通行人
男は
何より胸元のペンダントが遠いここからでもよく見える。それが一体どれほどの値が張るのか、リエルには想像もつかない。
とはいえ完全な部外者だ。暗殺者の男たちは一瞬ギョッとして、自分の元から離れた。
「あれれ……?お取込み中でしたか?
すみませんね」
現場を見た青年は白々しいような、気まずいような顔つきをして、あろうことか後ろを歩きで路地へ戻ろうとする。
しかしそれを許す暗殺者はいない。
誰であろうと目撃者は殺さなくてはならないが暗殺者の基本だ。
「殺せ」
ナイフを持った男が即座に命令する。
その言葉で杖持ちが風魔法を作り出し、発射した。高速の風の球は瞬く間に青年を襲っていく。
数多ある魔法から風属性を用いたのは単純な話、防御が難しいからと、男が得意とする属性だったから。それに風属性全般は実体が無いため避けづらく、魔法でなんらかの手段を用いなければ防ぐことは困難だ。
……しかし。
「危ないな〜〜」
あろうことか青年はそれを握りつぶした。
……!?
「ど、どういう事なんだ……?」
思わずリエルは瞠目する。
男たちも一歩退いた。
あんな事はありえない。風の弾丸を握りつぶすなど聞いたことも無いし、見たこともない。
敵ではないリエルが動揺しているのだ。
横を見ると当の本人たちは更に動揺しているのか、動きが固まっている。
そんな中で青年だけは唯一余裕そうに佇んでいた。
「……いきなり怖いな~。俺は大人しく引き返そうとしたんだから許してよ」
不気味に微笑む。そして話を続けた。
「そんなの見た事がないって顔をしてるね。
教えてあげよう。俺が掴めると思えば魔法だって掴めるし、俺が気に入らないって思った魔法は無かったことにできるんだよ?」
「な、なんだと……?」
思わず暗殺者の男が声を上げる。
その光景を見た青年が満足そうに、
「ふふっ、もちろん嘘だけど。
あんたらが何をやってても気にしないけど、ちょうどいい宣伝の機会だ。相手にしてあげる」
青年はかかって来いというように手招きをする。
「こ、殺せ!」
デタラメを言われて激昂したのか、男は命令を出した。その命令で即座に残りの2人は動き出す。しかし命令した男だけは動かずに、注意深く
先程はどうやって防がれたのか分からないが、こちらは歴戦の暗殺者。あんな偶然はもう2度と起こらない。
そう男が思っていると、仲間の杖を持った男が風魔法を詠唱した。発動するのは先程の魔法。しかし今度は1つだけでは無かった。
10個もの風の球を作り出したのだ。
それらが勢いよく青年に向かっていく。
もう1人の暗殺者も動き出していた。
先程投げていた小剣を手に持って青年に襲いかかる。
先に届いたのは風魔法。
一つ当たれば全身骨折するほどの威力。
それほどの威力が10個。
もはや青年は助からない。
そう全員が思った。
……しかし。
青年は風の球を片手だけで全て掴んだ。その後ニヤリと笑みを浮かべ、全てを握り潰す。
得意満面に作った風魔法たちでさえ、跡形もなく消し去られた。
「ど、どういうことだ!?」
暗殺者が声を荒げて叫ぶ、そして挙動不審になりながらもお慌てで頭を回転させていった。
あり得ない。なぜ風魔法を握りつぶせるのか。どういうトリックがあって青年には効かないのか。
男が考えているその間にも小剣を持った仲間が青年に迫る。迅速な動きで瞬く間にナイフを突き立てた。
……しかし。
仲間の持っていた小剣が止まった。
「なっ!?」
それを止めたのはやはり青年。
しかしあり得ない方法で小剣を止めていた。
小指で止めていたのだ。
当然それも毒が塗り込まれている。切られた者には即効性の毒が襲いかかるはずだ。しかし青年はそれすら動じていなかった。
「どっ、どういうことだ!?」
「あんまり遅すぎて眠たくなったわ」
青年はそのまま男を前蹴りした。
するとあり得ない速度で吹っ飛んでいき、そのまま後ろの店のガラスを突き破って、ダイナミック入店していった。
「な、何をした!?」
「何をしたって、吹っ飛ばしただけだけど。
そんなに気になるんだったらあんたにもっと良いもの見せてあげるよ」
青年の視界の先に、棒立ちになったもう1人の仲間がいる。
「ほらおいで?」
青年が手招きをした。すると引力が発生したかのように、仲間は青年の方に引き付けられる。
「や、やめてくれ!!」
仲間は必死に逃れようとするが、万力とも思わせるような力によってどんどんと青年の下に近づいていく。そして捕まってしまった。
そのまま首を片手で絞められ、身体が持ち上がっていく。
「な、な、何が起こっているっ……」
あ、焦るな!!れ、冷静になれ!!
今までに自分達が逃した獲物などいないんだ。自分達の連携を崩した者はいない。どこかに必ず弱点かトリックがあるはずだ!
目を凝らしてよく見る。
しかしそれが何かは分からない。
それどころか目の前の相手に弱点など無さそうに見えた。
こ、こんな事はあり得ない。
「ゃ、ゃ"やめでぐれ"……!
だ、だずげて!!」
仲間は必死に悲鳴とも絶叫とも聞こえる声で叫ぶ。だがこんなものを見せられて助けにいける者など誰一人いない。というか、もう生き残っているのは彼を除けば自分だけだ。
青年はやがて仲間を放り投げる。
しかし幸いまだ息があるようで、必死に空気を吸おうともがき苦しんでいた。
「魔法を見せてあげるよ」
気持ち悪い薄ら笑いを見せてくる。
吐き気を催すような邪悪と、悪寒を感じるような不気味さが、そこにはある。今まで数々の同業者を葬り去ってきた自分ですら見たことがないような、この世の悪を練り固めて作ったような顔だ。
青年は仲間に指を向けた。
「"い、ぃいやぁああ!!"」
突如、闇の炎が仲間を包んだ。しかしその後だった。もっとあり得ない事が起こったのは。
仲間の姿がゾンビに変貌を遂げた。
「なんなんだ、一体なんだというんだ!?」
「かわいそうに、ゾンビになっちゃったね。
どう?御伽話のような素敵な魔法でしょ?」
「何を言って……」
「うがぁぁ」
そう言ったゾンビは立ち上がっては、青年の前で静止する。どうやら青年の眷属になったように暗殺者の男には思えた。
しかし。
「こんな雑魚は配下に入れても役に立たないからいーらない」
青年はゾンビを蹴り飛ばす。すると先ほどの仲間同様、ゾンビも後ろの店へダイナミック入店していった。
残った暗殺者はただ一人。自分だけだ。
これはまずい。本能が警告している。
この男には絶対勝てないと。
どうすればいいんだ?
ここで俺が助かる方法は…?
暗殺者は脳みそをフル回転させて考える。
するととある一つのアイデアが浮かんできた。生き残るにはこれしかないと思った暗殺者はすぐさまそれを実行する。
「なぁ…許してくれないか…?
お願いだ、すまなかった!!
俺がこの女を狙わなきゃよかった!」
暗殺者は綺麗に土下座したのだ。
「……どうしよっかな~?」
「だ、だのむ!!」
もはやはんべそをかいていた。
そこに先ほどのような何がなんでも目標を始末する冷酷な暗殺者の姿はもはやどこにも無い。
「よし、わかった!俺も鬼じゃない。
あんたのことは許してあげるよ」
「そ、そうか!?」
「あんたらは雇われた、もしくはどこかに所属する暗殺者なんでしょ?」
「あ、あぁ」
「だったらこれを伝えてくれない?
蒼翠のフェンリルがお前らを食い殺す。
お前らには悪いけど、俺の事を有名にするための踏み台になってもらう。……てね」
「わ、わかった!!」
「じゃあさっさと逃げな。
殺されないうちに」
男は恐ろしいほどの速さで逃げていく。
それをジークはただ眺めた、何も手は出さずに。生命の危機を感じると人間はここまで速くなれるのかと、ジークは感動した。
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