第25話 開闢来たり、新生来たり

「【アイリス・アステール】――っ!」


 極彩色の数多が自然の理に介入し、妖精が思い描くその『彩』からなる『想像』が具現化する。原初の概念に含まれる現象の創造。

 紅は焔を。藍は渦雷からいを。翡翠は風刃を。白濁色は光線を。視界に映る彩から想像し世界に介入して具現化させる。

 ローズは魔族の素体、黒の皮膚から闇を想像し浮かび上がった黒の星が魔族たちを覆いかぶさるように闇で包み込んだ。戸惑う奴等が次に視覚したのは極彩色とその彩がもたらす奇跡だ。

 数多の色が洞窟の最奥すべての魔族を蹂躙しては滅ぼした。

 砂煙が場面を切り替える。魔族たちの痕跡の欠片もない洞窟は魔力が天井を貫いたのか大きな穴と共に陽光が差し込み、それはさも天からの祝福のようであった。


「ふぅー」


 息を吐いて肩の荷を下ろしたローズに背後から誰かが思いっきり抱き着く。


「ローズお姉さまぁぁああああ‼」

「れ、レェムファ⁉いきなり抱き着かないでください……!」

「いいじゃないですか~!わたしローズお姉さまのために死ぬ気に頑張って頑張ったんですぅ!ローズお姉さまがいないのに頑張ったんですよぉ!褒めてくださいぃ~」

「それが普通であってほしいのですけど……」


 苦笑するローズは胸に頬を擦りつけてくるレェムファに「仕方ないですね」とその頭を撫でてあげる。すると「ふぇへへ、さぁいこぉ~ですぅぅ」と気持ち悪く気持ちの良い声を出し周囲のエルフたちはドン引きだ。そんな気持ち悪いレェムファを受け入れているローズが聖母に見えるくらいにドン引きだ。そんな師弟のような甘々しいゆりゆりな展開に一人のエルフがレェムファの頭頂を瓦割りの技で叩きつけた。


「うっっっきょおあがががぁああああああぎゃぁぁぁぁぁっ⁉」

「気持ち悪い。すごく気持ち悪い。死んだ方がマシなほど気持ち悪いんだけど」

「ぴ、ピエリス……⁉あは、さてはわたしに嫉妬――」

「……ゴキ」

「ひぃ――――…………」


 短い絶鳴を最後に首を絞められたレェムファは意識を堕とした。地面に頭から倒れ込むレェムファにため息を吐いたピエリスは彼女の首襟を掴んで「ご迷惑をかけました。失礼します」と言ってレェムファを引きずって行った。


「ピエリス様かっこいい!」「好き!」「強い!」「結婚して!」「わたしにも罵倒して!」と、ローズが軽くピエリスへの周囲の評価にドン引きしていると、団長のセレミアが近寄って来た。


「セレミア様。コロニーの破壊完了いたしました」

「ご苦労様。やはり貴女がいるといないのとでは格段に違いますね」

「光栄です。セレミア様、この後はどうしましょうか?コロニーの壊滅は達成しましたけど、周囲には魔族が潜んでいる可能性はあります。状況確認と敵生存の索敵をするほうがいいでしょうか?」

「その必要はないです。既に【百獣と人獣セリアンスロゥプ】と【金翼創始アウルムアーラ】が偵察に向かいました」

「仕事が速いですね。ならわたしたちは撤収の準備に入りますか?」

「そうね。一端外に出ましょう。撤収の準備はもちろんですが、偵察により何か不測の事態があった場合のために、いつでも出発できるように態勢を整えておきなさい。私は一度治療所に戻り負傷者の状態や物資の確認をしてきます」

「わかりました。ここは任せておいてください」


 そう勇敢に託された任務を胸に仕舞うローズにセレミアは一切の不安なくその脚を洞窟の外へと向けて一歩踏み出したその時、風よりも速く狼人族ウェアウルフの少女ミミルが洞窟内を全速力で駆けてセレミアの前で急ブレーキを駆けた。クールで戦士憮然とした彼女には似つかないほどの焦りと息の切らし。

 荒い息をするミミルにただ事ではないと、セレミアが訊ねようとする前にがっと顔を上げたミミルがその口から息を叫んだ。


「あーっ、アーテル王国がぁ⁉王国がっ⁉」

「落ち着いてください。王国がどうしたのですか?ミミル」


 ハイエルフの威厳にはっと息を呑んだミミルは一度大きく息を吸っては呑み込み、姿勢を正してこう告げた。


「アーテルが魔族に襲撃されましたァ⁉」


 その言葉の意味を直ぐに理解できた者はいなかった。

 恐らく伝えられた情報をいち早くセレミアたちに伝言しにきたミミルでさえ呑み込めていない真実の曖昧さだった。

 音という音が消え失せ、洞窟内に反響した絶望に勝る一言は、自分の意志に関わらず心拍を奪う。だれも動けなく、だれも理解できなく、だれもが時と止める中、リシュマローズはオウム返しに声を荒げ上げた。


「王国が魔族に襲撃された⁉」


 ローズの驚愕と困惑に騒然と辺りが混乱を極める。「うそだ」「信じられない」「お母さんがっ⁉お父さんがっ⁉」「なんで⁉あたしたちはコロニーを、魔族を壊滅させたじゃん!」と、次々にあがる不況と混乱の連鎖は忽ち焦燥をより濃く実態の知れない恐ろしさが混濁しセレミアの落ち着きを促す声はもう届かない。


「うそよ……そんなわけ……お姉ちゃんっ」


 ローズも違いなかった。その自制心は強く心に訴える。冷静であれ正しい判断をしろ、こんなところ脚ふみをしている場合じゃない己の役目を果たせ。

 それはわかっていること。自制心は理解している。ローズの立場や経験がものを言う。しかし、ミミルが告げた情報が正しいとするのなら、その国には最愛の姉がいるローズにとって今――


 次々と洞窟から飛び出していく仲間たちを見ながら、呆然としてはなお思考を加速させるローズにセレミアが呼びかけ。

 その時、出口の方からレェムファの張った声が震撼した。


「ローズお姉さま!こんなものが」


 とにかく走りだすローズは出口にいるレェムファの前で立ち止まり、陽光を身の半分だけを浴びながら手渡された四つ折りにされた紙を受け取り、襲る襲る開けて。


「ローズ、その紙にはなんと――え?」


 セレミアの呆気に取られた困惑の声。その声を上げさせた紙に書かれた内容にローズは歯の奥を噛み締めた。



 ――コロニーは陽動です。私たちは先に戻ります。


 シルヴィア・メディス


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