剣の君へ 捧ぐ復讐 ~Auðr Lilya~

青海夜海

死神の夕刻

第0話 救われない者

「また、いつか逢おう。いつか……君に会いにいく。すべてを取り戻しに行く。だから――――」


 月のような少女はふと、微笑みながらその蒼月の瞳を閉じた。

 月が差し込み森の中、少年は少女を抱え涙を耐える。

 ただ、もう一度君に逢いに行くと誓いながら――


 やがて夜は明け淡き月が暁鐘と共に眠る頃、一凛の花となった少女を手で包み、少年はやがて来る朝へと立ち上がる。

 夜明けより蒼い空の下、淡い月を見上げながらどこまでも続く世界を見つめ――


「――すべてを取り戻す」


 少年は誓う。


 それは復讐だと……神は微笑んだ。




 ―――――――――――――――




 世界は魔物によって脅かされている。


 人類の大陸の今や半分以上は魔物たちにより征服され、人類の砦は極僅かだ。

 悪魔に従う魔族によって人々は蹂躙され、無限に魔物が湧き出るダンジョンにて人の生存権は奪われていく。

 神は天へ帰り、精霊は眠りにつき、竜はその身を居所に預けた。


 神話の彼方、とある二神の邪神によってもたらされた天地変動地獄の到来。

 世界に満ちるマナを媒介として、生命の力の源である魔力とは違う外法紛いの理外の結晶――魔素。

 魔素によって動物は魔物に、人間は魔族に。

 すべては数千年前の惨劇により覆された。



 時代は巡る。


 英雄や神々によって守られた世界は再び蹂躙を味わう。世界は決まって破滅へと向かっていた。

 この世界で、魔族は人類の敵だ。

 誰もが忌み嫌う狂った狂楽者にして殺戮者こそが奴ら。

 魔物は生物体の異分子。生命の種を冒涜するいるべきでない気色の存在にして奴等もまた殺戮のみを好む狂戦の怪物。


 神聖紀から人類紀に移り変わり、英雄が存在しないこの時代――そこに魔族の死体の山が出来上がっていた。


 血と屍のみの見るに堪えない残忍の地。残酷に惨劇を名に死のみを与える凄惨の山。

 その頂上には、ひとりの『人間』が立っていた。

 白髪を血に濡らし、ボロボロの外套から濁流の如き出血の赤。その手には一振りの〈蒼月の剣〉が逢魔が時の闇に光輝く。


 その異常な情景を見て知る。彼が魔族を殺戮した正体だと。


 嗚呼、彼は悪魔たちに家族を殺された『被害者』。

 嗚呼、彼は悪魔に復讐を抱き、殺戮を誓った『殺戮者』。

 嗚呼、彼はただ求めるものの為に力を求め殺し続ける悲願に哭く『悪人』。


 その魔族の山の中、よく見れば只人も混じっていた。

 その森は火を灯し、逃げ纏う人間たちの叫喚が木霊してくる。星の僅かな輝きは哀れと嘆いているよう。冷風の煽りは痛切に世界を切り離す。火の焦げるにおいが嫌に死臭と混ざる。

 すべてが彼を咎めていた。すべてが彼を悪と責めていた。すべてが彼に罪を与えていた。

 彼は己の邪魔をする者は赦さない。道を阻むものはすべて殺す。

 そうだ。すべて殺すのだ。

 世界の敵である悪魔も魔族も、悪人も善人もすべて。


 少年に心は存在しない。強さのために捨てたから。

 少女に優しさはない。そのすべてを偽りと知れ。

 その人間に救いはない。ただ復讐のために、悲劇を生み出さないために、そいつは剣を振るう。

 屍の山の頂、蒼月ルーナの瞳が世界を見渡した。


「まだ足りない。もっと、もっと力を――」


 後に彼は【死神アウズ】となる『復讐者』。

 誰よりも強さを求め、誰よりも希望を捨て、誰よりも孤独な少年少女。

 それでも、過去を激情に今を憎悪に未来を殺意に、ただ悲願を為すために復讐者は血に濡れ死を振り撒く。


「君を取り戻す。そのために――」


 彼は『復讐者』――ただ、それだけの存在だ。

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