第15話 来る動静

 繁殖地帯コロニーの掃討作戦が幕を開けた。 

 各方面で壮大な戦闘が行われる中、最後方のシルヴィアたち【アストレア・ディア】は普通に暇をしていた。


「そもそも前にいる人たちがアレだったわね……」

「……英傑の軍勢に魔族どもが敵うわけないのは火を見るより明らか」

「言われてみればそうだな。んじゃここに来ねーのも仕方ねーなぁ」

「だね。魔族は好戦的だから司令塔がいなかったら逃げるなんてしないし、戦闘大好きっ子だからね」


 アルメリアの苦笑にハルバがうむと事実に頷き、グレンが頭の後ろで腕を組んで暇そうにしシルヴィアがうんざりな声で背伸びをした。

 アルメリアの言う通り魔族は狂戦士そのもの。人間がいたらとにかく襲う殺戮者で知性も理性も存在しない馬鹿だ。魔物の方が直観的にまだ優秀だし、魔族の脅威はその圧倒的な群数だが、それを上回る戦力で挑めば勝てない理由がない。故に最後尾まで魔族は到達できない。

 シルヴィアたちがいる最後尾は平地で数メル先から山林に入る。ここからでもあちこちで戦闘が苛烈を極めているはわかるが、人の絶叫は聞こえてこない。むしろ自然破壊の音の方が大きいまである。


「ほんにと暇だねー。これならお弁当でも作ってきたらよかったよ」

「アルメリアの飯はうまい」

「も~ハルバったら!今度作ってあげるね!」

「楽しみにしておく」


 アルメリアとハルバがイチャコラしている隣でシルヴィアとグレンが空を仰ぎながらお喋りをする。


「シルヴィアの姉さん。俺の二つ名なんとか変えれねー?」

「【大谷】?別に変えようと思ったら変えれるわよ」

「マジ!じゃあじゃあ!俺【猛者】とか【剣豪】とかがいいんだけど!」

「さすがにそれは不釣り合いね。それもダサいわ。【猛者】って言ったら【轟震】ドランガルみたいに一人でダンジョン四十階層は突破しないとダメね。あんたにできるわけ?」

「そ、そうですよね……いや、まーできないっすぅ」

「【剣豪】は……そもそもグレン、剣使わないでしょ」

「……ほんとだ⁉」

「ポンコツなの?」


 その傍ら。


「ハルバ。この任務終わったら久しぶりにどこか遊びにいこ!」

「…………別に構わない」

「やったー!じゃあねじゃあね!最近できたオシャレなカフェとあと季節がそろそろ変わるから服も買いたいな~。あーでも、ハルバは暇だよね……?」

「俺のことは気にするな。おまえといるだけで俺は十分だ」

「~~~‼ハルバ好きぃ‼」


 あまあまデートの約束事の会話。うふふきゃきゃきゃと楽し気で呑気な四人を見て、ノクスは死んだ、もそくは今にも殺しそうな眼で。


『随分楽しそうね?』


 弦を引き弓を放ちそれは忽ち上空で飛散する。彷徨う魔族の心臓を貫き一瞬で灰に還す。残りはすべてシルヴィアたち周辺に突き刺さった。

 ノクスとシルヴィアたちの彼我の距離は八〇メル。戦線を見渡す鷹の眼は憎たらしく遠距離通信の魔道具の結晶を使って、地上の四人を冷酷な眼差しで睨み付けた。


『手元が狂ってすいません。次はちゃんと当てます』

「どこに当てるんだよォ⁉いや、マジで怖いからっ!」

「そ、そうよ!ノクスを気を確かに持って!」

『ふふっ……どうしましょうか?私一人に働かせて、みんなは好き放題と……ふふ、手元が狂いそうね』

「ギャァアアアアアア悪い悪い悪かったよォ‼」

「ほんとうにすみませんぇえええええええんんんっでぇしたぁああああああああああ‼」


 グレンとシルヴィアはもはやどこからノクスが自分たちを狙っているのかわからず、グレンに関しては地面に頭を擦りつけシルヴィアも九〇度に腰を曲げ謝罪した。

 ノクス恐るべし……。


「あ、あのねノクス……」

『…………』

「そ、その、ごめんね?

『撃ちます』

「わぁああああ‼ごめんなさいぁああああい‼」

「うむ‼」


 泣き叫ぶようにノクスの殺意に謝罪するアルメリアと対照的に言い訳一つしなくハルバは誠心誠意腰を曲げ姿勢を正しく謝罪した。

 そこら辺の木々に向かって……


「まーあれよ。あんたのお陰でよ。偉いわ!」

「言い方がアレすぎる⁉」

「ノクスちゃんだぁーいすき‼」

「こっちはこっちで天然すぎだろ‼」

「…………」

「ハルバ兄さんはマジで潔いいいな‼」


 こんなぐだぐだしている彼らが【正義の使者アストレア・ディア】だと誰が思うだろうか。個性はバラバラ。セルナがいないとぐだぐだでイチャイチャ。戦う時はちゃんとやれど、それ以外に問題ありとされる行動だらけのシルヴィアたち。そんな彼女たちを見て、ノクスは怒るだけ無駄だと諦めるしかなかった。


『はあー……まーいいです。今回許します』

「さすが器が大きいわノクス‼大好きよ‼」

「わたしも大好き‼」

「…………うむ」

「お、俺もまーその、嫌いじゃねーよ」

『あなたたち、私こと好きと言えば許す軽い女だと思ってませんか?』


 それはそれは深いため息を吐いたノクスは不満を解消するように弓を構え矢を放つ。吸い込まれるように魔族の魔石を貫いてこちらに気づかれることなく灰とする。


「なんでこんなことしてるのかしら……」


 その時、一際大きく生を煽る獣の咆哮が轟いた。それは一度戦場を中断させ冒険者の耳朶のずっと奥、神経の繋がる脳のそこで死の一言が呼び覚まされる。

 圧倒的な絶望感にも似た咆哮。大地そのものを揺るがし精霊や妖精たちを脅かし周囲の魔物すらも直ちに逃亡を選択する強者の圧力。

 それは森林を突き破り空高く飛翔した。太陽の逆行となった黒い陰。太った蛇にも似た胴体に大きな二対の翼。真っ赤な眼がシルヴィアたちを敵と認識した瞬間だった。


『ォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッ‼』


 青空に漂っていた雲のすべてが退かされ、形成していた魔力すら吹き飛ばす。そいつは上空から一気に下降してきた。


「避けて‼」


 全力の避難。振り下ろされた爪牙が大地を粉砕した。


「きゃぁっ⁉」

「なんだッ⁉」


 アルメリアの悲鳴にグレンの困惑。大地が抉れ土石が飛び交う中、シルヴィアは砂煙にすら包み込めない巨体に瞠目するしかない。


「あれは……うそでしょ」


 八〇メル先まで飛んできた石礫の襲来に、樹木から飛び退いたノクスが違う樹木の枝に着地してそいつの全体を認める。

 獰猛な牙に赤い殺戮の眼。樹木のような二足に爪の長い腕二つ。身体は赤い鱗に覆われ背中から飛び出た左右の大きな緋色の翼をはためかせ、長い尾を大地に叩きつける。


「本来この地域でには生息していないもの……」


 その巨体を持ち上げ全体を見渡すその者。その口には火の粉が漂い、瞬間、大きく開けられた口から閃光にも似た火砲が放たれ、ウィミナリスを北にして東方角の位置を抉り焼土とする。

 まさに燎原の火そのものといっても過言ではない強烈な一撃を放ったそれは、下界の食物連鎖の頂点に君臨する獣の覇者。

『ドラゴン』はその絶対の力を見せつけるかのように空高く咆哮した。


『ォォォオオオオオオオオオオオオオオ‼』


「ドラゴンって……なんでこんなところにいんだよ⁉」


 ノクスを除く四人がせりあがった大地を壁に集い状況の確認と方針を話し合う。


「わからないけど……これってそうなるのかな……」

「……うそだろ⁉あれ絶対竜魔種ドラゴヴァイスだろ⁉セルナ姉さんがいねーのにいけんのか⁉」

「うっ痛いところを。でも、コロニーの破壊は達成されてないし、今の火砲があそこに撃たれたら死者が出てもおかしくない。ここからじゃわからないけど混乱してるかもだから魔族が一瞬でも優位に立ったかもしれないわ」

「……うむ、ならば排除する他ないだろう」

「そうなるわね。それに、あんなドラゴンをあっちにプレゼントするのは【正義】として気が引けるわ。あと私たちのせいとかされるのも嫌だものね」


 まーどれだけ言い訳して捏ね繰り回してもここがシルヴィアたちの管轄で、その内容には魔物の討伐も含められている以上戦場に送り込むわけにはいかない。それに――


「うむ。俺たちはと言ったな。なら、『道具』らしく正義を執行し、人間らしく報酬を掻っ攫えばいい」


 得意げなハルバだが、「言ってることは悪魔の所業ね」とシルヴィアはうんざりするが目は悪役だ。あとなぜかアルメリアは「ハルバ常にクールだけど、貪欲なのも好き!」とか言ってる始末なので恋は盲目らしい。

 シルヴィアはそこからノクスに合図してそれぞれに適当な作戦を伝える。


「と、言っても作戦なんてあるわけないし、まー最初の二人組デュオで左右から攻めるわ。互いにぶつからないように内側に角度をつけての攻撃。常に防戦の構え。火砲には十分気を付けること」

「了解!」

「うん。わかったよ!」

「うむ理解した」

『はい』


 グレンが掌に拳を叩きつけ野獣のように笑みを深めた。

 アルメリアは力強く精一杯に頷き握りしめた掌で頑張るポーズを取る。

 ハルバはその手に槍を、左手が義手の彼はその手をなんら煩わしくなさそうに敵を見据えた。

 ノクスは一人、どんな状況にも対応、援護できるように想定し視界を十分に矢を構える。

 そしてシルヴィアは剣と対になっている錫杖を手に前進した。


「正義の出陣よ」


 そしてここに正義は始動する。

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