第14話 色彩

 全軍転移完了の知らせと共にローズは先陣隊の【双剣】カルトス・レダと【双盾】ポルックス・レダ率いる前衛たちに最終確認のために双子の前に立った。。


「カルトスさん、レダさん。みなさん全軍の転移が完了しそれぞれの配置が完了しました。わたしが配置に戻ってから三十秒後、わたしの付与魔法エンチャントを合図に作戦を開始します。手筈通りできる限り制圧して錯乱してください。その後、異国令嬢アリシブが天高く『花の雫』を打ち上げます。それが合図に二十秒後に砲撃を開始します。その際に離脱をお願いします」

「……」

「了解です。頑張りましょう兄さん!」


 目元まで隠す白銀色の髪の兄さんと呼ばれたカルトスが無言で頷く。そんなカルトスに双子の弟ポルックスは対照的な黄金色の滑らかな髪を揺らして銀色の優し気な眼で一層柔らかく好青年の笑みを浮かべた。


「リシュマローズ。あなたの出番などなく私が全てを終わらせます。そこで指をくわえて待っていることですね」


 そう淡々と一方的に告げて持ち場に戻るのは【アウルムアーラ】のエース【進翼】ミミル・バレッタ。狼人族ウェアウルフの彼女はどうしてかローズのことを目の敵……いや好敵手と思っているらしく面倒な乙女のように何かとローズに構ってくる。


「はあ……頑張ってください」


 もう見えなくなった背中に告げて双子に視線を戻す。


「それで、お二人には予定通り先陣してもらいます。ミミルとミレドミラさんたちが率いる二部隊に展開して左右を大きく湾曲に沿って中心に誘導しますので、二人だけでは苦しいと思いますが――」


 そこまで言ってローズだが、双子の内の好青年のポルックスが白い歯を見せて微笑んだ。


「問題ないさ。僕と兄さんの連携はこの世界で一番だからね。負けるなんて有り得ない。そうだよね兄さん」

「……」

「ほら兄さんも『何も心配はいらない。俺たちの任せておけ』って言ってるし」

「……無言の頷きをどう解釈すればそんな言葉になるの?」

「……」

「『へいレディー。作戦が無事終わったら俺と一緒に愛を育まないか』」

「無理です。ごめんなさい。気持ちわ……遠慮しておきます」

「ふふ、兄さんの通訳はお手の物!みたかい僕と兄さんの親愛の深さを!」

「そのお兄さんが今にも殺しそうな目で見てますけど……」

「え?……あはは兄さん冗句だって――ギャァァァ⁉」


 こうして戦場ではじめに犠牲になったのはポルックスだった。ポルックスの死体が地面に転がり、ドン引きするローズにカルトスは頭を下げた。


「すまない。うちの愚弟が失礼をした」

「え……あ、はい」


 男性にして少し低めの身長からは想像していなかった男らしい低音に、普通に話せたんだというローズの感想を置いておく。


「では、時間になったら俺たちは征く。その後の合図は頼む」


 そう言い残してポルックスを引きずり持ち場に着いた。ローズは呆気に取られながら「喋れるんだ」と再び思いながら位置に着く。

 ローズが待機しているのは後衛と前衛の中間地点より前衛よりの木々の陰。ウィミナリスの丘の麓に少しだけ足を踏み入れ魔族に気づかれていない辺りでカルトスたちが平地ではなく山林に紛れて待機。ローズは後衛の連絡係のレェムファを見つめローズの眼にレェムファが高めた僅かな魔力の唸りが色となって判明に映った。それがローズへの作戦開始の合図だった。

 ローズは魔法保存ストックしていた魔法を放つ。


「【彩花の誉れリーリオ・カモール】」


 錫杖を薙ぐように振るうと漂っていた淡い虹色の光が花びらの嵐のように吹き流離い、それは前衛部隊を包み込み世界に彩を付けたみたいに溶けて消える。

 それは付与魔法エンチャント。感覚器官以外の全能力を高める技。


 淡い光を纏った戦士たちはそれを合図と受け取り猛進した。


 掛け声はなかった。号令もなかった。ただ彼らは戦場を疾駆する。

 魔族の眼に止まらない速さで駆け抜け一つのタイムロスも許さず閃光が煌めいた。それ同時に噴出。もしくは心臓にある魔石の破壊で灰となる。


 叫喚はなかった。呻吟もなかった。ただ山林を駆けてくる不明の存在でしかなかった。

 カルトスの両手に持った双剣の斬る音の一つもなくバターを切るように魔族の首を横に切断し胴体を縦に割り、声が出ないように顔面を潰す。ポルックスがこちらに気づいて攻撃に転じてくる魔族に盾の裏に隠してある刃型ブーメランを投擲して遠距離で仕留める。頭蓋だけ吹き飛び胴体のみが滞空する姿はコミカルだが、嘲笑っている暇はない。ミミルやミレドミラたちも順調に制圧にあたり、そして十秒と経たず山林を抜け平地へと出た。


「作戦開始!」

「わぁーたよ!」

「ふん、私の方がリシュマローズより優秀なこと、ここで見せつけてあげます」


 ポルックスの号令にミミルの部隊とミレドミラの部隊が左右に別れて湾曲を描き魔族を追い込める。


「兄さん、思ったよりも敵が多いね。どうする?」

「…………このままだ。一匹でも多く殺し上空に釣る」

「了解」


 二人もまた蟻の巣のような黒が騒めく平地の奥へと駆けていく。閃光が絶え間なく赤を浴び黒を潰す。墳血が大地を汚し灰が風に靡かれ命の喘鳴が不細工な楽器のように濁った音が次から次へと生命の途絶えを知らせた。


 カルトスの双剣が縦横無尽、冷酷無比、正確に命を奪い魔族を上空へと誘う。ポルックスのブーメランが立ち尽くす魔族の首を次々と落し、突貫してきた一体を盾で弾き返しては逆手で刃型ブーメランを掴み取りすぐさま投擲。それは弾き返した魔族の心臓を抉っては縦に帯びていき、上空から迫る魔族の腕を抉り散らす。


「私はリシュマローズより強い!」


 私利私欲に塗れたミミル。スキル【主翼の進化アクイラ】によって追撃か連撃、回避の度に速度が上昇しスキル【速翼の進化ヘリファルテ】によって速度上昇の値に比例して身体能力が向上、補整していく。無敵のコンボでミミルは止まることなく狼人族ウェアウルフの嗅覚と視覚、聴覚を持ってして、その戦場は彼女の狩場となる。

 振るわれる二刀の短剣は爪牙そのもの。まさしく迅速の英傑は翼を持って狼のように野獣ベスティアとなる。ミミルの部隊の者たちは「ミミルさんすっげー」「マジぱねー」「かっけー」「結婚してぇー」と呆気に取られながらミミルの脇を抜けて来た魔族を掃討する。


 右方側。

 ミミルの所属するギルド【アウルムアーラ】の団長のミレドミラは【雷霆】の名の通り雷鳴の嵐を引き起こし蹂躙した。

 上空に浮かぶ黒い雲から無数の稲妻が走り、そこは正しく雷の檻。その雷を伝ってミレドミラは檻の中を自由に動き回る。脚に纏わりつく稲妻の蹴りが軽々しく胴体に穴を開け燃焼。彼女もまた英傑であった。


「ミレドミラ団長⁉こっちまで雷きてますぅ」

「おっとわりーな。なんせ敵がうじゃうじゃ嫌がるからわかんなくなっちまうぜ」

「笑いごとじゃないし⁉離れとかないと死ぬんですけどっ⁉」


 ミレドミラの部下の一人サルマがそそくさに遠ざかる。


「やれやれ。最近の餓鬼は根性がなっとらねーな」

「根性とかそんな問題じゃないですからっ⁉」


 サルマの叫びと共に雷鳴が落ち魔族たちを一斉に燃焼させた。雷鳴の音が叫喚のように、魔族は灰焦げとなり次々に有利である上空へと逃げる。


 見上げれば上空は黒雲そのもの。総数は三百か四百かあるいはもっと。まだここは中陸地帯。コロニーのプラントがあるのはこの先の洞窟。まだ作戦は始まったばかりだ。

 そして三十秒の経過に及び合図が上がる。


「【硝子の滴フルアビジュー】」


 異国令嬢アリシブの宝石のような光の珠が空に打ちあがり、それは花びらが散るように雫が無数に別れ風の流離いが雫を攫って行く。光の雫が冒険者たちに治癒ヒールを施した。

 そして上空、宝石の燦爛は魔族の視界を隔て混乱と隔離の状況へと追い込み、そして歌が奏でられる。


「【世界の彩よ、まなこは彩花の顕色となるはなとなり】」


 それは研ぎ澄まされた音色だった。美しく世界を静寂に変える聖歌だ。

 カルトスは離脱しながらもその『彩』の魔法に惹かれ続けた。

 リシュマローズ・シンベラーダは歌を奏でていく。


「【貴方の彩よ、の心を静寂の星華となるほしとなり】」


 それは彼女の【魔法】。

 誰もが美しいと答え、誰もが綺麗だと虚み、誰もが瞳を奪われる彩星の歌。彩を具現化する奇跡の星歌ほしうた


「【私の英雄よ、星に昇る彩の結晶よ、その御身に聖なる華の涙花はなびらをもって届けましょう】」


 完成していく詠唱。告げられていく言の葉。

 今ここに喧騒はなく、今ここに無音はなく、今ここに言葉はない。あるのは祝福のような『歌』のみ。


「【世界の彩よ、私の花に染まれ】」


 色めきだす。世界が彩に溢れだす。

 そこはもう色彩の領域。星華が咲き誇る奇跡の領域。

 この魔に埋もれた世界が色づいた。


「【彩の星華アイリス・アステール】」


 彩が咲き誇る。


 ローズを取り囲むように星華の魂が幾十と浮かび上がり輝きだす。

 それは赤、青、緑、黄色、紫、白、黒。紅、紺、翡翠、金色、鈍色、純白、そして夜彩。

 ローズが描きが顕在した。

 誰も読み取ることのできない領域。

 満たす彩は優雅に雄弁に、そして激情に叫んだ。


「星々の花よ――咲け‼」


 ローズの声に応えるように星華の蕾は開花する。


 焔が舞い、氷河が流れ、雷が走る。影が蠢き、風が騒めき、世界を白く塗り変える。数多の彩からなる想像の創造現象が上空遥か何百の魔族に向けて放たれた。

 その圧倒的な技量、圧倒的な魔力、圧倒的な魂胆。

 魔族たちはただ唖然とその最高の魔法に呑み込まれ、ありとあらゆる顕色によって蹂躙された。


『~~~~~~~~――――っっっっ‼』


 聴こえない絶叫と数多の色が合図。


「撃てぇえええーーーーーっっ!」


 セレミアの号砲にエルフたちが一斉に魔法を投下した。

 灼熱、冷風、岩石、氷礫、稲妻、光線、砲撃。

 真っ青な空は色とりどりの魔法に蹂躙され、真っ黒な雲が爆音に呻吟を混ぜて地上に落ちていく。その身体は最早肉塊。青空には相応しくない赤黒い雨が降り注いだ。


「直ぐに詠唱して。来る第二群に先制攻撃します‼」

「はい‼」


 セレミアの指示に崇高するエルフたちは軍隊よりも軍隊らしく詠唱を始め、魔法に焼けて開けた正面、空を渡って来る第二群を目に入れて号砲。


「撃てぇえええええーーーーー‼」


 再びの砲撃もまた魔族たちを圧殺した。しかし、魔族の軍数は数の法則通り桁が知れない。人間と魔族の相対数2:5。しかし繁殖地帯コロニーでは倍にと膨れ上がる。

 第二群の焼け落ちる前線を除外して魔法圏内に突貫してくる魔族の総数は五百を仮定できる。故にそれ以上だ。


「ただいま戻りました!」


 前衛部隊のポルックスがミレドミラたちと共に戻って来て。


「こちらも戻った」


 ミミルたちも離脱に成功。負傷者がいないことを確認したセレミアは次の作戦の号令をする。


「フェイズツゥーに入ります。前衛部隊は私の率いる部隊と共にここを死守します。【フェーアルヴァーナ】は私、レェムファ、アリシブの部隊にそれぞれ分かれ、レェムファは左翼のギルド【トゥールビヨン】。アリシブは右翼のギルド【グレモレオン】と共に対応しなさい」

「まっかせてくださ~~い!」

「ふふ、わたくしの可憐なる栄光を綴りますわ!」


 そんな自信満々だけどそこはかとなく不安と嫌な予感のにおいがぷんぷんする二人をレェムファにピエリスが、アリシブにキャロが張り付き威圧する。


「変な真似はしないことね」

「そのナイフ怖いんだけど⁉」

「アリシブお嬢様も独断行動はお控え願います」

「わ、わかってるわよ!」


 そんなエルフの問題児たちにため息を吐いて額に手をやるセレミアは口笛を吹いた。すると二匹の掌ほどの緑と黄色の燐光を放つ妖精がくるくると踊るようにセレミアに寄り添った。


「貴方たち、この二人のエルフに付き添ってください」

『うん。わかったよ』

『わかったわかったよ』


 そう小躍りしそうな妖精がレェムファとアリシブに付き添う。

 彼女たちはセレミアが仮契約したこの森の妖精。妖精にとっても魔族は危険分子であり排除するために力を貸してくれている。その代償としてセレミアはコロニーの掃討をやり遂げないといけない。

 とは言え人類の生存のためにも魔族の討伐は必須。コロニーの破壊くらいやってのけない限り世界を取り戻す日は来ない。


 セレミアは妖精王アールヴの子孫として世界の悲願を果たす『義務』がある。

 迫りくる魔族。セレミアは視界の端に奴等を捕え、こつん。錫杖で大地を叩いた。

 音は共鳴し響き合い迫りくる。無数の魔族の奇声と殺意。振るわれる爪牙。

 刹那、樹根が大地を貫き魔族を叩き吹き飛ばした。それは一つだけではない。無数の樹根が大地を貫き蔓延り無数の魔族の絡め叩き貫き絞め殺す。

 セレミアがもう一度大地を鳴らすと、樹根は花びらと散りそれは花嵐の如く魔族たちを包み込んだ。戸惑う魔族たちは上空に抜け出そうとするが再びの音。こつん。

 聳える樹木の枝葉が大きく伸び大空を覆う傘を作り緑の障壁が魔族を花嵐に閉じ込める。

 準備は完了。それは自然の為せる不可思議の神秘。


「【妖精の悪戯フェアリーシェレム】」


 四度目の鳴らし。それは波紋を打ち魔力の微細が花々を巡り木々の傘を新緑に輝かせ、まるで春の陽の森の中のように幻想に舞った。

 ふふふふっ、という少女の笑い声と共に花嵐は消えていき、樹木の傘も元に戻っていく。ただ光っただけの光景。幻想の類のような絶景をみただけ。それは違った。封じ込めていた何十もしくは百に近い魔族は忽然と姿を消していた。


「……え?」


 そう呟いたのが誰だったかは知らない。けれどその事象は摩訶不思議と言わざる得ない。

 神秘を目の辺りにした彼女たちは唖然として、それをセレミアがなんでもなかったように「さあフェイズツゥー開始します」と告げ、はっと誰もが己がこの戦場にいる使命を思い出し己の戦場へ駆けていく。

 そんな者どもを見送るセレミアにローズは近づいた。


「セレミア様の魔法はいつ見ても神秘そのものです」

「ふふ、それを言うのなら貴女の魔法こそ神秘よローズ。私の魔法は『妖精』や『精霊』を頼る物が多いもの。貴女の『彩』は理そのもの。私たちハイエルフでも扱える者はいないわ。誇りを持ちなさい」

「ありがとうございます!」

「ええ、それでは行きますよ」


 そして前方、駆り出されたすべての魔族を見上げ、各戦場にて掃討作戦の本番が始まった。

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