第16話 アストレア・ディア

「【虚像の闇夜やみよ、光の刹那に迷うもの】」

「【愛惜あいを詠い愛憎あいに眠り愛華あいに覚ます】」


 二つの詠唱が同時に言の葉を紡ぎ出す。かつての何かに左右され発現した奇跡の事象。それは光と百花を持って顕在を許される。


「【アリアドネの糸を辿り地下の果てより空をみよ】」

「【三度みたび愛を囁き二度貴方に恋をする】」


 錫杖を両手で包み祈りを捧げるシルヴィアの周囲に沫のような光の粒子が螺旋を描き錫杖の先端に集っていく。

 アルメリア足場が桃色に微光を灯し愛の一部を咲かせていく。

 二人の魔力の唸りに気づいた、いや引き付けられたドラゴンがこちらを見向き。


「させねーよぉ!」

「はっ――」


 超打撃と瞬撃。忽然に目の前に迫った二人の人間。

 グレンは拳を構えハルバを槍を。それは躊躇いなく回避の時間すら与えずドラゴンの顔面に叩き込んだ。


「――っかったぁぁ⁉」

「うむ、貫けぬか……」

『――っっ……ッッッ‼』


 渾身の一撃はドラゴンの頭蓋を確かに揺らがし身体を三歩ほど後退させたが、強固な外殻が攻撃のほとんどを通していない。グレンの拳は弾かれハルバの槍もまた皮膚に届くことはなかった。

 瞬間、ドラゴンの咆哮が空気を揺るがし下等な人間などハエに等しいとばかりに容易くグレンとハルバを吹き飛ばした。


「うわぁぁ⁉」

「ぐっ……⁉」


 その機を狙わないドラゴンではなかった。ドラゴンは魔物に分類される対象だがもはや近年では別種として『ドラゴン』というカテゴリーが存在するように認識されてきた。

 それは天界を脅かし神と常に対極していたと言われるモンスターたち同等であるがゆえ。名の付く唯一の魔物同等、ドラゴンという種類そのものが魔物から一端を外する。

 その脳は正しく知性や理性といった人間に近しいものは存在しない。しかし、思考能力だけは他の魔物と桁違いに上だ。故に機を読み取れる。そして機に乗じた機にすら対応できた。

 振るおうとする爪牙を引っ込めたドラゴンはその長い尾で迫りくる光矢の一撃を弾き落とした。


「やはり気づかれた。この距離じゃダメみたいね」


 すぐさま援護射撃をしたノクスの一撃はいとも容易く往なされ、その大きな顎からノクスが潜む森に向かって火砲が放たれた。


「っ⁉バレた?あの一撃で特定されたの?ドラゴンにしては目敏い」


 ノクスはすぐさま離脱し、姿を隠し次の拠点を探す。


「けれど、時間稼ぎはできました」


 その歌は終曲に差し掛かる。


「【群青の一光に正義を傾け瞼に映せ】」

「【百花の哀哭よ、どうかと願わん。愛を厭い恋に染まらん。私の愛に恋のそのを】」


 黄昏の一閃だった。花園の御手であった。

 シルヴィアの錫杖に収斂された黄昏のあの神秘の光が目を覚ます。アルメリアの愛の囁きが世界に恋をする。

 二人は同時に魔法の名を告げた。


「【光像の瞬空ソル・レヴァンテ】!」

「【海原の花園フロス・メア】!」


 アルメリアの振るわれた腕に倣い世界は変革する。桃色と白色の魔力が充満するそこは海原。桃色と白の二つの花々がアルメリアを中心に花園を展開する。

 想いの領域。風に花々が揺れ花粉のような粒子が舞いあがり、それはシルヴィアたち全員の能力を底上げした。全能力上昇と補整の異次元の花の軌跡。

 アルメリアの愛情が注がれる。


 そして、収斂していく光が明滅を五度繰り返し、桃白の魔力を纏って世界の照明が落ちた瞬間、闇夜に黄昏の一閃が時を駆けた。

 曙光の道。闇夜の幻想に光を躍らせる百花繚乱の桃白の花園の世界で、曙光はドラゴンの胴体を穿ち世界に光を取り戻す。


『~~~~っギャァァァァァァ――ッ⁉』


 ドラゴンの痛哭。劈く叫喚と共にその胴体を焼き殺した。鱗を砕き皮膚を焼き肉を抉って内臓を炙る。底上げされたシルヴィアの魔法は正しく曙光だった。

 身体中に火傷を負い崩れるドラゴンにシルヴィアは叫ぶ。


「今よ!畳みかけて!」

「うりゃ!」

「はっ――!」


 聞くよりも速くグレンとハルバがドラゴンに迫り、渾身の拳と槍で血をだらだらと流す傷口目掛けて放った。

 ドラゴンの痛哭など気にせず果敢に連撃を繰り出す。


 武人然としてなお独学的な拳闘の技は力と速さにのみ特出した特化型。

 防御を一切に捨てた力。その力だけを見ればセルナの魔法と並ぶ恐れもある一撃一撃がドラゴンの胴体を轟震させる。

 ハルバの槍はかつて北の諸国で用いられていた槍の型。ウェアウルフの彼だがその実、軍人の傾向が強く、狼の技よりも槍の技を極めた変わり者。

 しかし、それは相乗効果を生み出し特殊となる。

 ウェアウルフは己の牙を磨きにかける。弱肉強食でありながら群れを持つ変わった彼らの習性は牙にあり。狼が得物に頼り尽くす時、それは牙を捨てた愚か者、堕落者、腑抜け者の烙印が押される。それはハルバも同じだが、左腕のあった全盛期のハルバにウェアウルフの誰かが勝てた試しはない。槍の技術と技、そこで狼の能力を組み合わせたハルバの戦闘模様は左腕が義手だろうと奇を衒う槍牙の軍使となる。

 故に槍の蹂躙は狼の速さと感覚を持ってドラゴンの身体を決壊させていく。


「倒れろぉぉぉ‼」

「――――っっっ‼」


 そして、グレンの拳とハルバの一槍が重なり大きく大地底へ打ち付けた。大地に押し付けられたドラゴンは痛哭を唸らせど、その戦意は失せない。最強種は伊達ではない。

 身体をのきのきと起こしたドラゴンはその顎に魔力を収集していき。


「避けないと当たりますよ」


 そんな可愛らしい、いや冷静沈着な忠告に聞こえるはずもないのにグレンとハルバがその場を退避し、直後、火砲が地面を抉り花園の大地を崩壊させる。

 燃え盛る炎の中、それを見つめるは【夜射】。

 距離にして一五〇メル彼方の大樹の枝の上。ドラゴンの喉が直線状に狙い打てる完璧な立地。

 そこで弓を構えるはノクス。夜に紛れ悪を撃つ【夜射】は誰にも知られずその魔法の一撃を放った。


「【夜明けより蒼へ】――【オルトゥス】」


 闇夜の一射。闇を凝縮したよだかのひと星が空を高速で駆け抜け、誰にも気づかれず闇矢はドラゴンの喉を穿たんとして――


「はぁぁぁ!」

「おりゃ!」


 と、ドラゴンの背後から魔法が放たれドラゴンが僅かに揺らめき、オルトゥスの矢が僅かに当たらず後方へと吹き抜けていった。それは木々を闇が呑み込み火砲と同じほどに自然を蹂躙して森を荒らしていくが、そんなものどうでもいい。

 確実に仕留める一撃が失敗したのだ。


「っ⁉……だれ?」


 シルヴィアたちは元からノクスの一撃に賭けていた。この中で最強の火力を持つのはノクスの【オルトゥス】だ。その一撃はセルナですら本気で魔法を酷使しないと相殺できないレベルの一撃必殺。

 シルヴィアの魔法によって世界は一度暗転した。その闇は濃く厳かに強大。【オルトゥス】は闇を凝縮して力とする魔法。故に最高のコンボである。それはドラゴンを一撃で仕留める威力。しかし外れれば元も子もない。

 そしてその元凶が――


「大丈夫か!加戦に来たぜ!」


 そう歯を見えてこの上なく眩しく憎たらしい笑顔を浮かべる男に続き十人ほどの冒険者が集ってきた。

 その男たちによって、必殺の一撃は失敗した。

 もしも、ノクスのような例外、もしくは家族ギルドのような完結したチームでなかったのなら、正直に現状での加戦は素直にうれしい。だが、【アストレア・ディア】の強固な絆を結んだ連繋に部外者は邪魔でしかない。

 その結末が戦略の失敗であり、唾棄するそんな感情がありありと浮上する。


「おまえら――っ」


 邪魔しやがってと叫びそうになるグレンをシルヴィアが制する。そしてとても冷や冷やかを裏に隠した笑顔で。


「それはありがとうございます。ですが、私たちで事足りますので重大目標のコロニー掃討に向かってください」


 やんわりと断りを入れる。暗に邪魔だとシルヴィアは告げた。しかし、男はそんな意図を汲み取れず。


「バカを言うな!お前たちだけであれは倒せるなんてそんなわけないだろ。下手をすれば竜魔種ドラゴヴァイスかもしれぬ相手にたった四人で立ち向かうなんてふざけてる‼」

「ですが――」

「おっしゃおまえら‼協力してドラゴンを倒すぞ‼」

「うぉおおおおおおおおお――っ‼」

「話し聞けよ。筋肉脳細胞の末期やろう……」


 シルヴィアの話しなど一切に聞かず反論など歯牙にもかけず独善的に声を上げて走りだしていく。自惚れているのか傲慢なのか馬鹿なのか。男たち十数人はドラゴンに向かって真正面から対面した。

 唖然とするシルヴィアは思わず汚い言葉を吐き出してしまい、うんざりと重々しいため息を吐いた。


「なんなのアレ。邪魔した挙句邪魔するとか邪魔なんだけど」

「すっげぇー邪魔だって伝わって来るぜ。まー俺もどうかと思う。あいつらがいなかったらノクスの一撃で終わってただろ」

「ど、どうするのシルヴィア?【フロス・メア】もさっきのでほとんど破壊されたから、あと効果時間は三十分くらいだと思う。あの人たちにはかけられないかな……」

「うむ、俺が一撃必殺でやってもいいが、おそらく巻き込んでしまうであろう。おそらくノクスも同じだ」

『そうね』


 ドラゴンとわぁわぁと交戦する彼らは見る限りに中級冒険者ほど。中級冒険者が十数名では勝ち目は限りなくゼロ。シルヴィアたちが多少ダメ―ジを与えたと言っても、ドラゴンには治癒能力があり時間が経てばその傷は癒えていく。既にドラゴンは体勢を整え防衛から反撃に転じようとしている。


「こうなったら私も前線にでるわ。グレンとハルバと私で三方面から連続で攻撃」

「姉さん前に出んのか⁉」

「得意じゃないけど、ノクスには射撃と援護に徹してもらいたいし、私が前に出なかったら治癒士ヒーラーとしてめっちゃ大変そうだから……」

「ぎゃぁぁぁああああ⁉」

「やばっ⁉強さ過ぎだろ⁉」

「やばいやばいやばいっ‼」


 言った矢先から攻撃を喰らって何人かが脱落していく。一応治癒士ヒーラーはいるみたいだけど、この短期間での負傷となるとヒーラーが一番辛いまである。

 シルヴィアはセルナみたいに善良ではない。仲間でもなくさらには邪魔までしてきたクズどもに力を貸すなんてしたくはない。


「私、身内贔屓なのよ」


 そう言うシルヴィアにアルメリアたちは笑う。


『知ってる』

「ああ知ってんぜ」

「うむ」

「うん!シルヴィアちゃんだね‼」

「それはどういう意味か聞きたいわね?」


 さてはてと、シルヴィアは剣型の錫杖を剣の構えに持ち直し走りだす。


「アルメリアは砲撃と援護をよろしくね」

「うん!任せて!」

「ノクスはそのままお願い!」

『わかった』

「おっしゃ!俺も行くぜ!」

「うむ!」


 正義は駆ける。疾く駆ける。

 荒野を越え岩山を飛びその巨体の巨悪に向けて光の一閃を刺す。


「はぁああああ!」

『ゥゥアアアアアアアア‼』


 シルヴィアの剣先とドラゴンの咆哮がぶつかり合った。

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