傷
「すまない助かった!」
銀髪の女性が倒れ込みながら感謝を伝えてくる。ジークは急いで彼女の下へと歩み寄った。
「大丈夫ですか?
怪我はありませんか?」
「毒が塗られた投げナイフを当てられてな。右太ももが出血しているんだ……」
「ちょっと失礼しますね。なるほど」
確かに彼女の太ももは出血している。
それに毒の影響なのか出血が酷く、色も青ざめていた。ただ刃物は完全には刺さり切っていないため深い傷ではない。
とはいえかすり傷でも毒は侮れないものだ。このまま放置していれば後遺症で麻痺したり、毒が回って手遅れになる可能性がある。
すぐに治療を開始した方が良いだろう。
「これでどうだ?」
俺の右腕が青く光る。
照らしているのは彼女の刺し傷の場所だ。
「げ、解毒魔法を使えるのか?」
彼女は驚いた表情をする。
「まぁ、かじった程度ですけどね」
……す、すごいな。
するとたちまちリエルの太ももの感覚が戻っていく。完全に解毒がなされた。
それを確認したジークは次に懐からポーションを取り出す。それは緑色の液体。つまり回復ポーションである。
そしてそれを彼女の太腿に振りかけた。
効果はあっという間に現れる。
太ももから感じていた鋭い痛みが、徐々に和らいでいき、傷も浅くなった。
俺は再び懐に手を伸ばすと中から包帯を取り出した。これを彼女の太ももに巻けば応急処置は完了になる。
素早いジークの施しをただ静かにリエルは見守る。そして一つの疑問が生まれた。
なぜ服の中にそれほどの医療キットが入ってるのか、という事だ。
先程の戦いを見るに彼は明らかに
リエルには分からない。
しかしそんなことは気にするべきではない。見ず知らずの私を治療してくれているのだ。今はその事に感謝すべきである。
そんなことを知らないジークは素早い手付きで太腿に包帯を巻いていく。そしてある程度巻くと切った。
「これで応急処置は終わりました。
どこか痛いところはありませんか?」
「特には無いな。君のおかげでだいぶマシになったよありがとう。ところで、良ければ君の名前を教えてくれないか?」
「いいですよ。僕の名前は……」
言いかけたジークに手で静止がなされる。
当然それはリエルが作ったジェスチャーのものだ。
「あぁすまない。名前を聞くときはまず自分が先に言わなければな」
彼女は話を続ける。
「寝たままですまない。
私の名前はリエル・シルバーだ。苗字にシルバーと入ってるが、この銀髪も地毛だ」
彼女は長く伸びた銀の髪の毛を触る。
なぜ銀髪を誇張したのかは、この世界において銀髪は珍しい髪色だからだろう。
自分がこれまでに見た髪色を、数の多さで順番付けするなら、多い方から黒色>茶色>金髪>赤髪>その他だろうか。
当然これは地方によって変わってくるが、彼女の銀髪はどこにいってもなかなか見掛けられない髪色のはずだ。だから彼女はそれをトレードマークにしているのかもしれない。
では青色であるお前の髪色も珍しいじゃねぇかという話になってしまうが、実を言うと自分は髪を染めている。本当の髪色は黒でも茶色でも金でも赤でもない。その他に属するものだ。
と余談はさておき、彼女が不思議な顔でこちらを見てくるので話を続ける。
「いい名前ですね。
では僕も自己紹介しましょう。
僕の名はジーク・スティン。
この街に来たばかりの青年ですよ」
「おぉそうなのか!そんな方に助けてもらうとは……非常に忍びないことをした。改めて言わせてもらおう、ありがとう」
彼女は寝たままであるが深く頭を下げてくる。その光景は中々に面白いものであり、俺は思わず笑いそうになった。しかし頭を振って、それを悟られないように誤魔化す。
笑っては彼女の感謝に対して失礼だ。
育ちが良いのだろうか、それとも義理堅いのか。そんな印象を受けた。
例えるなら昔の武人気質に近いような感じがする。武人なんて会ったことが無いので分からないのだが。
「いえいえ当然の事をしたまでですよ。
それよりもここは危険だ。あの連中の追手が来るかもしれないし、早いところ場所を移しましょう」
「そ、そうだな」
「どこか良い場所を知ってますか?
僕はここに来たばかりなので土地勘はおろか、どこに何があるかも分かりません」
うーーん。
そんな悩んだ仕草をした彼女は、顎に手を当て考えている。そして何かに気が付いたように顔を上げた。
しかし何も言わない。今度はそんなリエルをジークが不思議な目で見ていると、モジモジとしながらリエルは俯きがちに言った。
「……わ、私が泊まっている宿屋に行こう。そこならば安全だ」
「分かりました」
リエルはすぐに頬を赤らめる。自分が大胆発言をしてしまったのを理解している故の表情だ。
宿屋というのはこの場合では適切である、しかしそれと同時に男女二人きりになってしまうので彼に誤解を与えた恐れがある。
しかしそれに対してジークはそんなこと微塵も考えていなかった。どうやらリエルの考えすぎらしい。
「――では私も立つとしよう。
よっこいしょ……。――痛っ!」
「大丈夫ですか!?」
「はっは、すまない。
君に看護してもらった所なのにな……」
針で突き刺されたような鋭い痛みが走り、思わずリエルは転んだ。まだ傷は完全に治ってはいなかったようだ。
しかし諦めずにまた立ちあがろうとするが、今度はジークに止められる。確かに彼の思っていることは正しく、立ち上がることは非常に難しい状況であるとリエルも思っている。
すると彼が、
「私があなたを担ぎましょう」
「そ、そんな!?
流石にそこまで甘える訳にはいかない!」
「気にしないでください」
彼に至れり尽くせりで良いものなのだろうか。自分の命を危機を救ってくれて、なおかつ傷まで癒してもらったのだ。流石にこれ以上彼を頼ることは出来ない。
しかしそれと同時にこの太ももでは歩くことはおろか、立つことすら余裕が無いことを一番自分が理解している。
だからリエルは、
「――分かった。君のご厚意に甘えることにするよ。本当にすまないな……」
「いえいえ。……ん?
ちょっと待ってください」
彼はこちらから少し離れる。
そして誰かと会話し始めた。しかし彼の周りに人はいない。いったい何をしているのだろうか。
あり得ない程の強さを持っている彼だ。
何か特殊な技術や魔法で、誰かと話をしているのかもしれない。
そしてしばらくそれを待つ。
盗み聞きをしているつもりは無い。
しかし彼が喋っている内容がものすごく気になって、耳を傾けてしまう。
……ん?ブラッドレイス?
その途中で、彼の口からブラッドレイスという発言が聞こえた。自分はブラッドレイスなるものを知っている。
ブラッドレイス。伝説上の強さを誇るアンデッドの化け物だ。名前の通り身体が赤く染められて、それは敵の返り血らしい。
普段は透明で、透明無効化の魔法を使っても見えないことから、その化物を倒すのは非常に困難とされている。
彼が今話している存在がブラッドレイスならば、透明なので非常に納得はいく。
しかしそれは恐ろしいアンデッドの化け物だ。彼がいくら強かろうがそれはいくらなんでもあり得ないという話だ。
「すいません、お待たせしました。
では失礼しますよ」
彼は自分を優しく、そして軽々と持ち上げて背中に担いでくれた。
「私は、重くないか?女のくせに筋肉ばかりで、非常に恥ずかしいのだが……」
リエルは男と付き合ったどころか、話したこともあまり無い。
今までの自分は色事とはほど遠い自己鍛錬ばかりをしていた。その結果、自分の身体はかなりの筋肉質になってしまった。
もはやこんな身体では誰も自分に言い寄る人は居ないだろう。そしてリエル自身も諦めた。
自分は女として生きるのではなくて、友のため社会のために生きようと。そんな中、異性の彼に筋肉質で重い自分の身体を背負ってもらっている。
だから非常に恥ずかしかった。
「軽いですよ。この程度なら背負ってないのと同然です」
「ふふっ。君は冗談が上手いのだな」
……嬉しい。男たちは揃って私を遠ざけていたが、君はそんな事をしないのだな。
リエルの心に温かいものが染み渡っていく。
それは初めての経験であった。
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