第7話 告白現場?

 街路はいつも通りの喧噪だ。

 人口十万人に及ぶここ北辺境の王国。名はアーテル王国。八代国の一つであり、正義の女神アストレアと契りを交わす北陸の砦。

 周辺北西を森林、北東の草原の奥には海が広がり、渓谷と複数の丘を背にした大地に聳え仁王立ちする国だ。

 魔物を生産するダンジョンを攻略及び魔族や野内の魔物を討伐、資源の調達や領土の開拓、医療機関から王国勅命に従い遠征をこなす冒険者が挙って集まる精鋭の軍国でもある。


 そんなアーテル王国は今日も今日として乾いた青空すら笑っているかのように賑やかだ。

 冒険者たちが通りを行きかい、民衆の店主店員が挙って商売冗句を溌剌と煽る。

 もう直ぐ『神の奇跡』と呼ばれる光と熱の象徴の太陽が空の頂点へ差し掛かる時刻、目を覚ました人間たちは烏合の衆が如く鳴き始める。

 そんな乾くことなど有り得ないような活発な街路にて、その娘の相貌は沈痛を宿していた。実際、見た者からすればそれは微々たるもの。眉が寄っていないかどうかな違い。

 けれど、その娘、セルラーナ・アストレアは確かに沈んでいた。


「変わらない、のに……それなのに……」


 重なり合う、想起するのは一年半前の悲劇の前の日々。重なるは喧噪の味と正義の味。何より瞳が視る、その色違い。


「…………もしも、みんなが生きていれば……違ったのかしら」


 益体のない理想、夢想、迷霧の残滓。セルラーナは馬鹿みたい、と己の甘さを吐き捨て張り付けたような『期待』の視線を浴びながら歩いて行く。


 『正義様!』『アストレア・ディアだぁ‼』『いつもいつも我々のためにありがとうございます!』


 そんな激励感激が正義が悪を滅し、世界を正す度に民衆は満面の笑みで迎え入れた。彼女たちを受け入れ受け止め期待した。裏切ることなんて有り得ないはずだった。

 だって、彼ら彼女たちは【アストレア・ディア】が『希望』であると信じていたからだ。

 なのに…………


「あっ正義の人だ!」


 不意にかかった声に振り返る。そこには齢十歳ほどの少年がセルラーナを指差して少し目を大きく開いていた。それは驚愕よりも珍しいものをみたかのような感嘆が宿っており。次第に憧れを覗かせ瞳の奥に光輝を灯す。

 セルラーナが少年の小さな期待に応えようと手を持ち上げ――


「これはこれはセルラーナ・アストレア様。おはようございます」

「――おはよう」


 まるでセルラーナの発言、行動一つを許さぬように。


「リク。ひと様に指を指さない!そして一人で勝手に動かないで!」

「べ、別にいいだろぉ……!そ、それに正義に逢えんの貴重だし!でさぁ!せいぎの――」


 少年リクの好奇心がセルラーナに何かを問いかけようとした瞬間、彼の腕は痛いほどに掴まれ彼の顔が歪む。


「いってぇ!」

「【正義】様は多忙なのよ!その魔族どもを戦ってくれているのッ‼わかる?邪魔しちゃいけないのよ!彼女たちは私たちを使があるのだからッ‼」


 まるであの日のことを非難しているかのように、いや、その凍える眼光は一言一句間違わずにセルラーナに突き付けているのだ。


 ――赦してなどいない。


 息を呑み、痛がる少年リクに何も言うことのできないセルラーナ。周囲を見渡せばまるで母親に同調するように憎しみ怒り、それらを交えた凍える瞳を偽善の皮を被った笑みでセルラーナ・アストレアを見つめていた。


「――っ」

「さあ行くわよ。正義様もどうかお気をつけてください」


 セルラーナの返事など待たずして、少年リクを無理矢理引っ張って街路の奥へ消えていった。

 少年リクの「ま、また逢おうぜ!」という再開の約束に、セルラーナは手を小さく振ることしか許されないようで、その口は何一つ告げられなかった。

 まるで魔女裁判のよう。暗黙の了解を確認し終えたような殺伐とした空間は、一瞬にして霧散し、立ち尽くす誰もがセルラーナ・アストレアのことをそこにいると認識することなく時間は流れ始める。


「…………痛いわね。ねぇ、セシーナ……どうすれば、よかったの?」


 たった一度の失敗。それだけで正義は簡単に見放された。

 もう一年半に及ぶ正義迫害。今だセルラーナたちは答えを見つけ出せていない。

 その口は無様に虚無にこの世界にはいない友へと投げかける。

 それは縋りで慰めを求めて、どこまでも懺悔の問いかけだった。

 それが間違いであるとわかりながら、それでも停滞した閑静の檻の中、セルラーナは呟いてしまう。

 贖罪を求めてしまう。


 王国の街路の中心でふと立ち止まり、戸惑うさざ波のような心とは真逆の鬱憤すら吹き飛ばす晴天を見上げ。


「アストレア様……私たちはどうすればいいのですか――」


 もう、この国にはいない彼女たちの女神に、セルラーナの声音は寂しさに忸怩たる後悔を乗せて吐き出した。

 友も女神も仲間も『正義の答え』をくれやしない。


 思い描くかの女神の微笑みと誇りと勇気に、その正義に今では眩いばかり。

 それはもう記憶にしか存在しなく、吐いた息の白さに抱いていたはずの『正義』すらどこかへ、仲間たちの灰のように飛ばされて逝きそうだ。


「貴女がいなくても、私は【正義】である限り……アストレア様との繋がりがある限り私たちは【アストレア・ディア】です。貴女との誓いを忘れたりなんて、しません。……今はそれしか、できないわ。ごめんなさいセシーナ」


 かの女神はいない。けれど、残る女神の恩恵に『正義』は在り続ける。

 かの親友はいない。けれど、託された未来に『正義』を抱き続ける。


「私たちは【正義】。……悪を滅し、平和をもたらし、英雄たちを先導する一筋の光。その使命は果たさなくてはいけない。迷いは……停滞は光りを濁らせる。やるべきことは決まっているのよ」


 それは自分に言い聞かせる言葉。迷うな悩むな進め駆けろ走れ救え。

 セルラーナ・アストレアは【正義】である限り悪を滅し救いをもたらせなければいけない。これは天啓にして使命。だからこんな道端で立ち止まることは本来許されない。

 けれど、彼女の瞳にはどこまで晴れやかに澄んだ青空は綺麗で、この空を共に眺め走り出す者はもういないのだと、いつも隣にいた彼女に瞳が揺れそうになる。


 ――ねぇ、セルナはどうするの?


 そんな幻聴に横を振り返っても誰もいない。周囲の人は怪訝に見てくるばかり。


「走るしかないのよ」


 幻聴への答えであり、またも自分へ言い聞かせ歩き出す。

 そうだ、走りだすしかないのだ。

 翼は今だ折れたままで、光は希望とならず、剣は己を映し出す。


 ――私はどうすればいいの?


 それでもなお、駆けた足が平和の軌跡を綴ることはない。






 中央街から抜け東街の少々物寂しい住宅地に進む。

 昼間は中央街から西部と北部に並ぶ商店街に仕事に出ているのか閑散としており、聞こえてくるのは子供たちの笑い声。その無邪気な声と反射的に反対の路から回り、それでも胸を張りながら歩く。

 ふと、隘路を抜けた小道よりは広い褪せた路にて、セルラーナの肩を何かがとんとんと叩いた。


「また難しい顔してるわよ」

「――むっ」


 セルラーナが振り返ると人差し指がセルラーナの柔らかな頬を突いた。そんな悪戯を仕掛ける人物を睨みつけるが、当の本人は「見事にやられたわね。いいことよセルナ」となぜか満足気にセルラーナを愛称のセルナ呼びをするにやついた笑みの人族ヒューマンの女性、シルヴィア・メディスが再度三度セルナの頬を突く。


「これが十代の肌ね。けしからんわ!」

「その前にやめてくれるかしら?」

「ごめんごめん。嫉妬よ嫉妬。はぁー私もあんたほどの若い肌ならフラれなかったのかしら……」


 などと勝手に悲壮めいたこと言ってのける女性は、セルラーナと同じ【正義の使者アストレア・ディア】所属にしてあの惨劇の生き残りの一人だ。


 向日葵のような艶やか金髪を右側の一束を三つ編みにし、藍色に少し鉄を加えた凛とした夏を思わす綺麗な相貌は一目見れば息を漏らしてしまうほど。十七歳のセルラーナより三つ上の少女とは呼べぬ女性らしい肢体は服の上からでも覗く脚や腕、張のある胸を見ては息を呑んでしまうほど。女性特有の色香を漂わすシルヴィアに寄って来る男は多い。しかし……


「違うわ!彼が悪いのよォ‼私は何一つとして悪くないわ!そもそも一度デートをすっぽかしてエッチする前に眠ったことの何が悪いのよ。はぁー最悪ね。気分悪いは。あんたのその胸で癒して――」

「斬るわよ」

「あげたいと思う男性はいるのかしら?」

「…………」

「怖いから無言で剣を向けないでくれる?はぁー人類がみんな私に優しくなればいいのに」


 こういう性格が故に一線を越える前に破綻する。自己中、利己的、面倒くさがり。

 昔から顔見知りで仲が良いセルナはうざいシルヴィアの対処法も取得しているが、そもそもシルヴィアのような上級冒険者に剣を向けることが可能な存在がどれだけいようかという話しになり、男は大抵シルヴィアに逆らえない。

 正しく美貌を被った悪魔の子。

 セルナは嘆息一つ、剣を腰に戻して歩き出す。

 セルナの隣を無言でついてくるシルヴィアにセルナが口を開く。


「魔族の情報提供だったわ。いつでも動けるようにしておいてとのことよ」

「ふーん、昔はあんなに持ち上げていたのに今じゃ完全に奴隷ね。馬もくれないし、まるで罪へ贖罪させるみたいに戦場に駆り出される日々。はー……王も所詮人ね」


 ぞんがいな言い方だがセルラーナも訂正する気にはなれない。


「……次いでに直ぐ近くの森の調査も依頼されたわ。今回は私一人よ」

「セルナ一人?……どこの森よ?」


 シルヴィアの訝しむ視線に目を逸らしそうになるのをぐっと堪えたセルナは、なんでもないように答える。


よ。今回はただの見回り。一昨日から魔族の討伐の連続だから今日は休んでおいて」


 それを聴いたシルヴィアは「ジュナの森……」と呟きセルナの瞳の色のずっと奥を視るように見つめ、顔を顰めた。

 セルナはどんなに遠回しや隠し事、言い訳ををしてもシルヴィアには見抜かれる。セルナが【アストレア・ディア】に正式に所属した十歳からの付き合いだ。今じゃもう七年になる。

 賢しく強い彼女。戦場では治癒士ヒーラー魔戦士ウィザードでありながら指揮系統までやり熟すシルヴィアに、セルナの思考が読まれないわけがなかった。わかっていてもセルナが正直に話すことを拒むのは気後れなのだろう。

 傷というものは自分で思っているよりもずっと蝕み血を絶え間なく流し、塞いだとしてもいつ開くかわからない。そんな胸に住む着く魔物のようなもの。その魔物がどんなきっかけで眠りから覚めるのか誰もわからない。

 シルヴィアはセルナの想いを汲んだのか「仕方ないわね」と言ってセルナの額を軽く人差し指で弾いた。


「いたっ!」

「他の子たちは私が見ててあげる。だから気を付けなさい」

「……ええ……調査だけだから夜までには帰って来る予定よ」

「はぁー本当に、隷属されている気分よ。王、というよりは政府の奴等は人の心はないのかしら……あっ違うわね。敗北をいいことに従わせようとしてるのだから人の心より悪魔の心ね。悪魔の心なら実質悪魔に違いないから殺してもいいのかしら?」

「現実に戻りなさい!貴女のそれ完全に反逆罪よ!」

「はぁー冗談よ。ええ冗談。上のお陰でやっと付き合うところまでこぎつけた彼にフラれたのもまったく気にしてないわ」

「完全な逆恨みね⁉その目、やめなさい!人殺しの眼よ!」


 完全に彼氏にフラれたこと(半分シルヴィアの性格に難あり)を根に持っているシルヴィアが本気のマジのマジのマジで叛逆しそうで、セルナの頬に緊張の汗が流れる。だが、シルヴィアは今度は吐き捨てるように「冗談よ」と、乾いた目をした。


「ほんと、セルナがいなかったらどうなってたか……凝り固まっていない正義ほど半端なものはないわね。うっかり心中しんじゅうしたくなるわ」

「……怖いからその辺にしておいてくれる。……、仕方ないわよ。どんなに悲劇を知り悲惨に遭い心が壊れて零れても、それでも私たちはアストレア様の眷属。『正義の眷属』なのよ。正義この感情をそう簡単には捨てられないわ。ましてや逃げることもそうね」

「……はあー……本当に醜い。でも、それが私たちの『使命』で『大義』だと言うのでしょ。人々を救い世界を悪から守ることを、いえ悪を滅ぼすことを」


 世界は悪に侵略されている。魔物が大地を蔓延り、魔族が世を掌握するため殺戮に嗤う。奴らは違うことなく『絶対悪』。

 故に人々は欲している。悪を裁く明確な『裁定者』を。悪を滅ぼす『希望の力』を。それが『正義』であり、彼女たち【アストレア・ディア】だった。


 彼女たちの『正義』があるから世界は適格に周っている。正義を一つ失えば、それは最早正しいのか間違えなのかわからなくなる。それはセルナたちも同じで、その抱き続けてきた正義を失ってしまうことは戦場に立つ意味を失くすことに等しい。そして、正義を失くした者の末路は先刻見た破滅に等しい。


 神々は天に還り、英雄は今だ現れず世界は破滅に向かっている。


 正義は翼だ。正義は剣だ。先導する道標だ。英雄を連れる小さな小さな船だ。

 セルナたちにはその役目がある。使命が残っている。世界の闇を払う一筋の光とならんことを。


「英雄はいない。神もいない。奇跡もなく時代は巡る。私たちは【正義の眷属】。英雄たちの道を築く一筋の光」


 セルナはもう一度大いなる空を見上げ、その遥か彼方な先にいるであろう神々にその青き瞳で正義を掲げる。


「私たちが途絶えることは許されない。いつかなる日、私たちは英雄たちの光となるのよ」

「私には正直わからないけど、神の血統アマデウスが言うと真実味が違うわね。……英雄なんて現れるのかしら?」

「だからこそ私たちは今だ【正義の使者アストレア・ディア】で在り続けているのよ。英雄たちへの灯火となるために」


 セルナは神の血を引く正義の女神アストレアの正しき子孫だ。神の血を引く子神の血統者アマデウスのセルナには正義を重んじる性質が強い。いやそれ以上のそう教育を受けて来たからだ。

 けれど、【アストレア・ディア】に入隊したシルヴィアは違う。価値観こそセルナに准じ近いものであるが性質は違う。

 救いたい守りたい、そんな気持ちはあれセルナのように酔狂にはなれない。

 だから、シルヴィアは息を吐くことで肯定をする。


 やがて見えて来た屋敷風の大きな正義の家ホームの前、誰かがいるのが見えた。その後ろ姿には見覚えがあり、セルナは迷わず声をかけた。


「何か用かしらローズ」


 ローズと呼ばれた彼女は、声の主がセルナだとわかると笑顔を見せる。


「お久しぶりですセルナさん。シルヴィアさん」

「久しぶり……じゃない気もするけど?」


 礼儀正しく頭を下げた少女ローズことリシュマローズ・シンベラーダは「そうでしたね」と微笑んだ。

 後ろに束ねられた陽光の絹のような長い髪に翡翠の大きく澄んだ瞳。肌を見せないように長袖とタイツで隠した動きやすさを重視した軽装に魔法士メイジらしいローブ。金の髪を美しい動作で耳にかけ、覗かせた尖った耳は魔法に長けた森の種族、エルフの証。

 微笑みを絶やさないリシュマローズことローズは彼女自身が一凛の花のようだった。

 アーテル王国三大ギルドの一つ【妖緑の精華フェーアルヴァーナ】の団員にして世界最高峰と謳われる魔法士メイジの一人だ。


 曰く、妖精に愛された花。曰く、色彩の姫。曰く、変わらぬ花々の妖精。

 その名は【色彩】を賜る。


「聞きましたよ。また一つ魔族の拠点を壊滅させたと」

「その拠点もただの一つよ。繁殖地コロニーでもなければ悪魔が絡んでいる成果もなかったわ」

「けれど、セルナさんたちがいるからわたしたちは遠くまで足を運ぶことができてます。その戦果に相応の価値があるはずです」


 毅然と言い放つローズにセルナは一度黙り「そうね」と答えた。そんなセルナとローズの会話にシルヴィアは入り込む。


「それで、ローズたちは何しに来たの?セルナに結婚の申し出?それとも逢引きのお誘い?お姉ちゃん許しませんから!」

「貴女は何を言ってるのよっ?」

「え⁉わ、わたしは!そ、その……えっと……」

「あれ?もしかして満更でもない感じ?」

「ち、違いますぅ!べっ別にそう言う意味ではなくてっ!へ、変なこと言わないでください!」

「結婚しないの?今ならお姉ちゃん許すよ」


 さっきと言っていることが一瞬で矛盾した。馬鹿なことを言ってローズをからかい遊ぶシルヴィアに溜息を吐くセルナの前方、ローズよりもなお激しく動揺しているエルフの少女が。


「お姉さまぁああああ!わたしを置いてけ、けけけけ結婚⁉結婚するなんて、嫌ですぅ~!」

「しませんから⁉」

「セルナは私のものなので顔を赤らめても譲らないわよ!けど、どうしてもと言うなら――」

「赤らめてないですから⁉あと、話し聞いてますぅ⁉」

「お姉さまぁぁぁ⁉わ、わたしというものがありながら⁉」

「レェムファも少し黙って――」


 レェムファと呼ばれてエルフの少女がローズに涙目で抱き着いて駄々を捏ね始める。もはや混沌とした状況にセルナは一人呆然と可哀そうなものを見るような目で見つめていた。

 そしてセルナよりなお残念なものを見るような目をしていたエルフの少女が、次に起こる行動を予想して動きだす。

 そして、ローズがたまらなく「えい」と呟くと突風が吹き上がりレェムファを空高く吹き飛ばした。そのまま「あわわわわっ」と落ちていくレェムファの落下地点に先回りしていたエルフが受け止めようとして、「やめた」と抜かし、レェムファは木々に頭から突っ込んだ。


「ぐふぁらっしゃぁああああああきゃぁあああ⁉」


 キモイ奇声が響き渡る。

 それを唖然と見ていたセルナとシルヴィアに助けるのを途中でやめたエルフが。


「気になさられないでください。この愚図は息の根を止めていきますから。どうぞ、お話しの続きを」


 と促した。そしてレェムファをやっぱり助けに行かない。

 ……うん、普通に怖い。


「……」

「……」

「ごほん。そうです。お話しがあって来たのです」


 切り替えるようにローズが背筋を伸ばす。それはとても重要な話しのようでローズは二人を真摯に見据える。そうそれはまるで――


「まさか⁉ここに来た本当の目的って――告白ですか⁉」


 いつの間にかローズの腕に絡みついていたレェムファに一同目を閉じて呆れた息を吐いた。


 明るい黄緑色のハーフアップの髪、愛らしい小顔に明黄色カンナの瞳。ローズをお姉さまと敬い溺愛し勘違いするのは【森閑】レェムファ・ミロンフェス。二つ名がこれほど体を表していないのはどうだろうか。

 小柄は少女は今にでもローズに抱き着きそうな勢いでローズに迫り「娘はやらん」とか言いだしそうな場違いの雰囲気を醸し出す。それをレェムファを助けなかったもう一人のエルフ、金盞花キンセンカの肩上までの髪と切れ目がちな蛍水緑パライバトルマリンの瞳をした【愛情】ピエリス・アンドロメダが猫を持ち上げるようにレェムファの首筋を掴んで引き留める。


「なっ何するの~⁉わたしはっお姉さまに――っ!」

「人前よ。少しは自重しなさい。シスコンエルフ。勘違いも甚だしいわ」

「いいじゃ~ん‼知ってる二人だからいいでしょ⁉本当に愛の告白ならわたしが止めないと~!」

「同胞として見ていられないからやめなさい。恥よ恥。それにあんたが口だしする権利はないわ。妖魔の存在で戯言はそれくらいにすることね」

「そっそんなことないよ~!みんなお姉さまを抱きしめたいに決まってる‼だからっローズお姉さまを好きになるの仕方ないんだよ!」

「……はぁー、あんたがあたしの同期じゃなかったら喉を裂いて死なない程度に治療して土に埋めていたところよ。エルフの面汚しにピッタリね。ふふっ」

「自分で言って自分で笑ってるぅ⁉ピエちゃんならやりそうで怖い⁉」

「その呼び名はやめて。はぁー……ローズ様すいません。この子を縄で縛って生き埋めにしておきます」

「え?ちょっと待ってよ~ピエちゃ――ピエリス~~!ローズお姉さまぁ~~‼」


 レェムファの悲鳴と共にピエリスは有無を言わせない力で引きずって言った。

 ローズの「殺さないでよね」という声は多分聞こえていない。


「いつも通りね」

「すみません……」


 シルヴィアの呆れにローズの肩身は狭くなる。

 冒険者としては優秀なレェムファだが性格に難点があり、それはローズが大好きすぎること。それはもう異常愛とか愛執とかもはや脳の九割がローズで出来上がってるくらいにはローズのことが大好きなのだ。その醜態をアーテル王国に知らない者はいなく、レェムファの保護者であり監視者であるのがレェムファの同期のピエリス。もう見ているだけでピエリスが可哀そうに思えてくるほど、レェムファの奇行は知るところ。

 ごほん。ローズが二度目の咳払いをし何事もなかったかのように話しを進める。


「それでこちらに訪ねた件ですが、少しお願いがありまして」

「お願い?」


 聞き返すセルナにローズは毅然に「はい」と頷いた。


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