第1話 正義軍進
「全軍前進!前方に立ち塞がる魔物を掃討せよ!」
「うぉおオオオオオオオオーーッ‼」
猛々しい咆哮と共に百に近い馬が荒野を駆けていく。
地を蹴り疾く驀進する馬はただの馬なのではない。その鬣は虎の如く、その相貌は龍の如く。奴らは正しく戦馬。
戦士をその背に乗せてどこまでも戦場に赴く荒野の脚。
その背に乗るは有能な戦士たち。白きマントを携え、己の武器をその手に、彼らの眼光は先頭を走る一人の少女とその先に立ち塞がる魔族の群れに走らせた。
百の戦士に気が付いた魔族たちは己らと何ら変わらない人間の身体を黒くし、背中に生やす羽を持ってして狂笑を口端に立ち向かってくる。
かたや大地、かたや空。飛べない戦士に空を自由自在に動け回れる魔族に勝つなど口にできない。
しかし、彼らは違う。その胸元には【正義】の紋章が縫われていた。
「【正義の剣に誓いの光を】」
そう詠った先頭を駆ける少女は聖剣を振り抜き、愛馬のステラから腰を浮かす。そして、片手を手綱に魔法の名を紡ぐ。
「【エウノミア・ルウ】――!」
聖剣が眩い正義の光を滾らせ、答えるように複数の魔法陣が展開された。集うは光の魔力。清く正しい純潔の魔力だ。そして正義の少女は叫ぶ。
「穿て――っ」
剣を振り被り突き出した。彼女の声と姿勢に応えるように魔法陣から光の光線が穿たれる。幾百の上空を埋めんばかりの魔族に十五の閃光が迸り、空を光で焼いた。
『ギャァァァァァァァァァァァァ⁉』
焼かれ地上に落ちていく無数の蚊ども。
羽を捥がれ、腕を吹き飛ばされ、肉を焼かれた魔物どもは攻撃を仕掛けてきた対象に奇声を高らかに降翔。その鋭い爪を太陽に反射させ額から生える魔族特融の角が嫌悪を与える。その爪が彼女に届く前に、無数の魔法が魔族どもに着弾した。
『ギャぁぁぁ⁉ぎゃぎゃがやがやがやァァァァァァ‼』
「第二射隊――撃てェェェ!」
総指揮官エテオクレスの砲声に後方で詠唱をしていた
火焔、氷雪、光線、風撃、雷が空を蹂躙し、知能の欠片もない魔族たちはただ怯え暴れるのみ。それでも魔物的本能によって上空は危険を判断し、地上に降り立った。
「今よ!掃討せよ!」
「うぉおオオオオオオオオ」
降り立った。それは負けを意味していた。
もともと陸空を縦横無地に戦地と出来る魔族たちは
奇声や痛哭なく、命の核とされる心臓にあたるそれ――〈魔石〉が砕かれたと同時に灰に戻る。魔素を生命源にしていた疑似神経系を統制する媒介がなくなったことにより、その身体は維持することが不可能となった。
「はぁああ――‼」
愛馬ステラに乗る戦士は一切の接触を許さずしてその剣は見事に命を奪う。光の先導が後から続く戦士たちの勇気と勇敢を分け与えた。
戦馬の咆哮と戦士の鬨声。
荒野はやって来た『光』によって不快を払拭されていく。
魔法が魔族を焼き払い、剣が臓を貫き、槍の旋風が薙ぎ払い戦斧が血を咲かせ、弓が奴等に一歩を与えない。
降り注ぐ光の雨が蹂躙し、馬もなしに駆け抜ける小人のナイフが煌めいては灰が風に吹き流れる。
あちこちで上がる煙は敗北ではなく勝利の証明。殲滅の力だ。狼煙の意のそれだ。
万軍に対して数百あまりの数。しかし、正義の戦士の前に戯言でしかない。
「左翼は回り込んで中央に引き寄せて。右翼は魔法で砲撃しながら牽制。残りは私に続いて」
「はい!」
少女の指示に右翼に広がる戦士たちは追い込む形に陣形を展開させ、【結晶】セシーナ・ワイナスを指揮塔に一切の逃げも許さず追い込んでいく。
「第一部隊と第二部隊――強行!魔法士は空の魔族を倒して」
「わかりましたわ!みなさん――撃ってくださいまし!」
セシーナの指示になんら疑いなく
ロベリカの詠唱によって矢先へと紅光を収斂していき、放ったと同時に天へ昇った一矢は何十にも分かれ、まるで突き刺す紅雨のように下から上に降り注いだ。
「おっほほ!見ましたか!これがわたくしロベリカ・シルビノスの力ですわ!」
哄笑するロベリカを劈くように、遥か後ろから放たれた矢が魔法から逃れた魔族を一斉に貫いていった。
「おっほほほほほほぉ……きーいぃ!また貴女ですのノクスさん!」
恨めしそうに、いっそハンカチを噛んでそうなロベリカの喚き、八百メル彼方背後で控えていたノクスはくしゃみをした。
「おらおら行くぜ!」
「あっコラ!勝手な行動はしないィィィ⁉」
魔法士の戦いを遠目に左翼の近接部隊の戦士たちの中、馬ではなく地に足をついて戦場を駆ける一人の男がいた。少年は幼馴染のミラリーの注意など聴中になく馬よりも速い脚で一気に前に出た。
灰色の髪に獲物を前にした狼のような獣の眼光は狂喜を宿し、彼のひと睨みは容易く魔族如きなど硬直へと到らせる。
「オラよ!」
俊足を勢いに地面を蹴ったと思えば長い脚が尾のようにしなり、魔族の首をいとも簡単にへし折った。壮絶な破壊音が現実を取り戻させ、仲間の死など一切気にしない魔族たちは敵だとその本能に忠実に襲い掛かる。
爪牙の数多に空気は息を詰め砂たちの驚きが絶叫する中、男は「よっと」と、これまたいとも簡単に数十の魔族のすべての攻撃を回避した。
「じゃあ次はこっちの番だぜ!」
突き出された爪撃を身体を低くして躱し、内に張り込んだ彼はその拳を魔族の腹にぶち込んだ。
「消えろォォ‼」
衝撃圧が戦場に震撼し、砕けた音は衝撃に呑まれ耳にするのは魔族のえずく音のみ。それも一瞬にして果てへとその身体ごと吹き飛ばされ、何匹もの魔族を巻き添えに戦野に道ができた。
「オラ!何止まってやがんだァ!まだまだここからだろがァ‼」
それからは男一人と数十、もしくは百以上に及ぶ魔族との激戦。格闘試合と言う名の壊し合い。
男は武器も魔法も一つとして使うことなく、鍛えた身体のみで魔族の暴力を往なし、回避し、相殺し、まるで獅子の脚を持つ蛇の如き。拳闘士のような一興に他の騎士たちは苦笑いする。いつも通りの無慈悲にして享楽のままに殴り蹴る様は仲間であっても引いてしまう。てか普通にドン引きだ。
しかし、幼馴染のミラリーだけは違った。
「【咆哮を連れ出すは我風の道。薄紅と薄暮に嘆いた彼を知るも風の刻のみ】」
紡がれていく詠唱と集い高まっていく魔力。それに気づいた少年はそこに怒りが含まれている事実にギギギとカクカクした動きで振り返っては口をあんぐりと開けた。
「【連れ出し、伝え、届けましょう。強き使命を持って千里の道を駆け抜けよ】」
ミラリーはその手に持つ錫杖を突き出しては掲げ、たった一人の男に怒りを抱きながら咆哮した。
「【
世界は啼いた。帝風の雄叫びが餓狼の意志の如く、それは戦地を悩殺する激風の啼き。万物のすべてを吹き飛ばさんと砲風は荒野もろとも更地に還す。
その風は切り刻む超克の一撃。風は魔族すべてを薙ぎ払い撲滅した。
たった一人の少女の魔法によって為された事象に通りかかった者がいるのなら瞠目は当たり前に、神ですら笑うことだろう。桁並外れた規格外の風殺に彼女と共に戦場を駆ける彼らでさえ、引き攣ってしまう。むしろ恐怖するまである。
「……あれ?グレンは死んじゃった?」
「死にかけたわァ⁉」
キョトンとしたミラリーの首傾げに上空からそんな怒りの声が轟いた。
見上げればグレンが獅子猿のようにがぁーと吠えるが、乱戦の最中の魔法の一部が飛んで来て直撃した。
「がぁはっ⁉」
「報いだね」
なんて辛辣な言葉を地上に落ちたグレンに振り下ろすミラリーにぐっと息を漏らす。しかし、次には何でもないようにがばっと起き上がってミラリーに前かがみに詰め寄る。
「てかそれ言うなら、オマエも俺と同罪だろォ?」
「なんでわたしもグレンと一緒なの!」
意味わかんないとなぜか顔を赤くしながら下から睨みつけてくるミラリーにグレンはいつも通り強く出ることができず、口ごもってしまう。
「そ、それは、アレだァ!俺らが受けた指示は中央に陽動することだろ?けど、この惨事はどうなんだよぉ」
「……最終目的を果たしたことに違いないからいいの!わたしよりもグレンの独断行動はよくなーいと思います」
「んだとッ!」
「なによー!」
睨み合う二人だが、両者の頭にバチコンと剣の鞘が叩きこまれた。
「「いったぁーー!」」と揃って声を上げる二人に
「もー!二人とも独断が過ぎるよ!」
めっ、と指先の腹を向けるアルメリアにうっと言葉に詰まり、俯く。
「ハルバも言ってやってよ!」
「…………うむ。死ぬぞ」
「「直接的⁉」」
槍使いのハルバの警告にミラリーとグレンは揃って声を上げる。
「またやってやがる」
「懲りねーねあのカップルわよ」
「カップルじゃねーし!」
「カップルじゃなーい!」
「イチャつくのはいいけど、時と場所を考えてよね……」
「ちげー!」
「ちがーう!」
そんな二人の叫び声が響く戦場は既に黒と赤に染まった無味無臭、いや死臭と血痕の荒れ地と成り代わっていた。
左翼の目的は中央への誘い込み。しかし、そんな作戦を実行する以前の話し。魔族如きこの騎士団が遅れを取ることはない。
彼ら彼女らは精強な女神の守護と恩恵を授かる大陸の守護者なのだ。
魔族ども数多の屍と風に吹き舞う灰の殻。
天地開闢の真に基づく『正義』の新光。
いずれこの地にも花が芽吹き草木が苗を覚まし、豊にするのだろう。それを導く者たちこそが正義の使者。
巡る巡る運命の時代の中で、定めとされた使命に殉じ大陸を守ってきた正義の女神の子供たち。
魔族の掃討はここだけではなく右翼も中央も同じこと。絶対の力と戦略を持ってして『悪』を滅した。
しかし、世界に人間の仇名す脅威はそれだけではない。
地表の奥底、蠢くそれは本能に准じその姿を現した。
「来るわよ!」
ステラに乗る少女の判明の声に誰もが警戒心を強め、地盤の揺れを肌に轟音を聴覚の奥に気配を。心臓の鼓動に彼らはそれぞれ一か所に集まり、その時を待った。
轟震と共に地脈が唸り剝き隆起からそれは天へ鯨波した。
『————————』
奇怪な高音。金切り声に似た、それとも違う実に不愉快で不快な鳴き声。キィィーーンっと鼓膜を脅かす異質に顔を顰める一同。
その巨体は全長二十メルは容易く、見上げれば円型の口に中央へ集うように生える牙。身体は幼虫のそれであり見た目からして嫌悪を抱かずにはいられない。
そんな幼虫型の地中の怪物は餌を求めて顕在した。
「……少し多いわね」
少女の前方に五匹。左翼に二匹。右翼に三匹。奴等は群れで襲い掛かってきた。
「クロラルバ。地中深くに生息する幼虫型の魔物。その体躯と顎は万物を無差別に呑み込む。危険種ね」
クロラルバはもともと水のない砂漠地帯に生息している魔物だ。その獰猛さと危険さと言えば砂漠を渡ろうとした何人者の旅人や冒険者を駆逐したと言われる地中の支配者。
それがどうしてこんな荒野にいるのかわからないが、少女は愛馬のステラの手綱を今一度強く握りしめ、それに応えるようにステラは啼いた。
「いい子。じゃあ、行くわよ!」
「ヒィイイイイ!」
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