第17話 夜光と正光

 均衡する力は力点のズレによって互いに弾き合う。

 シルヴィアを正面に左右、右からグレンの拳、左からハルバの槍撃。拳は迅速で振るわれる爪牙に往なされ流される。ハルバの槍は瞬時に展開された障壁に阻まれその槍は皮膚に至らない。転じる攻防。その機会を与えないとアルメリアが魔法を放つ。


「やぁあ!」


 桃光の球がドラゴンを捕えるように出現し旋風のような魔力の旋回がドラゴンを襲う。声を上げるドラゴンだが、その強固な肉体がダメージを振り切り真っ赤な眼光がアルメリアを危険分子として第一標的に捉えた。


「させない!」


 飛び立とうとするドラゴンの喉にシルヴィアの剣が穿たれる。シルヴィアを一瞬見たドラゴンは鼻から息を吐くように防壁を展開し剣を迎撃する。


「ならこれでどうだァ‼」


 身動きができない今、グレンが瞬時に飛び掛かった。大跳躍からの遠心力を付けた何度目にも渡る渾身の超打撃。


「うりゃぁああああ――!」


 二つ名【大谷】に相応しい渓谷を築くが如く、ドラゴンの背面から地面に叩きつけた。それは地鳴りを起こし轟震する。地割れする大地は大破壊。反動で人も岩も倒木も浮かび上がる。


『グゥアアアアアアアアアア⁉』

「貴様の痛哭、この一撃にて終哭ぜつめいへ転じさせよう」


 そう終焉を記したのはハルバ。右肩を引いて投擲するような形で槍を構え、魔力の奔流が力を高めていく。蓄積チャージ状態のハルバは動けない。しかし、そのチャージこそが詠唱の正体であり、それは一撃必殺の槍の一撃。

 ドラゴンがグレンを吹き飛ばして身体を起こす。逃れるために翼をはためかせ上空に跳び立とうとする瞬間、ハルバが駆けた。迅速を持って俊足の限りに迅雷をままに。

 咆哮が轟く。静かな唸りが意味を成す。


「【ハルバード】」


 槍の一掃が放たれた。

 駆けるハルバをも槍の如く至高の槍撃がドラゴンの胴体へと走り。


「撃てぇぇぇぇ‼」


 そんな声と魔力がハルバが駆けだす寸前に脇から入り込んだ。割って入って来たのは先導する男とその仲間たち。彼らは一斉に砲撃し始めた。魔法が着弾する嵐の中、踏み出したハルバの脚は止まれない。爆炎砂煙で見えなくなる戦場を一直線に駆け抜け、居場所の途切れたドラゴンの胴体へ――


「っっ⁉」


 横からの無数の着弾がハルバを揺るがした。直撃する砲撃の残骸が彼の体勢を崩し速度を弱めていく。弱まった槍使いは、いとも簡単にドラゴンの火砲に呑まれた。


「ハルバーーーーっ⁉」


 火に呪われながら吹き飛んでいくハルバをアルメリアが悲鳴を上げて追いかける。

 暴れ出し狂暴さをより敵外的に火砲を放つドラゴンと怯える撤退する男たち。そして不可解な行動の数々。その一連の行動原則が垣間見え、偶然ではない必然の産物にシルヴィアは唾棄しながら正義を定めた。


「グレン時間を稼いで!」

「そ、それより兄貴が⁉」

「ハルバは大丈夫よ。あの程度でやられるタマじゃないわ。それより、ノクスの合図があるまで一人で頼める?」


 一人で対応するということはドラゴンの標的もグレン一人に絞り込められるということ。ドラゴンの脅威は恐らく竜魔種ドラゴヴァイス。上級者冒険者が三十人ほど集うギルドが討伐するAランク相当の魔物。男の介入があれ順調だったのは【アストレア・ディア】としての連携の為せるところが大きい。そして各々に役割が分かれているのも大きく、それぞれの役目を全うできる実力もある。様々な条件下から負ける憂いは存在しなかった。

 しかし、一人となれば難易度は何倍にも膨れ上がる。

 それはグレンもわかるところ。

 グレン・アースは齢十五の少年に過ぎない。【アストレア・ディア】の最年少であり、入団したのさえ十三になる年の春。セルナたちに鍛え上げられ才能もあり実力も申し分はない。しかし、その身は幼く経験の桁がシルヴィアたちより一つ、あるいは二つも劣っている。

 グレンが思い出すは幼馴染のミミリーの存在。いつだって隣あるいは背中にいた戦友。どんな不可能と思える任務でも、ミミリーの背中がグレンの背中を守ってくれていたからどんな困難にも立ち向かうことができた。

 けれど、今はもう背中を預けられるその人はいない。

 それでも、グレンは迷うことなく頷いた。

 頷くしか、贖罪に成り得ないのだから。


「わーたよ!やってやるぜ‼」

「頼んだわよ!」

「オウ‼」


 そう言ってグレンは一人ドラゴンに立ち向かう。

 火砲の灼熱が森を焼土に還る。武者震い、なんて言えない震えを拳で痛みつけて耐える。こちらを目剥く強烈な眼光を浴びて、委縮しそうな小さな身体を、昔日の後悔が胸を張れと血流を暴走させる。


「あぁ、わってらぁ!俺はもう負けねーェええええ‼」

『ヴァァアアアアアア――――ッッッ‼』


 火砲の解放。駆けだす少年。焼土の血を脚に、拳と爪牙、怒涛の暴力の力比べが始まった。それを見ながらシルヴィアは胸ポケットにある結晶に話しかける。


「ノクス、状況はわかってる?」

『問題ない。全貌はすべて把握しているわ』

「そう、ドラゴンの討伐は当たり前だけど、もう一つ『正義』も執行をするわよ」


 正義の執行……ノクスは僅かに沈黙してから声のトーンを落とし、難易度が高いことを示唆する。


『チャンスは一度キリよ。私が彼らの足止めをする。なので、ドラゴンの方をお願い』

「と言っても切り札はノクスだからね。セルナでいつも霞んでるけどノクスが最強なのは間違いないし、まー私は私なりにやるからもろもろよろしくね」

 そう言うとノクスは「結局私頼りですか……なんですかそれ?」と微かに笑いシルヴィアもくすりと微笑む。


 正義は魂の炎を灯す。それは呪縛であり栄光であり虚構である。

 下界の悪の定義は世界の証明と【正義】の進言のみ。故に責任はその背中を苛む。

 それでも、彼女たちは誰一人として【正義】であることを悔いたことはない。その命は【正義】に今はある。


『それでは、始めます』

「ええ」


 そして通話が切れ淡く光っていた結晶が光を失いそれを胸ポケットにしまう。そして強敵と少年vs一竜タイマンで打ち合うグレンを見つめ、シルヴィアはもう一度詠唱を奏でた。


「【虚像の闇夜――】」


 二度目の魔力の唸りにドラゴンは気づいた。それは我を撃ち殺す憎き魔法だと。故に優先順位が変換される。矮小な小人などその身が万丈を取り戻せばいくらでも殺すことができる。その他の有象無象もそうだ。奴等の魔法など痛くもかゆくもない。故にそれこそが我を殺す恐怖だとドラゴンは理解していた。真っ赤な眼光と鉄混じりの藍色の瞳が重なり合う。

 歌が紡がれ咆哮が唸り、その羽ばたきだす翼にグレンが攻撃を仕掛け蠅を払うように幾十にも防壁を展開されて、そこに翼での大気の蠢きが風撃と変換させて地上を吹き荒らす。


「こんちくしょーーっ‼」


 それでもグレンが必死に抗い飛び立とうとする脚を掴み引きずりおろそうとする。グレンの怪力とドラゴンの飛力。


「もう誰も、俺の仲間は失わせねーーーっっ‼」


 思いの丈がさらなる力を呼び覚ます。

 無様な叫び声をあげながらドラゴンの脚を引きずりおろし地面に再び叩きつけた。それを確認したシルヴィアが叫ぶ。


「グレン‼」

「――っ!」


 グレンはすかさず退避一直線。起き上がり咆哮に轟震がグレンを吹き飛ばし、再び上空へ舞い戻ろうとするドラゴン。ドラゴンが頭上を仰ぎ、それを、その光の雨の到来をみた。いや驟雨。もしくは豪雨。千に及ぶ光矢の驟雨が天罰の如く降された。


『ガァアアアアアアアアアアッッっ⁉』


 穿つ光の雨がドラゴンの肉体に降りかかり、飛翔の邪魔をする。決して威力は高いと言えない光矢だが、千の圧力は重力となり翼を蝕む。


「うわぁァァァァァァ⁉」

「にげ――うげぇ」

「死にたくない死にたくな……ぅっし、に……」

「げふぇっ⁉」

「ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇ!」


 その驟雨は男共をも巻き込んで縦横微塵、無慈悲無告に残酷に惨忍にただ天罰を与える。

 大量の墳血。絶叫の限り。青空には似合わない魔族の奇声然とした呻吟が大地に沁み込む。それでもドラゴンは倒れない。無数の光矢に穿たれ鱗が剥がれ皮膚に剥き血が噴き出しながらも、その全能の身体は治癒と強靭を持ってして倒れることを許さない。下界最強の獣。

 大気に満ちるマナを持って破壊の火砲を集い。

 そしてシルヴィアもまた完成した魔法を放った。


「【ソル・レヴァンテ】――っ‼」

『ゥオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッ‼』


 明滅する世界の中、暗転した闇の幻想に光が走る。

 そんな夜の世界に対極から下劣を鏖殺せんと炎の破壊が突き進む。

 明滅と暗転の闇の夜。光と炎が猛る気高き意志を持って、灼熱を光輪に世界を隔てた。闇の世界を割る光と炎の境界の線。互いの咆哮が激烈に響き空の遥か彼方に跳んでいくイカロスの如く、もしくはよだかのように誕生の柱を突き上げる。

 そして光と炎はやがて一つの曙光となり、闇を打ち消し視界のすべてを奪った。真っ白な世界で、眩い夢想で、世界の始まりのようなその場所で、すべてを打ち消したその世界に――その声は誰にも届かずに呟かれる。

 射程距離地点。独りの【夜射】は目を閉じながら瞼の裏の闇の世界に浸り、明滅の闇を喰らい、轟音が収まった瞬間、開かれた薄花色の眼は運命を降した。


「【オルトゥス】」


 たった一言、誰にも感知されない遠方から射撃者は迅速を越える矢をたった一つ放った。


 光が彩を取り戻していくのを追いかけるように闇の矢が次元を疾り、世界を取り戻した刹那、駆け抜けた闇矢がドラゴンの喉を貫き闇が咲く狂うように詰め込められていた魔力が燃え上がった。

 静かな一撃。美麗な狂い咲き。苛烈な星の墓標。闇夜の暗殺。

 闇はドラゴンを喰い静寂と共に瞬きをするように闇の炎を猛らせながら消え去った。

 後に残ったのはドラゴンの局部と散る残光のみ。


「任務完了」


【アストレア・ディア】によってドラゴンは討伐された。

 それから一時間後、魔族のコロニーは体現通り掃討された。

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