第21話 真実は闇の中
「悪魔ルシファーは一度捨てた拠点は二度と使わない」
「そんな話し聞いたことないわ」
「……八年間だ。あいつを追いかけて八年。……俺を甘く見るな」
「八年……」
リリヤの根拠にセルナが怪訝な顔をして猜疑をかけるが、それを覆すほどにリリヤの深層から覗く復讐の丈は恐々しく言葉を詰まらせた。
復讐の八年間。その重みにミラーダの声音が温度と角度を下げる。
重々しくなる雰囲気。そんなものはいらない。同情も共感も慰めも激励も要らないとばかりにリリヤは先を歩いていく。伝えられる言葉など思い浮かぶはずもなく、ましてやセルナなどリリヤと正反対の人物だ。持てる言葉のすべてがリリヤにとっての同情や綺麗ごとの皮肉の類でしかない。
白亜の箱の中は無惨に廃虚そのものだった。一階層の箱は天上が高く床には窓のない部屋でもわかるほどに入口の光から反射した無数のガラスの破片が散らばっている。踏み込むごとにガシャと古びた鈍い透明の音がなり、パキッと割れる音に危なさが脊髄を強震する。
「暗くて何もみえないね」
「まったくね。少し待ってて」
そう言ったセルナは剣を天にかざし微力の魔力を刀身に集める。小さな息遣いと共に集うた魔力は球体となり頭上に昇っていく。やがて天井に近いところで停止し薄闇、淡い青色の光を放った。光が駆けるように月の明かりは箱一体を青白く包み闇を払う。
「月の夜みたい……」
「これは魔法?」
感嘆の声を漏らすミラーダと同じようにリリヤの関心が向く。それがどうしてかセルナは嬉しく得意げに剣を鞘に仕舞って答えた。
「そうよ、私の魔法。それのほんの一部だけを使用しただけのね。ほとんど魔力に光を与えただけのようなものよ」
「……どうしてそこまで得意げに『だけ』って言えるんだ?」
「事実だもの。魔力に微力化、変芸、工夫はある程度貴方でもできるでしょ」
「なに威張ってるんだ?」
「あはは……セルラーナさんはさっき除け者にされてたから悔しかったんだと思うよ」
「?なにかしたか?」
「別に悔しいとかじゃなくて……それよりも自覚ないのね。貴方の復讐への夢中の度合いがよくわかったわ」
早々にもともと眼中にないのだと諦めたセルナにリリヤは意味が分からず、ミラーダは苦笑いしながら箱の中を見渡す。
「床の赤いのは血糊……?焼け跡とかもある」
「一面のガラスの床に血糊。壁には焼け焦げた跡。なにかの傷痕が無数。……何を行っていたのか想像もできないわ。けれど、悲惨なはずね」
「それにほとんど無臭だね。血も硬化してるからしばらくは使われたみたいだけど、ガラスは蹴っただけで割れちゃうくらい脆いから大分前だね」
「……私たちが古代集落の調査に来た時、既に何等かの行いは終わっていたのね。私たちに気づいて退散することにしたか、それとも完成に至り放棄する直前だったかのか……」
一年半前のあの日、ルシファーは用意周到に罠を張り巡らせて【アストレア・ディア】を虐殺した。
無数の魔族と得体の知れない『亡者』に〈権能〉の力。セルナたちは集落の奥まで行かせられることなく撤退を余儀なくされたが、それすらも無残に終わり二時間以上の戦闘末、生き残ったのはセルナを含めて僅か六人。ギルド【ルージュビアグラム】が助けに来たことで、セルナたちは監獄から脱出できた。
確実に狙った殺人をその場での直行の技とは思えない。その見解から読み出せるのが逃亡の時間稼ぎかなんらかの実験の一つ。
「時間稼ぎか実験の一端だったのかはわからないけれど、見た通り知られてはいけないものがあったようね」
「……」
リリヤは沈黙を守る。セルナはそんな彼の動向を監視……観察していた。この状況になんらかの変化をもたらすことができる存在となればルシファーに恐ろしい復讐心を抱いている【死神アウズ】くらいだと思っていた。
セルナは特別に賢しいわけではない。頭脳で言うのなら凡才だ。
セルナにはこれ以上の考察はできないしやったとしても行きつく答えは鼻から同じ。故にリリヤを観察する。適材適所と言えばそうだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……っ、なに?」
凝視されてたまらないとばかりに怒気の孕んだ声音が飛ぶ。見つめ過ぎたと慌てるセルナを被うようにミラーダが立ち塞がり。
「恋。そう恋ね」
「こ、恋っ⁉」
「……は?」
素っ頓狂な声と呆れた声が段差に一文字を反響させた。腕を後ろに組んで足元のガラスを石ころを蹴るみたいに遊ぶミラーダはリリヤを見て「えーと……名前知ってる?」と変な訊ね方をされ、逡巡したリリヤだがセルナが知ってるがゆえに今更だと判断して「リリヤ」と一言告げる。
「リリヤさん。女の子が男の子を見つめる理由は一つなんだよ。それはトキメキ」
「君は何を言ってる……?は?トキメキ?」
「女の子は恋をすれば相手の男の子のことを見つめてしまうの。ましてやこんな恐ろしくて暗い場所。不安な女の子は頼もしい男の子に心惹かれるものなの‼」
そう言い切るこの場所には相応しくない恋愛談。ミラーダの女の子うんぬはどうでもいい。それよりも――
「ど、どどどどどうしてっ⁉わ、私がリリヤに恋をしている前提なのよ⁉そ、そも、そもそもリリヤは……多分女性でしょ!」
声を荒げる乙女のセルナにミラーダは不思議そうに首を傾げ。
「リリヤさんは男の人でしょ?」
「……え?」
「ん?」
と真逆な性別が返って来て硬直の時間がやって来る。この時恋などそっち抜けに触れず気にせず受け入れていた一つの不思議点が浮かび上がる。それは一度気にしてしまえば傷跡が疼いて痒くしかたがないみたいに、頭の中には『リリヤ』『性別』『どっち』の三つの文字が浮かんではうずうず好奇心を刺激する。セルラーナとミラーダの視線が向く先、リリヤは呆れたように息を吐いて。
「想像に任せる」
「「それ答えになってないからっ!」」
「……うざい」
ミラーダとセルナの圧に身体を心底うんざりするリリヤに詰め寄る二人。
「待て。そんな近寄るな。あと目、怖いから」
「この反応は――男の子⁉」
「待ちなさい。女性相手でも急に近づかれればびっくりするわよ!」
「確かにそうかも……?」
「それに口調が男性よりというだけで見た目は完全に女性でしょ。変芸魔法の痕跡は見つからないわ。つまり、口調は誤魔化すためのカモフラージュね。故に女性ね」
「ううん。違うんだよね。私にはわかるの。リリヤさんは絶対に男の人。美形の男の人なんてエルフを見れば珍しくないでしょ。髪の毛が長いから余計にそう見えるだけで口調と声音の少し低音な部分が証拠です!」
「いえ女性よ」
「男の人よ」
「女性!」
「男の人!」
そんな押し問答が始まった。客観的に見ればシュールというか奇怪というまである光景。
ルシファーの実験場と思われる血とガラスの散らばる廃虚の中、美少女二人が一人の性別不明の人を巡って性別の言い合いをしている。
そう、異性か同性か。純正愛か百合愛か。
緊迫する戦場。譲らない主張の争い。それは最高潮へと向かい――
「【黙れ】」
呟かれた一言と共に大蛇のような闇の魔法が箱の中を奔流した。無数の闇のうねりが悲惨な床を抉り喰った。
「きゃっ!」
「なっ⁉何するのよ!」
可愛らしい悲鳴と威圧の悲鳴。だが闇の奔流はセルナたちを度外して蹂躙した。
「うるさい!あーもう!なんで俺がこんな目に……」
共に旅をする狼の口癖の「クソが」を吐き出しながら、すべてを破壊つくした白亜の箱の中、それは闇の魔法に抉られて大きく姿を露わにしていた。
「――見つけた」
リリヤの探していたもの。床の剥がれた部分の五メル四方の地下への空洞。大きく入口を開けたそこは下へと繋がる階段が闇へと誘う隠し通路。地下への入り口だった。
「地下があるだなんて……!どうしてわかったの?」
驚愕に訊ねるセルナを見たリリヤは地下を見てからミラーダを見た。その視線に首を傾げる彼女だが、リリヤの逃さぬ怜悧な瞳に息を吐いた。
「ミラーダ。貴女」
「これが私の目的。この地下施設を見つけてルシファーの実験の痕跡を探ること。たぶん私が床を蹴って空洞がないのか探ってるのに気づいてたんだと思う。でも、結果往来かな」
ミラーダの真意のはっきりと読み取れない瞳はけれど雄弁に語る。この巡り合わせは偶然なんかではないと。
それは薄々リリヤも気づいていたことで、どこの誰だかに忌々し気に悪態を付きたくなる。正義と死神と神童の邂逅など、馬鹿げている。まるで同士討ちを望まれているかのようである。
「君の目的はわかった。俺たち三人の目的はルシファーにある。無意味な争いはしないことだな。特にさっきのこととかな」
「教えてはくれないのね……」
「…………はぁー必要のないことだ。俺と
「…………」
そうして三人は闇へ誘う階段続く地下へと目を配らせ、ミラーダがリリヤに身体を寄せた。それは乙女の誘惑でも、心労の現れでも、恐怖の震えでもない。
蠱惑的……などではない見定める水流の眼光が刺す。
「じゃあ理由はなんだと思う?あなたの考えを訊きたいかな」
そう問いかけるミラーダにリリヤは地下への階段に視線を促して、その意を汲んだミラーダはリリヤの後ろにつくように歩き出す。
その後をセルナは追いながら二人の会話に耳を立てた。
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