第2話 正義進撃

 戦馬は駆ける。

 荒野を疾く速く豪雨にすら逆らうまでの迅雷を幻視させる風をもってして、その身は激しく轟獏する。息が弾ける度に、けれど剣の輝きだけが命の源を狂おしいほどに拍動させていた。

 少女の剣に光が灯る。それは天性か悪性か、決まっている。正義の光だ。

 魔物は世界を脅かす人類の敵。人間の生存圏を奪う絶対悪。奴等の本能は殺戮のままに。それを『正義』は――世界は『悪』と証明する。故に――


「【正義の剣に誓いの光を】――」

『————————ッッッ!』


 クロラルバの奇声は怒声と殺声。

 その巨体が飛び跳ねて直径二十メルはあるであろうあぎとが空を覆い少女を喰おうと降り立つ。

 しかし、少女が手綱を強く引くだけでステラは少女の意を汲み速度を上昇。背後から莫大な砂の波は吹き荒れ、逃がした獲物へ咆哮する。

 次に左方から二体目のクロラルバが同じように突貫して来て、それもまたステラの俊足によって回避。刹那、左右で待ち構えていたクロラルバの円状の口から体内で蓄積した魔素から変芸させた魔力を集いて、それを少女に向けて発射。山一つ粉砕できるばかりの威力は少女の跡場も木っ端微塵にすることだろう。破壊の光線に向けて少女は迎撃した。


「【エウノミア・ルウ】――っ!」


 蓄積された正義の光が突き出された剣から眩いまでの閃光が放たれた。衝突する魔力の凝縮体は凄まじい威力を持って荒野を嵐に変え、世界の欺きを正す。


「はぁああああ!」


 この場にてどちらがより強く意志を持っていただろうか。本能のままに貪り食らう悪性の魔物の殺戮意志か、それとも悪を滅し平和をもたらさんとする正義の意志か。

 答えは火を見るよりも明白だ。

 なぜなら――


「悪に勝る正義在り!」


 欲望のままに己のみのままに利己を振り撒く者よりも、己あれ誰かのために命を賭せる者たちこそが祝福と福音に値するのだから。

 光は悪性を呑み込み天へ昇天する。残光の煙の奥、二体のクロラルバの首と思われる関節部分から上、つまり頭部全部が吹き飛んでいた。

 しかし、溶解されたような焼けた煙が傷口から上り音のない痛哭が悲惨に身体を唸らせる。それは幼虫の権能にある再生の兆候であり、虫としての奇跡の所業。しかし、正義の剣は疾く貫く。


「はっ――!」


 二匹のクロラルバの間をステラが駆け抜けたと思えば、一閃が地平に沿って走り剣の跡を数秒遅れにクロラルバの胴体が切断され、その切口から光の魔力が逆流し天に打ち上るように燃え上がった。

 焼失するクロラルバの死体など目に入れず、地中から飛び出して来たクロラルバの顎の大きさに逃れる道はなく。


「今だ!」


 少女が率いる部下たちが一斉に魔法で畳みかけ、身体を捩るクロラルバにドワーフの男が戦斧を振り落とし顎を地面につける。

『~~~~ゥゥゥゥゥゥキュゥゥゥゥゥゥ――っ⁉』

「セルナ様っ!ここは我らにお任せよ!」

「頼んだわよ!」

「はい!」


 ステラを足場に高く跳躍した少女ことセルナは、宙の中で身体を回転させて聖剣を抜いた。魔力の籠った斬撃が光を柱にクロラルバを両断した。

〈魔石〉が砕け光に包まれた身体は灰になり砂を紛れて地に還る。


「次」


 着地したセルナは瞬時に動き出す。こちらへ迫りくる残り二匹のクロラルバ。幼虫の身体で枯れた石砂の道を這い、猛禽な飢えと怒りを迸り、その身体を震わせた。

 胴体に忍ばせてある人間でいう産毛と酷似する棘の限りを幼体から乱射した。二匹合わせてその数幾千は超し万にも届く。人間の半分ほどの棘は空間を歪ませて見せ、視界のすべてが埋まる。

 凡人が避けられるものではない。常人でも戦士でも不可能であり、それはここにいる皆も同じだ。

 右翼はセシーナの指示の下討伐を終え、左翼は今も交戦中だが、グレンとミラリーの喧嘩によるせいなので勝敗はじきにつく。

 彼らを意識の端、絶対絶命を覚えさせる回避不可の戦況。誰かが助太刀に駆けだした。誰かが尊敬する彼女のために魔力を練り、誰かが声を高らかに弓を引き――それらは時として間に合うことはない無駄な足掻き。

 助けは間に合わない。奇跡は起こらない。

 ここは死と生が命を賭して己を証明する戦場。

 故に答えはあった。


「――私を舐めないで」

 静かな覚悟は万人を真髄から震え上げさせる。その青金の瞳は諦めを知らず為すべきことの前に揺るぐことはない。勇気を宿し誇り抱き理想に掲げ正義を貫く。

 青銀の長い髪が流水の如く戦場に流れた。


「はぁあああああぁぁ!」


 駆ける駆ける駆ける、駆ける。降り注ぐ棘を一降りの剣で往なし切り裂き、無効化し、その身体を捻り跳び上り微細な動きで棘を悉く躱す。肌に触れるギリギリを。足の甲を穿たれる刹那を。剣と棘がぶつかり合う間一髪を。

 セルナは荒野を駆け、剣で棘を往なし縦横無尽に身体の動く限りに万に到る棘雨を往なした。それはまるで神の所業。人間にできるとは到底思えない判断能力と対応力にして魂胆の限り。

 弧を描く剣の軌跡は雨を行く燕のよう。身体の持てる限りに走る獅子万来なその様はまさに獅子そのもの。迅雷とはまさに彼女の動きを言い、草木をも圧巻にさせる。


「さすがだねセルナ。やっぱりわたしの一番の親友!ああもう好き!」


 セシーナはセルナとかれこれ四年に及ぶ付き合いだが、神業を見せられる度にその口は驚嘆と感嘆を漏らし空いた口は塞がらない……最後の言葉は聞かなかったことにする。


「相変わらずの化け物め……おまえ等ァ!正義むすめに遅れを取るなァァ!」


 全体の総指揮を執りながら己も戦場に赴くエテオクレスの発破に戦士たちは鬨声を上げて瀕死状態のクロラルバに最期の留めを差す。

 仲間の勝利こえに応えるようにセルナは激進し、クロラルバの下に潜り込んだ。至近距離から殺しに来る棘をギリギリで跳躍して回避し、石砂を砕いて発生した砂煙に紛れセルナは幼体を垂直に駆け上る。迫った棘を剣で軌道を変動させて幼体にぶつける。自分に自分の攻撃を喰らったクロラルバは悲鳴を上げるが、情けはない。宙に舞ったセルナは斬撃を見舞う。


「はぁぁぁぁぁ――っ!」


 斬撃が嵐のように四方八方に連撃が襲う。クロラルバの身体は押し倒され、その柔い幼体から薄黒い血潮を墳血させて絶命する。

 同種の死に最期のクロラルバは激情を露わに宙で身動きを取れないセルナに全身全霊を持った砲撃を放たんとして、それは紫電によってその身体は焼かれ絶叫に変わる。

 雷を纏った剣と変化したステラを左手にクロラルバの頭部を焼いた。セルナは雷の剣を天に翳し、頭上に集いだす黒雲から一筋の稲妻を集束させ、剣光が地上へ至った。


『~~~~~~~ッっッっ!』


 一直線に稲妻で走ったセルナは「終わりよ」と手向けの言葉と共に聖剣を持ってして横に振るった。魔石の破壊により悍ましい死体は灰に戻り、すべてのクロラルバは討伐された。


「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――っっ‼」」


 勝利の産声が熱を宿して鯨波した。剣を掲げ声を天に吠えその膝を立て勇壮と誇りをかざす。世界に神々に悪魔どもに証明する。


 ――人間たちの勝利だと。


 まだ大陸の割合からしてほんの僅か。今だに世界の半分以上は『魔』によって征服されている。人間の生存圏は限られている。

 しかし、ここに彼らは証明したのだ。人間は今、狼煙を上げていると。反撃の時であり運命に抗うのだと。

 笑う以上の声で叫び以上の激情で猛る異常の情熱で、彼らは己らを世界に知らしめる。

 混沌をもたらす欲情の悪魔に、人々を見放し天に還った自分勝手な神々に、その本能のままに蹂躙と殺戮と食事のみを実行する魔族と魔物どもに。


 ここに正義の使者たちは証明する。――正義が来たと。


 歓喜の嵐の中、セルナは大きく息を吐いてドクドクしている心臓を落ち着けていると背後から誰かがセルナに飛び掛かった。


「セルナぁぁぁぁぁぁヴ‼」


 最期には変な声を出すその子はセシーナ。翡翠色の髪はいつも一つに纏められているが、今はほどけておりその愛らしい顔貌は潤んだ涙と啜る鼻によってどうにも苦笑してしまう。新緑の瞳は涙を溜め込みいつ濁流してもおかしくない。


「セルナぁぁぁぁ!しんじゃやだよぉ~!」

「死んでないわよ。ここにいるでしょ」

「いるけどさぁー!でもしんじゃやだよぉ~~!」

「だからここにいるわよ――!」

「じゃあもっと抱き着いていいよね」

「ちょ、ちょっと⁉」


 まるで子供のように抱き着いてくる親友のセシーナに仕方ないなとセルナも彼女の背中を撫でる。

 セルナはセシーナの言いたいことはよくわかっていた。今までも何度このやり取りをしたことか。でも、それほどにセシーナはセルナのことを心配しているのだ。

 いつも最大の敵と戦うのは一番強いセルナ。一番の危険地に赴くのもセルナ。セルナだけが死地において光を差し込む人類の希望にして正義の真の輝き。

 セシーナもエテオクレスもそこいらの冒険者に負けない自信はあるが、それでもセルナに遠く及ばない。セルナは特別で絶対なのだから。

 だから、セシーナは親友としてセルナをいつも心配し、無事帰ってきたらこうして涙鼻水たらたらに抱き着くのだ。そして言う。


「無事でよかった」

「……」


 この時代、魔族たちの侵攻が強かった頃よりは戦士たちが立ち上がり人類の反逆が始まり始めている。各地各国にはセルナと同等の戦士や森を守り続けるエルフや獣人もいる。

 エルフは森を守護し、狼は山を奪還し、ドワーフは鉱山を取り戻し、小人はその優れた頭脳を持って他種族と組んで反撃を成功させ、人魚は海を豊にし、巨人は神殿を守り続けている。劣等種のヒューマンはそれでも負けずとこうして戦地を駆け回る。

 毎日のように魔族や魔物に死者とされるこの時代。


 ――世界は英雄を探している。

 ――神は人類の狼煙を求めている。

 ――精霊は人の勇気を欲している。

 ――世界は誇りを願っている。


 だから、セルナは――セルラーナ・アストレアは正義の女神の子供――神の子供アマデウスとして彼らを導き打破するのだ。

 それこそが正義の娘としての『使命』なのだ。


「さあ、みんなの所に戻りましょう。戦況の報告もしなくちゃ」

「うん!あ、わたしたち右翼部隊は問題ないよ。ロベリカがノクスに嫉妬していたくらいかな?」

「なっ⁉勝手なこと言わないでくださいまし!わ、わたくしがあんな協調性のない娘に嫉妬だなんて――」

「アルメリアのほうはどう?」

「無視ですの⁉」

「わたしたちのところは……いつも通りミラリーとグレンはイチャイチャして負傷してただけかな。他に負傷した人はいないよ」

「「イチャイチャしてないっ!」」


 二人の声は無視してセルナは白い目で理由を尋ねる。


「……一応理由を聞いておくわ」


 アルメリアはあははっと苦く笑う。


「いつものこと、かな?グレンは単独行動でミラリーに折檻。ミラリーはクロラルバの攻撃で少し怪我をしたの。その理由も言うほどじゃないんだけど……ほんとに馬鹿馬鹿しいなんだけど……つまり、戦場で喧嘩してて反応に遅れたのが理由」

「アルメリア姉さん⁉」

「アルメリアお姉さま⁉」

「……はぁーー」


 本当に馬鹿馬鹿しい理由に後でエテオクレスに折檻しておいてもらおうと頭に入れ、陣地に戻るとエテオクレスがセルナに気づき一番にやって来る。


「セルラーナ様。全部隊、多少の軽症者がいますが命に問題はありません。今は治癒士に傷を癒してもらっおります」

「そう、よかったわ。左翼右翼の状態は聞いたわ」

「そうでございますか」

「ええ、それでエテオクレス。グレンとミラリーを今日もお願いしてもいいかしら?」


 瞬間、安否の確認に顔を綻ばせていたエテオクレスは一瞬にして真顔になり鬼の形相になり不快極まりの相貌となる。それをまじかで見てたグレンとミラリーは「ひぃぃぃ!」と恐怖の声を上げ互いに抱き着き怯える。


「貴様らァァァァァ‼」


 エテオクレスの激昂に二人は「ごめんなぁぁさぁぁぁっいぃぃぃぃぃぃィィィ‼」と、絶叫した。


 そんないつも通りの光景に周囲が笑いに満ち、誰かが囃し立ててそれに対してエテオクレスの怒りが噴火し、治癒士のシルヴィアが間に入るが止められず「笑ってないで止めなさいよ。はーほんと疲れるわ」と、彼女の声が轟いた。

 そんないつも通りの光景。戦闘後の楽しいひと時。些細な幸せに満ちた光ある瞬間。

 いつまでも続けばいいと思う。こんな戦いばかりの世界だけど、それでもこの先の未来に誰もが幸せに平和な未来があればと、皆が笑っていられる幸せな世界が来ればと思う。

 だからセルラーナ・アストレアは誓うのだ。


 ――この瞬間を守りたい。誰も死なせたくないわ。だから――私が導くのよ。


 これがセルナの望みであり使命であり、導きたい世界の形だ。


「おら!おまえ等そこに直れェェ!」

「えぇ~~疲れたから帰ろ~よ」

「そうだそうだ!てか、俺ら別に死んでねーし」

「ぐだぐだウルセェェェェェ!飯抜きにするぞォ!」

「「ご勘弁をーーっ!」」

「あはははははははははははは——!」


 皆が笑い、皆が楽しい、誰もの命が輝いている。

 この瞬間が彼らと共にいる時が大好きだった。


「セルナ嬉しそう」

「そうね。もセシーナ同じでしょ」

「うん!嬉しいね!」


 セルナは満面の笑みを浮かべるセメーレに「そうね」と頷いた。

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