】で居続けている。
「わたしたちはセルナちゃんみたいに血脈から純然な『正義の子供』じゃないのよ。『正義の使者』として仕えているけど、やっぱりわたしたちは人間なの。確かに誰かを守りたい、平和にしたいと思うよ。でも、それだけじゃあれだけの理不尽といつ死ぬかもわからない戦場にはいけないよ。怖くて痛くて苦しくて……泣いちゃうもん」
「アルメリア姉さん……」
「だから、グレンくん……あなたは何も間違ってないよ。残念だけど、わたしもみんなも人間だから。だから、いいんだよそれで」
グレンの罵倒も逃げ出したい気持ちも鬱憤も何も間違いではないとアルメリアは説く。わたしたちは
「それもそうね。そもそも無償の正義なんておかしいのよ。私たちの頑張りは報われず失敗すれば石を投げられて戦場の駒扱い。正義だから仕方がない。正義だから当たり前。正義だからやれ。ハァ?マジでおかしいわよ。ほんとイカれているわ。……まーそう言うことよ。正義なんて究極的に言えば変態の所業よ。そんなもん突き詰められば『孤独』よ孤独。『人形』と同じなんて私は嫌」
「シルヴィアの姉さん……!」
「ほとんど愚痴だがな……」
「ハルバ?」
「…………うむ」
正義に対する不満を並べ立てるシルヴィアとハルバのやり取りにグレンが呆れたように吹き出す。
こんな時まで彼女たちは、傍にいてくれるのだ。グレンはそれだけで今は嬉しくてたまらない。
「それに、嘆いたってやることは変わらないわよ」
正義の悪口であるが否定はできない。正義が失敗し民衆に叩かれたのは一年前だけじゃない。
魔族が強襲してきた日の被害を正義の怠惰と罵られた。【アストレア・ディア】が遠征に行ってる間に襲われた末にはなぜ国から離れたと、直ぐに戻って来なさいと怒声と罵声の嵐に包まれた。事実もっと酷いことだってあった。
見返りを求めず他者のために平和をもたらすために奔走するのは美徳だ。だけどそれは確実に人の心を潰す。真髄から正義ではないシルヴィアたちには正義だけでは耐えられなかったのだ。
だから違うものを抱いて戦場に立つ。
正義であってもそうじゃなくて、きっとやることは変わらない。それは多くのものを経験して失ってきた彼らだからこそ言える言葉だ。
シルヴィアは一度息を吐いてから少し悲壮が和らいだグレンと目を合わせ。
「この悲劇を作り上げたのは、残虐を敷いた悪魔ルシファーよ」
「……」
「グレン……あなたがこの一年間、周囲の声に負けず走り抜けてこられたのはどうして?」
「そ、それは……ミミリーを殺した魔族どもを裁くためで」
「なら実行するわよ」
「は?」
「【死神アウズ】じゃないけど、魔族は人類の敵よ。それを殲滅するのだって立派な正義。なによりあなたの調停がそこに約束されている」
「――ッ⁉」
「息を忘れてしまったら、人は生きられないのよ」
グレンは俯いたかと思えばうっしと拳を握りしめ気合を入れて見せる。
「わぁーたよ!やってやらァ!」
「さっきまで子供みたいにごねてたくせに。まー私は御免だけれど」
「ごねてねーよ‼ってかカッコよく締めろよ‼」
犬のように叫び返すグレンはいつもの調子に戻りアルメリアは安堵に胸を撫で下ろす。と、そうこうしていると斜め頭上から赤い棘のようなものが突貫してきて、それはハルバの槍の振り下ろしによってすべて弾かれた。
「びっくりした……今のなに?」
心底驚き声を出すシルヴィアに鷹のような視力を持つノクスが頭上を仰ぎ。
「死神とルシファーの空中戦の副産物ね」
「いや、そうじゃなくて……ならさっきのはルシファーの攻撃?」
「の巻き添え。私たちのところだけではなく、そこら中に落ちてる。私たちにはお構いなしね」
「いや、構ってほしいんだけど……⁉」
と言えど空に届くわけもなく、視てわかるほど二人の空戦は白熱している。シルヴィアたちは本気であそこにだけは混ざりたくないと思った。
「そ、それよりもとにかく王宮に向かうわ――」
「おっ!見っけたぜ!」
シルヴィアの言葉を遮る勢いの大きな声を出して駆けてくる男にシルヴィアは「邪魔してくれて」と嫌悪を滲ませるが知る男の姿に名を呼んだ。
「あなた……グラ……タル?」
「おい⁉なんで俺の名前覚えてねーんだよぉ!」
「姉さん違うぜ。グラタンだろ」
「それは喰いもんだ!」
「もーあなたたち情けないわね。私は覚えてるわよ」
「いや、あんた一発目から俺のこと忘れてただろ⁉」
「うるさいわね。思い出したのよ」
そう胸を張るノクスにおーと期待の眼が向けられ――。
「グ・タラン・ナーね!」
「んな珍妙な名前があってたまるかよ!あとドヤ顔うせぇぇええからマジやめろっ!おいおい薄情だな⁉【白狼】といいどいつもこいつも」
不貞腐れて可哀そうに見えてくたのでアルメリアが「グランダルナさんだよね」と慈悲を与える。
「女神だ。いや天使か。おぉー美しい……待て。おい!槍下ろしてくれませんかね?」
「……」
「無言マジで怖いから⁉悪い悪かったかって!マジじゃねーから⁉」
「ぬ?アルメリアが女神のように美しくないと言うか?」
「だぁああああ‼めんどくせぇえええ‼てか漫才してる暇ねーんだよォ‼」
とまー現状は察するに足ること。アルメリアの恋人のハルバが女神と呼んで近寄ろうとするグランダルナの首に槍を当てただけである。
解放されたグランダルナはごほんごほんと咳払いして先ほどまで軽薄そうな顔ではなく真剣みを纏わせて正義一同を見渡す。
「戻って来たばかりで悪いがやってくれるな?」
なにをとは誰も問わない。この場で駆けださない彼女たちではない。故に二つ返事。
「いいわ。存分に私たちに頼りなさい。やりたくないけど」
「力強いこっちゃ……って本音漏れてんぞ。はぁーまーいい。で、やってもらいてぇーのは楔の切除だ」
「楔ってあれのこと?」
ノクスは指差す赤星へと繋がる二対螺旋型の鎖。
「ああそうだ。あれが地上と繋がってやがって、そのお陰で国は監獄状態さ。まー言えばルシファーの領域となってるわけでオマエらもみただろ。黒い光子を纏った奴等は死人だ。この領域内でルシファーの〈権能〉によって復活した屍だ」
「つまり戦力を削ぐために領域を壊すというわけね」
「そういうことだ。で、楔は五つあんだけど、東、北、南は俺の仲間とか冒険者が当たってる。中央の怪物はとある奴が抑えてやがるから、まー問題ねー。ってことで残る西を頼むぜ」
「西ね。わかったわ。他に注意点は?」
「そうだなー屍――『亡者』は元が冒険者なら結構つえーから油断しねーことだな。それと楔の前には守ってやがる怪物がいやがるから気を付けな」
「理解したわ」
「んじゃよろしく~」
そう言ってグランダルナはどこかへと走り去っていった。グランダルナの名前迷走事件は置いておいて、今シルヴィアたちがやるべきことができた。
「言われた通り西の楔の切除に向かうわ。ノクスは遠距離からの援護をよろしく」
「わかった」
「陣形はグレンとハルバが前衛、私とアルメリアが後衛ね。侵攻中においてできるだけ速やかに目的地に行くわ。阻む魔族と亡者以外は無視して」
「わぁーたよ!」
「うむ」
「任せて!」
全員の威勢を聞き、シルヴィアは号令を出した。
「行くわよ!」
「おう!」
「うむ」
「……」
グレンを先頭に走りだしていく背中を見ながら、ひとり取り残されたノクスは薄花色の髪を弄りながら空のその人と、その人の形を見上げた。
「…………」
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