第3話
みのりは夢を見ていた。
夢だと気が付けたのは、自分の両親の姿がやけに若かったからだ。仲睦まじそうに話している二人。女性の方のお腹は膨らんでいた――子をなしていた。
お母さんのおなかの中にいるのは、わたし。
今見ているのは、恐らくは想像だ。みのりは自分自身が生まれるところを実際に見たわけではないし、両親は生まれた時のことを積極的に話そうとしてくれなかった。授業参観の課題で、出生のときのことを聞いたときでさえ。曖昧な返答しかしなかった。なにかあるとは漠然と思っていた。
次の瞬間、幸せそうな二人の姿が消える。
暗転し、場面が切り替わる。
そこは、病院だった。手術室のようなその場所は、分娩室だとみのりは直感する。おかあさんが出産しているのだ。
だが、少し様子がおかしい。
みのりの知っている出産は、助産師が母親に頑張るよう声をかけるくらいだ。だが、それでも、目の前の出来事がおかしいことくらいわかった。
分娩室内には、切迫感でひしめいている。手術室と見間違いそうになってしまうのも無理はない。(ダッシュダッシュ)今まさに手術が行われようとしていたのだから。
いかめしい面をした男性がメスを握る。その銀色の無機質な刃が、みのりの母の腹部を切り裂いていく
そこでまたしても暗転した。
暗闇に、鳴き声がこだまする。
気が付けば、病室へと移っている。
個室には嗚咽が響いていた。嗚咽はベッドに横になっている母が発していた。
どうして。
そんなみのりのつぶやきは、母には届かない。夢ならば届いてくれてもいいじゃないかと、みのりは思う。
母の隣に立っていた父は無言を貫いていた。いつもは優しげな顔をしている父の表情は、みのりが見たことのない険しいもの。その表情の向けられた先には、手術を担当したあの医師が立っている。
何事か言葉を発する。
母の目が大きく開かれる。がくんとうなだれ、その口から漏れる嗚咽はより一層強まった。何か衝撃的なことを知ってしまったかのように。父は、シーツに涙をこぼす母の肩にそっと手をのせ、黙っていた。
医師が頭を下げて去っていった。その足取りはひどく重たい。
そして、それを見ていたみのりは、驚いていた。こちらの言葉は届かなかったが、向こうの話し声は、確かに聞こえた。それは、映画の登場人物に声をかけられないのと同じだが、観ていたものは決して映画なんかじゃない。
――全部実際に会ったことだ。そうに違いない。みのりはそんな気がしてならなかった。
だが、そうだとしたら、大変なことになる。
医師が両親に告げたのは、お子さんが死産したということ。
自分という存在が揺らぐような、そんな錯覚にみのりは襲われた。自分は、すでに死んでいるのだろうか。いや、そうじゃない。わたしはわたしとして生きている。魔法少女として戦っているし、両親にも愛されて育ってきた。そこは揺らがない。過去を思い返せば思い返すほど、その思いは強くなる。同時に、あの過去の出来事も事実なのだ。
ふと――、自分とそっくりな敵のことを思い出す。自分と同じように変身して戦う、影のような存在。あれは、自分を模してつくられた存在だと思っていた。
「でも、違うとしたら?」
わたしには、姉がいて、その姉が幼い頃に亡くなっていたとしたら。
姉が生きていたとしたら、エヴォルターを名乗るキョムーンと似ているのではないか。
突拍子もない考えだった。死んだ人間が生きているということになる。肉体は供養されているはずで、それを利用したのは難しいのではないか。
それでも、魂が、エヴォルターが姉だと訴える。それに、どうして両親は、そのことを教えてくれなかったのだろう。
かすかに不満のようなものが心の中でくすぶったが、意識は別の方へと向けられる。みのりは映像から目をそらし、背後を振り返った。そっちに呼ばれているような気がしたのだ。
振りかえれば、遠くに黒い光が瞬いている。光に近づいて行けば、現実の世界が待っている。
エヴォルターが自分のことを待っている。
相手は敵なのに、いや敵だからこそ、待っているのだろうか。
みのりは、光を見つめる。
望むところだった。エヴォルターが仮に死産してしまった姉であるならば、どうして自分のことを嫉妬していたのか、理解できた。
わたしが知らなかったから。知らないまま、両親の愛情を受けて育っていたことが腹立たしかったし、憎らしかったのだろう。
ごめん。
みのりは呟き、光へと近づいていく。
現実世界へと意識が覚醒する。
目を覚ますと、顔を覗き込んでくる影。よくよく見てみれば、それは天使だった。天使はみのりが目を覚ましたことに驚き、背中の羽根をばっさばっさと動かしている。
「よかった目を覚ましたんですねっ!」
「ううん……。どのくらい寝てた……?」
「半日も経ってませんよ」
天使が目の前から退く。体を起こして、窓の外を見る。風にそよぐカーテンの向こうの空は、日が傾き始め、オレンジ色に移ろい始めている。
遠くで、ドーンと音がした。少し遅れて風が吹き、木々がそよぐ。
戦いが行われている。
誰が誰と。
「おねえちゃん」
「へ?」
「わたし、行かないと」
かけられた毛布を跳ねのけ、みのりはベッドから出る。数歩歩いて、みのりの体はぐらついた。体が重かった。それでも、何とか歩みを進める。
とにかく行かないと。
それだけの想いで、みのりは歩く。階段を転げ落ちそうになりながら降りて、やっとのことで玄関へ。
「む、無茶です! そんな怪我じゃあ」
「それでも行かないといけないの。あの人が待ってるから」
「あの人って……?」
エヴォルター。
みのりは口の中で名前を転がす。今まで嫌悪していたその名前は、ほろ苦く響いた。
なんて言いましたか、と問いかけてくる天使に、いつも戦ってる人、とみのりは返答する。天使は、みのりの言葉を繰り返し、不意に手を打った。
「ああ、その人なら、来ましたよ!」
「え!?」
驚きの声を上げて、みのりは振り返る。ふよふよと宙に浮かびながらみのりについてきていた天使は、コクコクと首を縦に振る。冗談を言っているようには見えなかった。というか、天使は冗談を言うようなタイプではなかった。
エヴォルターが自分の部屋にやってきた。それならどうしてわたしは生きているのだろう。自分はエヴォルターにとっての敵で、その敵が昏睡状態にあるだなんて、仕留める絶好の機会じゃないか。
それなのに、エヴォルターはそうしなかった。
「おかしいんですよね。やってきて、みのりさんの顔を見るなり、出て行っちゃって」
「出て行って、戦ってる――」
「そ、そうなんですか? でもどうしてそんなことを?」
仲間割れでしょうか、なんて不思議そうに口にした天使。みのりには、何となく察しがつく。
「わたしと戦いたいから……」
「そんなバカな」
「ううん。絶対そう」
みのりの脚に力がこもる。ぐらついていた体も、先ほどよりは安定していた。体はいまだボロボロだったが、心は日の光が燦燦と降り注いでいるかのように温かい。
手をかざす。いつものように杖を呼び出す。現れた杖を掴んで、体の前にかざす。カプセルを取ろうとして――その手を天使が引き留めた。
心配そうな目が、みのりのことを見る。天使は自分のことを心配してくれている。それは痛いほど理解できた。
一瞬だけ、みのりの顔に悲しみが浮かぶ。だがそれはあくまで一瞬。すぐさま、にっこりと笑顔を浮かべる。
「大丈夫」
諦めたように、手が離れていく。一呼吸おいてから、みのりはカプセルを取る。
いつになく白く輝く白百合のカプセルを杖にセットし、天へと掲げる。
光が飛び出し、みのりのことを包み込む。
みのりはラブシャインへと変身を遂げた。
何も言わず、ラブシャインは駆けだした。この街を襲う怪獣の下へと。そんな怪獣と立ち向かっているエヴォルターの下へと。
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