第6話 変わったもの
「見つけた」
「……本当だろうな?」
「間違いない。奴の狙いは決まっている。みすみす逃げるはずがない」
「だな。……三年か」
「…………そう、だな。やっとだ。やっと殺すことができる」
「…………ああ、そうだな。やっとだ」
「――復讐を」
「――再開を」
――誓願の結末を
オリュンポス大陸北部を占める
かつてから軍国主義、富国強兵、勇猛無比を掲げ魔物や魔族から大地を奪還してはダンジョンを次々と攻略してきたかの国は『ギルド国家』と呼ばれるほどの勢力国家だ。精鋭の冒険者たちが噂を聞きつけては集い、創始されたギルドは国を越え遥かな南までその伝説は流れている。
領土の大半が集落や村で構成されたアーテル王国領土は大都市一つにそのまま王国の名をつけた。築かれたアーテル王国は山脈と渓谷に並ぶ平原を切り開いたところに聳え、魔物が多いこの地域では都市を幾つも建てることができなかった。それゆえに一つの大きな大都市を作り上げ、それをそのまま王国の名として轟かせた。もちろん、周囲一帯はアーテル王国の領土で今もなお集落や村は生きてはいる。けれど、ほとんどの人間がアーテル王国の住み着いた現在、ギルド国家と名を馳せる王国は一つの問題に頭を悩ませ、それを一人の少女に話しをしていた。
「古代集落ですか……」
復唱した少女の声は憂い悲壮と嫌悪に苦虫の味を伝播させた。それを重々承知しているのか本当に申し訳なさそうにギルド管理部の役員の一人、エルフのヴァーネ・シンベラーダは頭を下げた。
「身勝手なお願いとは重々承知しております。けれど、どうしてもセルラーナ様にこの件の調査をしてほしいと打診がありまして」
セルラーナと呼ばれた少女は青銀の長い髪の一房を撫で視線を僅かに逸らす。
「私のギルドは今は弱小よ。聞く限り重要なクエストのようだから優秀なギルドにお願いしたほうがいいわよ」
「それなのですが……他にも魔族の出現情報が幾つも入っておりまして、どのギルドも対応に出る予定がありまして……」
とても言いずらそうに告げるヴァーネにセルラーナはその青金の瞳で見つめ、はぁーとため息を吐いた。
「打算ねー……わかったわ。その依頼受けるわ」
「ほんとうですか⁉」
驚きと喜びに顔を綻ばせるヴァーネにセルラーナは人差し指をヴァーネの唇に向けた。
「ただし一つだけ条件があるわ」
「条件ですか……なんなりと御申しください。できる限りのことは対応いたしますので」
その言葉の裏にはセルラーナへの尊敬の念や敬いといった相手の立場を崩さない姿勢があり、セルラーナは思わずため息を吐く。
どれだけ時間が経とうと昔の栄光や過失、記録は簡単には消えない。
あの惨劇から早一年半。
正義失墜の印から民衆は正義の者どもに失望し軽蔑し侮蔑を吐いた。四十七人の内、生還できたのはたったの六人。悪魔の罠に嵌まった正義の使者はあえなく撃沈した。
民を守る、国を守る者たちの破滅に人間たちは失望と諦観を抱き、一瞬にして使えないと見放したが理由はそれだけではない。
あの日、監獄に閉じ込められていたセルナたちは生き伸びることでいっぱいいっぱいだった。故に外へと広がっていく魔族に対応ができず、集落から溢れ出した大量の魔族が王国近辺の村を幾つも襲い破滅させた。
偶然に居合わせたアーテル王国最強のギルド【
つまり、【アストレア・ディア】の失態によって十何個の村は壊滅し、三百人近くの死者を出したのだ。
「正義は悪から俺らを守るんじゃねーのかァ⁉」
逃げ延びた男が怒声を散らした。
「どうしてっ⁉どうしてっ私の家族を救ってくれなかったの!」
愛しい子供と夫を殺された母親は怒声を散らかした。
「正義なら私たちを守りなさいよっ!」
「所詮、神様の恩恵に縋ってるだけの屑だァ!だから六人しか生き残れなかったんだよォォ‼」
目の前の悲惨に悪を定め罰し、鬱憤を晴らすように形違いの罵声が投げられた。
「返してっ!僕のっ母さんを返せェ――っ!」
唯一の家族を失った子供の憎しみが、何よりも痛かった。
「女餓鬼どもの今までの功績もぜんぶ嘘に違いねぇ!」
「最低!よくもわたしたちを騙したわね!」
「お前たちなんて正義でもなんでもねぇー!」
「おまえたちが守ってくれなかったから――」
「あなたたちがっ弱かったから――」
「貴様らのせいで――」
すべては
「死んだんだよォォォ――っ‼」
「この偽善者が――お前たちが死ねばよかったのにッ」
正義の評価は一瞬にして堕落した。
【アストレア・ディア】を信じ願い期待していた者たちは、一度の失敗で掌を返し、恐怖と不満、不安など行き当たりのない感情を彼女たちにぶつけた。
――すべておまえたちのせいだと。
正義の威光は途絶え。理由も無くし、灯火すら闇に呑まれ、人々のために走って来た正義に意味はなかったのだと、現実が正義を地に落とした。
それでも、彼女たちにはもはや『それ』しかなかった。
女神アストレアは惨劇の数日前から姿を見せず、見捨てられたのではと思うことはあった。だけど、左胸に灯る恩恵だけは、女神との証だけは蔑まれる闇の中で唯一の依り代だった。
彼女たちは悔やむように嘆くように正義を執行するしかできなかった。
あの日、正義は失墜した。人々はむやみやたらに正義を非難し罵倒し失望した。それでも、献身する彼女たちの姿に今ではこう言うのだ。
――さすが正義だ。
――我々人類の光だ。
――彼女たちこそが希望だ。
まるで何事もなかったかのように民衆はセルラーナたちを【正義】と縛り『軍兵』として『希望』として持ち上げた。
そう、一度殺された【正義】は必要となれば無様に骨に肉をくっつけ血管を
眼の前で正義に対する念を抱いているそれすらも虚構だと、セルラーナはかつての誇らしい気持ちは何一つとして湧かない。
「……大層なものじゃないわ。今回のクエスト、私一人で行ってもいいかしら?」
「お一人でですか?」
「ええ、個人として受け持つわ」
その条件の意味……言うまでもない。
クエストに向かう先、そこは正義が悪魔に敗れた敗戦の地にして仲間の死地。そこに、今残っている仲間をセルラーナは連れていくような悪鬼ではない。
どれだけ前を向きひたむきに走りだしたとしても、傷というものはそう簡単に癒えるものではない。特に心の傷は一生のものだ。
セルラーナは冷酷者ではない。同じ痛みを持つ失意者だ。
ヴァーネはそれ以上言葉にせず「わかりました」と承諾した。
ヴァーネからクエストの概要を簡単に聞いて最後に「お気をつけて」という言葉を背に、セルラーナはギルドを後にした。
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