第3話 凱旋

 荒野イールから三日かけて戻った正義の使者を待ち迎えたのは凱旋だ。割れんばかりの喝采と歓喜の声。


「【アストレア・ディア】が帰ってきたぞ!」

「正義様!こっち向いて!」

「今回も我ら人類の大地を魔族どもから取り戻してくれたのだ!」

「さすが正義様!」

「ありがとう!かっこいい!」


 彼らを褒め称える言葉の限り。民衆の誰もが彼女たちを受け入れる。受け入れ褒め称え敬う。

 彼らこそが大陸の守護者だと。彼らこそが正しく悪しきを打ち破る光だと。


「おうおう。僕の帰りがそんなに待ち遠しかったか?」

「ほうほう。僕たちの勇士をそんなに眺めたかったか?」

「「いやぁ~人気者は辛いネ!」」


 有頂天に昇るのは小人族ピグミーのネロとイロだ。血の繋がっていない兄弟は互いに肩を組んでちやほやされるのにご満足。


「………………」

「ハルバ。ちょっとくらい民衆に応えてあげなよ」

「……俺には過ぎたことだ」

「もー!ま、そこが好きなんだけど……あっ!べ、別に深い意味はないこともないわけじゃなかもしれないけど!」

「…………」


 一切民衆にサービスしようとしない謙遜する鉄鋼色の固い髪の狼族ウェアウルフのハルバの隣を歩く桜色の髪とルビーの瞳ヒューマン、アルメリアは嘆息しては、彼への愛が漏れ出て「くそリア充が」と、ハルバが男たちの視線に刺される。ハルバにはチクチクと痛いゆえに下手なことを言いたくないのが本音である。


「「キャぁーー‼ハルバ様‼」」


 アルメリアの愛など関係なしに黄色い声を上げる女性たちに「むっ!」とするアルメリアにハルバは内心嘆息する。が、同時に男共の剣よりもなお尖った視線に背中は大量の冷汗でいっぱいだ。

 ハルバはクールキャラとして女性たちにさぞ有名でそれがアルメリアは気に入らない。そしてハルバ自身は刺されないか殺されないかと不安でたまらない。……うん。


「でも、ここは私の特権だもん」


 そんな声を唯一聞いていたのは治癒士ヒーラー魔戦士ウィザードであるシルヴィアであり、彼女は笑顔を引き攣らせながら観衆に手を振る。


(はぁーなに?恋人のいない私に自慢?なにみせくれちゃってんのよ!あーあ、もー!最悪最低!なんで私がイチャイチャを見せつけられないといけないのよ!そもそもセルナが二人を甘やかすからこう公然面でイチャコラ――あぁあああああああ!!彼氏欲しいよぉぉぉぉお‼︎)


 と、いう心の声は一切に表に出さず、その顔には笑顔は張り付けられていた。


 エテオクレスははしゃがないようにグレンを常に背後から見張り、怯えるグレンは縮こまっている。憐れ。

 ミラリーに関しては他のみんなと談笑しながら民衆に大きく手を振ってあることないこと冒険譚を語っている。エルフのアミランに頭部をこてんと叩かれ、民衆のみんなが笑い大きな花が咲き誇る。


 ここ北部に聳える人類の砦アーテル王国は彼ら『正義の使者アストレア・ディア』によって救われていた。

 先頭をセルナ、その隣にセシーナが並び人類が今確実に歩み出している事実をこのような形で皆に伝える。凱旋を見た商人や吟遊詩人が他国へとその脚を走らせ、正義の狼煙は世界に広まっていく。彼らが成し遂げたこと。やり遂げた成果が伝染する。

 勇敢は心を奮い立たせ、勇猛はその心に勇気を与え、結果が心に確かな炎を灯す。皆が皆待ち望んでいる。


 英雄の凱歌を――


 だから今、正義の使者たちは歩き始める。眠る英雄を呼び起こすために。


「私たちは灯船とうせん。いずれ立ち上がり剣を掲げ世界に狼煙をあげる英雄たちの導く先導の光」


 セルナは『正義』に課せられた意味を群衆の笑顔を見渡しながら隣の親友に確かめる。


「『正義』は悪を滅し、平和を築き、人の世に光を与える存在。この悪が蔓延り人類が疲弊する世界で希望となり道標となる存在」

「それがわたしたちの目指す『光』なんだよね」


 セシーナがセルナの言葉を続き、頷く。


「私たちの栄光の先に、英雄が立ち上がることを」

「それって、案外にセルナかもよ」


 なんてセシーナは言うがセルナは自分が何者か理解している。故に自分は英雄にはなれないと知っていた。


「私はアストレア様の血を引く『アマデウス』よ。決して私が皆を光の下に導く英雄とはなれないわ。英雄は正義ではなく、『理想の実現』。『希望』の先に彼らはその背を見せるのよ」


 そうだ。どれだけ願ったとしても、その脚で地を駆けその剣で悪しきを払おうとも、セルナが英雄になることはない。セルナが全ての人を光の下に連れて行けることはない。

 英雄とは正義、悪、問わず人類の奇跡であり、世界の革新者であるのだから。

 彼女にできるのは希望の証明のみだ。

 卑下するセルナにセシーナはううんと首を振って。


「わたしにとっては英雄だよ」


 過信しすぎと笑うには、セシーナの笑顔が眩しく、忘れたくないと心から思った。





「ザッツル王。【正義】セルラーナ・アストレアが参りました」

「通せ」


 王の左腕と呼ばれる騎士が豪奢な扉を開け、謁見の間へと通す。セルラーナは騎士に促されるままに中に踏み込み、王座に座るアーテル王国の現王ザッツル・テン・アーテルに会釈した。


「セルラーナ・アストレア。ただいま戻って参りました」

「うむ。此度の遠征ご苦労であった。そして、我アーテルの領地の奪還、真に大義である」

「恐縮です」


 軽く頭を下げるセルラーナにうむと頷いたザッツルはセルラーナの瞳を見返す。


「……報告内容は書式でもさせてもらった通り、魔族の集合体が何もない辺鄙な地で留まっており、その数ざっと六百ほどでございます。ただの気紛れか、それとも誰かにより指図なのか、今の状況では何も言えません」

「うむ。魔族が集っている以上、襲撃の備えは必要であるか……」

「はい。数年前から徐々にですが魔族の活動が活発化してきている傾向があり、依然として鳴りを潜める傾向はございません。意味のない行動や不可解な出現を考慮する上で悪魔のことを頭にお入れなさるなら油断は一瞬の命取りになるかと」

「うむ。……アマリリス。【妖緑の精華フェーアル・ヴァーナ】のセレミア隊長と【金翼創始アウルムアーラー】のミレドミラ隊長に報告しておけ。それから【竜印の覇者】にも後で集うよう収集をかけておけ」

「はいはい。わかりました」


 王に対して物凄くめんどくさいと言った声音と態度だが、ザッツルは怒ること一つせずため息を吐くばかり。アマリリスと呼ばれた存外な騎士のアレな態度に諦観の念がありありと垣間見える。ささーっと王室を出ていくアマリリスはセルラーナにまたねーと手を振って仕事に向かう。

 彼女の態度は今更なので別段咎めることはしない。


「さて本題に入ろう、セルラーナ・アストレア。先ほどの報告及び魔族の不可解な行動記録から見て貴様の見解を聞かせよ」


 セルラーナは口元を引き締め真剣な表情でザッツルに一度頷き、巡らせた考えを口にする。


「何かの策略を感じるわ」


 最早その口調に敬いの意はなく、対等な話し合いにおける威厳が猛り『正義』の意味を知らしめる。


「策略とは?具体的な根拠、あるいわ動きが見えたか?」

「いえ、あくまで私の一個人の思慮よ。根拠、と呼ばれるどうかわからないが考えに到った経緯はあるわ」


 腕を組んで意思正しく妄言としない確申にザッツルは「うむ」と頷いて先を促す。


「まず一つ。貴方も把握しているように魔族の行動が数年前より活発化してきているわ。時代背景から見ればおかしなことはないかもしれないけれど、何かの兆候と見ていいと思うわ。その証拠にそこまで集団行動を主にしない彼らが群れを成して行動しているのが異変の信憑性よ」

「うむ。我も貴様の考えには概ね異論はないが、群の構成ではイマイチ決め手にならぬ。そも、奴等の根源は人のそれ。故に集団を為すのはなんら異常なことではあらぬ。魔族の増加による縄張り争いとは考えられぬか?」

「それも視野には入れているけれど、前例がないから微妙なところね。けれど、群れの構成は異常と断言できるわ」

「理由はなんだ?」

「あれらの行動原理は理解できないけれど、あれだけの数が『群れ』……いえ『軍』である異常の数こそが強い根拠としていいと思うわ。私たちに人間ですら五十以上の集まりだなんてそうそうしないわよ」


 世界相対数……人間と魔族の世界に占める相対数理論。戦場における数の比率を表した一種の法則だ。

 人間の数に対して魔族の総数は約五倍。つまり、戦場に百の軍で向かえば、そこに立ち塞がる魔族の総数は総勢五百以上であると考えられる時代の衰退の顕然。それが世界相対数における人間と魔族の相対比率。だが、冒険者の力量を配慮した上で相対数を導くとすればそれは、二対五。

 この世界にできあがった戦場に於ける数の法則だ。

 故に数の絶対則理論が基づき、英雄も神もいない世界において『数』は絶対の意とされる理論。紐づける根拠は時代にあり、魔族は違えることなく人類の生存圏を奪取している。

 『質の時代』は終わり現代は『数の時代』。

 故にそのような法則が理に刻まれ、魔族の既知数はすでに未知数となり、増え続ける奴等は確実に人類を破滅へと誘っていた。

 魔族の習性から多数で出没することは多いが、知性理性自我のない魔族が百以上の『軍』となるのは不可思議なことと言える。

 だから、『何か』がをしたと考えるのが自然であり、その『何か』は誰しもが思いつく。


「つまり――『悪魔』が関わっているということであるか……」


 悪魔……神話の時代、二邪神か行った禁忌の外法【禁忌の禍実マルス・ピュミラ】によって世界は狂い始めた。

 禁忌により『魔素』が満ち、動物系に魔の進化をもたらし魔物の誕生が始まり、すべての『魔』の禍根となった。

 魔素に脅かされた動物は心臓を魔素に侵され身体をマナで構成する仕組みに書き換えられ、心臓は〈魔石〉へと変化して魔物へと生み出された。マナに直結した身体に異常な力や能力が宿り、形態は異形のように変化していき自我も知性も理性も蝕まれただ殺すことを本能とした飢えの殺戮者として魔物は世界を侵攻した。


 魔物に変換させた『魔素』は当初人間に害はなかった。しかし、邪神はとある一人の聖人を実験台として『魔素』の摂取実験始めた。

 そうして生まれたのが自我を保ち理性を宿し知性を持った魔物にして人間――そして世界の絶対悪こと『悪魔』だ。


 最初に生み出された悪魔の名はサタン。


 聖人だった彼の人格は変貌し殺戮と欲望のままに人間たちを蹂躙した。そんな彼は同じ存在を邪神の力を借りて作り出す。生み出された六体の悪魔は現在においても消息は絶たれていない。

 その悪魔の内の一体【愛色】アスモデウスによって己らの血肉と生きた人、そして魔素を持ってして生み出したのが悪魔の眷属『魔族』である。

 魔族の生体機能には生殖機能があり繁殖行動によって魔族を生み出すことが可能であり、それゆえの魔族の総数理論でもある。


 その魔族の生みの親である七人の悪魔は下界の頂点として君臨し世を統治していた『龍』を超越する権能を有しており、神聖時代において世界の均衡を崩すのはいつだって彼らの野望や欲望であった。

 今もまだ悪魔によって世界が統治されていないのは、英雄や神々、そして知性と自我を持ったドラゴン……『八竜王ドラグテイン』の力によるものだ。

 だから――


「悪魔の策略に疑いはないと思うわ。そして、彼らに対抗する術は、現代誰も持ち合わせていないのも事実よ」


 この世界に英雄はいない。神は天へ去り、精霊は眠りについた。神の眷属はいれど、それでも遠く及ばない。『八竜王ドラグテイン』は力を失い、異界からの異端者や救世主すら人類紀より一度も現れていない。

 故に悪魔の事実は人類に絶望を与える。


 ガンーッ!

 ザッツルが机を拳で叩いた。


「おのれ悪魔め!人類を追い詰めるだけでは足りぬと申すかッ!」

「早急に対策を考案する必要があるわね。それに……なぜかはわからないけれど魔物の動きも奇妙だし……」

「貴様の話しが真であるなら、魔物に構っている暇など在らぬわ!死を煎じて飲めるかァ!」


 がしがしと頭部を掻き毟る屈老に。


(剥げても知らないわよ)


 と、無骨なことを思いながら何かが起こりうる未来に不安を馳せる。


(悪魔の考えは何一つとしてわからないわ。魔族の軍勢を一か所に集めて何がしたいの?それも複数の地帯に……。私たちを誘寄せるため?それとも、錯乱?けれど、こうまで露骨だと感づかれると思わないのかしら?いえ、思うはずよね。悪魔はずる賢いのよ。何か思慮があっての作戦のはず。

 ……南東に多かったわね。けれど、北も西にも目撃情報は上がっているから関係ないわね。……わからないわ。悪魔が何をしたいのか、何もわからない。

 でも、もしも悪魔がいるのなら――)


 セルナの思考の先の言葉はザッツルによって空気に触れる。


「――【死神アウズ】が来るかもしれぬな」

「…………だったらいいのだけれどね」


 夢に見る。

 あの白激の夢を。


 死神アウズ――血に塗れたかの者の、あの気高き孤独の姿を。

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