第35話 小さな炎と春風
東部楔の間――
星と大地を繋いだ監獄の柱なる楔の先端。四方の一つ東の楔にて光が散乱していた。極彩色の光の珠が四方八方へと被弾し眩い光線と光弾のその地、その化け物に近づける者はいなかった。
楔が繋がる祭壇と思わしき石台を中心に、それを守るようには憚ったのは身体中を極彩色の光のような歪みで包み込んだ得体の知れない怪物。最早身体の構造すら見分けつかない極彩色の塊は、意志など持ち合わせないようにその身体から光の珠を乱発する。まるで人造兵器の如く、その化け物は魔法台。光線を放つだけの存在として立ち憚った。
アマリリスは建物の陰に隠れながらため息を吐いた。
「はずれを引いてしまいましたか……運がありませんね。まー気持ち悪いですがゼア様が戦っていらっしゃる『武人』よりはマシでしょうね」
アマリリスの口調に感情はないように見える。無論、無感情なわけではない。しかし、もともと高低に差がまったくない淡々としているアマリリスの感情の端っこばかりは目を凝らし耳を澄ませば伝わるもの。それゆえにアマリリスの隣にいた『竜印の覇者』ナンバーセブン【蒼炎】ルベル・ピオニィスには『めんどくさい』という感情を垣間見た。
(声は淡々としてるのにすごく面倒くささが伝わってきます!この人大丈夫なんですか⁉)
と、心の中で思わずにはいられない。
当たり前だ。今は国の存亡、いや人類の存亡をも賭けた大事な局面。一日千秋とか言ってる場合ではない。もう何千人、あるいは万人は既に殺されそれらは『屍の偽人』となって国を徘徊し、人間を見かけては襲い掛かっている。身体を黒い粒子で包みさながら炎のように見えながらも、その正体は見てわかってしまう同じ人間の末路。それは友か家族か恋人か。人は残酷に無情にかつての同友を殺さなければ生き残れない。その魂を冒涜された者たちにルベルは恐らく誰よりも色濃く痛苦に溺れる。
「貴女は大丈夫ですか?」
「え?は、はい……大丈夫です」
「そうですか。まー【炎の巫女】の資格を持つ貴女には何か思う所はあるのかもしれませんが、どうか見誤らないことを。選択一つで未来はあらぬ方向へと変わりゆくものです」
「……」
やはり表情は一切として動かない。淡麗と言えば聞こえはいいし冷徹とも捉えれて、無情とも言える。それでもアマリリスが一応はこの国のこと思っているのだとルベルは知り得て。
「まーわたくしにとってはこの国が滅びようがどうでもいいことなのですが」
「わたしの感想を返してください!」
アマリリスの吐露に思わず叫んでしまうルベル。
その声を聞きつけたのか一度乱発が止んだかと思えば、アマリリスたちが潜む倒壊目前の民家へと集中発射してきた。
「見つかったではありませんか」
「わたしのせいですか⁉」
「はー、まーいいでしょう。ルベルさんは引き付けてください。わたくしが隙を狙って仕留めます」
「わたしは囮ですか⁉」
「いえ、ルベルさんの方が動けるからですけど……」
「ほんとですか?」
訝しむルベルの視線を真向から見つめだしたアマリリスにうっと声を漏らす。
(無表情だから何考えてるのかわからないんですけどっ!)
アマリリスの無表情を読み取れるのは旧友のセルナとて至難だ。てか普通に無理だ。多少面識のあるルベルにははなからできないこと。故に無言で見つめればアマリリスの勝ちである。
「と、もう倒壊しますのでよろしくお願いします」
「え?あっはい!……えぇぇぇ⁉」
言いたいことだけを言い残してアマリリスはその場から走り去り、倒壊してくる民家を仰ぎながら悲鳴を上げたルベルはアマリリスとは反対側へと飛び込むようにして避難した。
「わかりましたよっ」
もうやけくそだと思いながらすぐに地を蹴ったルベルは極彩色の光弾を躱しながら掌を前に突き出し「はぁっ」と声を上げ蒼炎を放った。
万物を焼き沈める蒼き炎の渦が極彩色を呑み込んだ。
ルベルはもう一度蒼炎の渦を見舞う。
「これで終わりです!」
直撃した蒼炎が極彩色を喰らい沈静の炎が邪を鎮め給う。神聖を宿すルベルは悪性に対し有効的であり、万物根源の『炎』はその最もたる効力を発揮する。しかし、燃える燃える極彩色は今一つとして散ることはない。
炎に悶え苦しみ、声の出せない身で痛哭を乱走させ、本能を狂乱させる。
『~~~~~~~~~っッっッ‼』
「うっ⁉なんなんですかこれ!媒体は魔族のはずなのに……これじゃあ魔物です!はやく対処しないと」
一つ、ルベルの役目は天の星を繋ぐ〈権能〉の具現化の柱とされる楔を断ち切ること。
二つ、その番人のように出現した化け物を討伐すること。
ギルド【フェーアルヴァーナ】や【アウルムアーラ】、【ルージュビアグラム】といった最優ギルドが留守にしているアーテル王国の戦力は微力に尽きる。国の裏で秘密裏に動く王直営の精鋭の軍隊『竜印の覇者』や何名かがギルド戦士は残りっており、大量の魔族と死者と交戦している。王宮の死守は絶対。楔の断接に迎えるのは少数のみ。残り三つの内二つは『竜印の覇者』が向かい、残りの一つは空白の状態。そしてここ、東にてルベルとアマリリスという奇妙なタッグが組まれていた。
「はやく倒して、もう一つのとこに向かわないといけないのに……」
極彩色の化け物は身を焼く炎すらも己の色彩へと加え、炎を纏った極彩色が閃光を描く。殺すではなく破壊の意。とにかくの蹂躙。ルベルの炎が街を焼き光弾が跡形もない壊滅地を更にさら地にしていく。瓦礫は破片となり、もはや隠れられる建物は一つもなく、死体も血糊も掃除される。変わり火の粉が舞い上がり業火が灯る。
止まることのない極彩色の嵐の中、ルベルは縦横無尽に走り回り身体を捻っては回避し、死角からの弾丸を短剣で捌き続ける。
「近づくこともできない!一か八か――っ!」
このままじゃジリ貧だと判断したルベルは短剣に炎を纏い半円形の炎弧を放つ。縦型の炎弧は極彩色を退け化け物へと肉薄する。またも音にならない奇怪な周波音。近づけば近づくほど揺さぶり狂わす怪奇の超音の波動。それはまるで己の内を侵食してくる魔女のように、ルベルの脳は拒絶反応を全力で叫ぶ。このままではルベルの精神が崩壊すると。
しかし、ルベル・ピオニィスは只人ではなかった。その心臓に刻まれた
悪性を跳ね退け、真勇に命を賭し、神聖に心継ぐ。
ルベル・ピオニィスは『とある女神』と契約を結んだ『
故にそこは不可侵。ルベルの信義がある限り、その心は崩れない。
燃え上がる神聖の炎が邪を祓う。邪を拒み聖へ至る。
「燃えろ!」
アマデウスの少女はその手を極彩色の内へと伸ばし、入り込んでくる様々な情景に攫われながら鎮静の炎でくべる。
『~~~~~~~~っッっッ⁉』
聖火が極彩色を塗り替えていき――しかし、入り込んだルベルの炎を伝いそれがルベルへと入り込んできた。
「なっ⁉や、やめてぇぇえ!」
極彩色の呪いがルベルの指先から這いずり上がり逆にルベルの神聖を侵略しに来る。塗り替える神聖の聖火すら喰らい己の色彩へと変えんと。
ころころと変わり続ける数多の色そのものが笑っているように見えた。這いずり上がる極彩色。液体のようなそれはルベルの心臓へと到り、刻まれた女神との契約の証へと手を伸ばし。凄まじい嫌悪感と拒絶感に駄々っ子のように涙を浮かべて身体を揺らす。
「や、やめてっ!こないでッ⁉」
化け物に人の言葉は伝わらない。引き抜くことのできない腕。身体は宙ぶらりんに極彩色はルベルの命を喰らう。ルベルそのものを己の色彩へとするかのように。
それは忌避的恐怖。魔物や魔族と交戦するよりもなお恐ろしく惨い到り。性的嫌悪に似ており得体の知れない生物に貞操を無理矢理奪われるような悍ましい感覚。その色彩はルベルの存在を書き換える。
「だぁ、だれかぁ……た、たすけ……ぇ」
精神汚染。人格の侵略。契りの奪還。存在の希薄。存在汚染。
極彩色の嘲笑がルベルの形を奪い去ろうとして、その手が心臓の証――魂に触れるその時、一陣の風が吹き舞った。まるで春風のような儚く華やかな風の舞い。薄桃の花を連れ無色の風がルベルと極彩色の合間へと吹き上り隔てた。
『~~~~~~~~っっ?』
「はー【竜印の覇者】の貴女でもやはり齢十四のただの少女でしたか。まー仕方のないことですね」
「あ、アマリリスさん……⁉」
悠然と歩み現れたのはルベルを囮にした張本人アマリリス。そもそもの事態は彼女のことだとは忘れてルベルは救われたと安堵と嬉し涙を零す。
「とはいえよくやってくれました。これで
「ほ、褒めてくれてるならもっと感情にしてください。後、この液体どうにかしてください!」
「ルベルさん。貴女の神聖は『浄化』の意でありましたよね」
「無視ですか……あと、助けてください」
春風によって動きを止めたがルベルの腕から這いあがって来た液体が彼女を離さない。まるで吸盤のように万力をも持ってしてルベルの身体を宙に留める。呑み込まれていた指先は風に晒されたことで自由であるが、身体はそのままじゃどうにもならない。
アマリリスは危機感の欠片も感じられない平坦な声音で呟いた。
「【ゼピュロス】」
瞬間、花開くように風が爆発を起こし花が舞い液体を切断する。墳血のように飛び散る液体。ルベルの身体は爆発に巻き込まれ身体を後方に吹き飛ばされる。
「わっ⁉と、とっとと……危ないじゃないですか!」
なんとか着地したルベルが吠えるがアマリリスは知らぬ存ぜぬ。頬を膨らませる彼女に背中を向けながら言った。
「さあ、浄化しましょう」
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