第23話 愚人と白人

「いやありがとう君たち!君たちのお陰でようやくボクの願うが叶うさぁ‼」

「それはどういたしましてかな。まー精々ルシファー君には僕たち『悪魔』のために成し遂げてもらわないと困るからね。協力するのはもちろんさ」

「…………」


 好青年の喜々とした声と道化の声が暗澹なる空洞内で響き渡り、その二人の会話を見守る眼鏡の男は無言を貫いた。


「それで、君のほうは順調なのかい?ボクとしては百年以上待ち続けた瞬間なのさ!嗚呼、もう想像しただけで興奮が収まらないさァ‼」

「ああ、こっちは問題ない。狙い通りギルドの連中も動き始めた。当日、この国に戦力はほとんどいないだろうね」

「それはそれで物足りない気もするが、まーいいさ。ボクがこの国を支配して究極体となれば‼人は等しくボクの物となるだろうさァ‼故に悪魔の侵略はボクの!ボクによるボクの野望から始まる‼さぁさあ‼――ボクたちで世界を征服しようさ‼」

「…………ああそうだな。それこそが神によって阻まれた僕たちの悲願。いいとも。君の活躍、期待しているよ」


 ……………………


「さて、あと残る疑念は『彼』だが……こればかりは僕にはどうすることもできない。が、君に一つだけ頼みがある」


 そこで沈黙を守っていた同席者へ仮面を被った悪魔と思われる男が指示を出す。


「なんでしょうか?」

「ジュナの森北西にある古代集落の地下実験室にこの史記を置いて来てほしいんだけど、頼めるか?」

「これをルシファーの実験場に置いておけばいいのですか?」

「ああ。君がいた手がかりは一つとして残さないように細心の注意を払ってくれ」

「……わかりました」


 ……………………


 そして、最後に残った道化の男はただ目の前の怪物を見上げた。


「さぁ、物語が始まる。囚われの姫。あなたを助けに来てくれる人はいるだろうか」

『―――――――』

「ふ、まーこれもすべて序章にすぎない」


 道化はくつくつと笑いながら息を吸い込んで、とある人へと熱い眼を向けた。


「さあ、始めようか。僕と君の復讐を――』







 時はリリヤがミラーダと出会う頃へ遡り、アーテル王国より西区域に位置する地下ダンジョン一層にて、ゼアは一人の男と仲良しこよしランランラン!っと肩を組んでスキップをしながら魔物を瞬殺していた。


 ――――


「死ね」

「うわぁっ⁉あぶねぇぇ!」


 というのは全部嘘で、ゼアの肩を勝手に組んではスキップしだそうとする隣の男にゼアは回し蹴りを殺せる勢いで放った。間一髪で躱されてゼアは舌打ちをする。


「ちっ、死ねよ」

「おいおい、助っ人様にその言い草はねーぜ。オレはお前のために無償で付き合ってやってんだろぉ?」

「助っ人なんざ頼んでねぇんだよ……オマエが勝手についてきてるだけだろ」

「オレとお前の仲だろ!」

「今日あったばかりだ、クソがぁ」


 そう言ってもう一発蹴りを入れるが簡単に回避され空を切る。ゼアとて今のは本気で蹴りを入れたわけではないが、こうも簡単に避けられれば目の前の男、グランダルナと名乗った赤黒の髪の男は信用ならない。

 心の底から鬱陶しいそうな顔をするゼアに男は「オレとて人間だから、んな顔されたら傷つくってもんだぜ。心が折れるぜ」と、道化のように本心にもない言葉をぽいぽいとほり投げてくる始末。もはや始末したほうがいいのではと思ってしまうゼアの殺意に気づいたのか、「おいおい殺意もれてんぞ!なんなのオレのことんなに嫌いかよw」と笑い声を上げる。


 ああマジでウザイ。本気でウザイ。殺したい。


 真面目に殺したいと思うゼアの眼光は、それはもう鋭く棘山並みの刃物であらゆる急所を狙い定めているようで、グランダルナは慌てて首を横に振る。


「そのまま折れればいい」

「心の声漏れたてんぞっ!」

「そのまま死ねばいい」

「言い直したうえに悪化してるっ⁉ヤべーマジヤベー……!わ、悪かったって。これでも慈善活動は趣味の一環なんだぜ。そこだけは信じてくれや」


 そもそも信じるに値する男であるか、ゼアは見極められていない。単純な感情で判断するなら100パーセント信じられないし、そもそも言葉を交わせども本心が一向に見えないグランダルナ相手に信用しようなど無理な話しだ。


「はぁー喋んなら歩きながらだ」

「諦められたけど結果オーライだな」

「…………」

「わ、わぁったよ。下手なことは言わねーって」


 狼の眼光に委縮するグランダルナにゼアはため息を吐いてどうしてこんな男がいるのか回想した。




 時間は十分ほど前、クエストによって地下ダンジョン探索特別許可書を手に入れたゼアは、とある調査の一環でアーテル王国の地下ダンジョンに乗り込もうとしていた。アムネシアから小言と小言に混じった心配と八割方小言を聞かされたのち、腰のポーチに最低限のポーションや暗闇を照らす結晶灯や少量の飲料を入れて出陣した。が、入口手前赤黒の髪の男がゼアに向けてこう言った。


「お前――【白狼】だな」

「――ッッ⁉」


 ゼアの行動は速かった。確信的な声音に誤魔化すのではなく敵対の構えに出た。

 その場から飛び退き身体を捻って背後の男を前に位置する。外套のフードで咄嗟に顔を隠し爪を立てて敵の観察にでる。

 ゼアが視た男は鍛え上げられた体躯に赤黒と二色に別れた髪と軽薄を交えた吊り上がった黒緋色の瞳。どこかの所属部隊の服装を纏いその手に何もないことから魔法士メイジ戦士ウォーリアの中でも近接戦闘型の武人ファイターの可能性が濃厚に浮上する。体格は一見ひょろそうに見えるが鍛え込まれているが覗き、軽薄な笑みを浮かべている姿は滑稽な三流戦士風だが立ち住まいのどこにも隙はない。

 ゼアは瞬時に上位冒険者と仮定し、それ相応の警戒心と対応に当たるための思考を繰り返し相手の出方を待った。

 しかし、ゼアの考えとは裏腹に男は「わりわり、こんな所で言うことじゃなかったな。悪いな」と敵意の欠片もなくそう謝った。

 訝しむゼアに男は一方的に。


「オレはグランダルナって言う、まーなんだ。軍人見てぇーなもんだ。毎日毎日国のあちこちを走りまわされてくったくたなわけだ。マジでブラックなんよここのお偉いさんの下はさぁ。魔族は毎日のように湧いて出るしよぉ、魔物の討伐もしなきゃダメ。その上国際問題がどうちゃらこうちゃらってやってられっかよっ!てな」


 勝手に愚痴を話し始めた頭の狂ってる男を無視してゼアは地下ダンジョンへの螺旋階段を下りていく。


 ……………………


「って⁉おい⁉待てよ――⁉」


 そしてなぜかグランダルナは追いかけてくる始末にゼアは舌打ちをしながら振り返り。


「んだよォ。用があんならさっさと言え。オマエのくだらねー愚痴に付き合ってる暇なんざねぇーんだよぉ」

「手厳しいこっちゃ。まあまあそう言わずお前もオレに聞きたいことあんだろ?」

「……」

「ならお前の時間を取らせねーためにも同行したほうがいいだろうよ」


 理に適った提案にこいつの軽薄さは道化の類とゼアは心底嫌に思う。仲間の『あいつ』とは違っためんどくさい男だ。

 信頼など一ミリもできないが、なぜゼアのことを【】などと呼んだのか、自分のことをどこまで知られているのか。

 ゼアは仕方なくため息の変わりに舌打ちで了承した。


「ちっ」

「すっげー忌々しい感が伝わってくんだけど?」


 それが経緯で今は現状だ。


 一層から二層三層と無駄な時間一つも駆けずに駆け下り、十階層に辿り着いた時、グランダルナは我慢ならないと喚きだした。


「ちょっとくらい会話しろよ⁉オレ一人で呟いてる不審者見てぇーになってんだろうがぁ!」

「……」

「無言で魔物倒すのやめてくれねぇ?オレ生きてんのかマジでわかんなくなりそうだからさ」


 めんどくさいと思いながらも、これ以上わあわあ喚かれても鬱陶しだけだと妥協して歩きながら話しを振った。


「なら先に訊かせろ。どうして俺のことを【白狼】なんざ従僕の名で呼んだ?」

「はっ、従僕の名って……【白狼】は月を追う狼からの天命だ。それを従僕だぁ?おかしなことを言いやがる」

「……茶化すな。この時代、【白狼】は【死神アウズ】の獣のはずだ。神話の怪物と同じにするなんざ烏滸がましいんだよォ」

「違うな。【白狼】はそもそも『聖獣』の狼、聖狼ルー・ガールの古より引き継ぐ使者の大名。月を追う狼ハティ。その御身と似ていることから間違えられてきたが、正式には癒しの愚狼であり、名は冬を駆けた者アセナだ。『聖狼ルー・ガール』のお前が知らねーわけねーだろ」


 そうグランダルナは人を喰ったようにからからと喉を鳴らした。まるで何もかも見透かされているみたいでゼアの人より鋭い五感がこの男に怖気を知る。


「オマエの臭い……人よりも血死臭に染まった悪臭だな。その素質道化あるまじき人道に反する悪鬼にも似た臭い。オマエ何者だァ?」


 ゼアは言う。その男から嗅ぐわうのは死を浴び血を流し人道に反した悪臭のそれだと。倫理に遠い悪逆を為す死の濃い臭いに、一気にグランダルナの道化としての輪郭が揺らぐ。


「……どうして今さらそれを言うんだ?」

「オマエの得物だ。悪臭が酷い。人を何人も殺した奴の臭いだな」


 魔物を殺すために取り出した得物のナイフ。それを凝視したり観察したりにおいを嗅いだりするグランダルナだが、普通の人にはわかり得ない感覚的な臭いゆえに、首を傾げた。が、次には面白い興味深いとばかりにニヤリと笑みを張り付けナイフを指先でくるくる回して遊ぶ。


 見えてくる十一層への階段手前、十一階層への試練として門番となる魔物――ギルオーク。通常のオークよりも二倍ほどに大きな巨体じゃ全長四メル以上。巨棒を手に持った人型の魔物だ。

 階層主モーンストルムであり出現した魔物より遥かに強い。しかし、それもこのダンジョン内での話しだ。国が個別に管理しているここ地下ダンジョンは既に攻略されている。最下層は三十階層。中級冒険者一人でも攻略可能な難易度であり、このギルオークは駆け出しの冒険者や騎士たちの関門である。

 けれどゼアは上級冒険者以上の実力を持つ圧倒的強者。ギルオークの咆哮など犬の吠えと変わらない。

 こちらに前進してくるギルオークを見上げながらゼアはグランダルナを流し見る。


「オマエがやれ」

「んでオレなんだよぉ……?」

「オマエの力量を見せろ」

「はいはいわぁーったよ。オレの性質を特定するとね。まーいいや。オレの可憐な戦闘技術その目玉に思い知らせてやら!」


 そう息巻いたグランダルナは振り下ろされる巨棒を軽々と跳躍して宙に回避し身体を後転させ背後の壁に脚をつける。


「おりゃ!」


 グランダルナは息を一つ壁を蹴って急速した。弾丸なみの速度に乗ったグランダルナの姿は一瞬にギルオークの真っ赤な目玉の真ん前に顕在し、もう一度の掛け声と共に振るわれた腕に持つナイフが急速をそのままに目玉を切り裂いた。


『ダァァァァァァァァァァァァ⁉』


 痛哭が階層そのものを震わせるが攻撃は終わらない。

 にわか雨のように赤い目玉の破片が振り堕ちる中、反対側の壁を蹴って地上に着地し円形に走りながら、ギルオークのもう片方の眼がグランダルナを捕えたと同時に足下へと急速した。

 一瞬にしてギルオークは男を見失い、瞬間腕が切断された。

 唐突に腕が切れ落ちる摩訶不思議な光景と引き換えに宙に舞い上がって来る存在が目に入る。そいつは回収するワイヤーを右腕で遠心力を付けるように後ろに腕を引き。


「さいならさん」


 そんなおちゃらけた最後の言葉と共に腕をしならせてワイヤーがギルオークの胸に突出され、ワイヤーの先端刃先の形状のそれは強靭の一撃となってギルオークの胸を貫いた。

 パキンっ。

 軽快な宝石の割れる音が響き、忽ちギルオークは灰となって消滅した。


 宙から降りたグランダルナは戦闘を見学していたゼアに「どんなもんだ!」と胸を張る。

 それが途轍もなくウザイが実力の程は目に見えるだけでもかなりの使い手。幾度の戦場を渡り歩いてきた強戦士だと窺えた。何よりも翻弄するやり口に足音の無音と気配の遮断技術は到底習わぬ者にはできぬ技量。死の臭いと倫理の綻びと隠蔽戦術の特化した蛇のようなやり口。


「触らぬ神に祟りなし、か」

「ん?どうしたぁ?さてはオレの強さに惚れたか?今ならオレの部下に――」

「一撃で終わらせろ。時間の無駄だ。行くぞ」

「ちょっ⁉ちょっと待てよ!オレへの賞賛はぁ⁉」


 そんな男の声など無視して十階層から十一階層に降りる。

 ゼアの背後、ぶつくさと不貞腐れるグランダルナの今の心情などどうでもよくずっと聞きたかったことをここに来て訊ねた。


「オマエ、なぜ俺が【白狼】と告げた?オマエは何を知ってやがる?」


 その質問を待ってましたとばかりに男は満面のニヤニヤ笑顔に逆戻り。鬱陶しいが構っている暇はない。ウザイが……


「まー気になるだろうな。とは言えオレも馬鹿じゃねー。情報一つで戦場が覆ることなんて珍しくねー」

「俺に何か対価を求めるということかぁ?」

「その通り!と言ってもオレがお前に求める対価は簡単だ。お前が嘘なく【白狼】と呼ばれる存在だと認めりゃいい」


 その裏を返せば。


「確信がないわけだな」

「ぶっちゃけるとそうだな。情報はある。が、証拠がねー。【白狼】の姿事態見ることが希なこともあるが、『ルー・ガール』は狼人族ウェアウルフとは違い完全な人化ができやがる。そいつが【白狼】にならねー限り証拠なんざ掴めるわけねーだろ。『ルー・ガール』は絶滅危惧種だが探せば出てくるしな。後残るは死神の居場所を捕えるだが五年間、奴の顔すら割れてねーんだぜ。力も英傑どもと同等。無理ってもんだ」


 やれやれと嘆くグランダルナの言い分は【白狼】と【死神アウズ】がそう仕向けて来たからだ。

 二人の存在は世界中に知れ渡り、その名は忌むべき名として広まり『人間の悪魔』と人々は定義する。

 その姿が割れた時、この世界から彼らの居場所はなくなる。故に己が【白狼】などと公表することは絶対の否だ。

 信用できる奴ならもしかしてだが、この男は信用ならない。胡散臭く悪臭が酷く倫理観が根底からズレている。口約束をしたところで時と場合がくれば無意味になることをゼアは理解している。

 故にゼアは何も答えずグランダルナから視線を前に戻して歩き出した。


 その姿を見て「ははっそう簡単には乗ってくねーか」と、グランダルナは愉しそうに笑った。

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