高貴ですなぁ
ロイを片付けた後、リザちゃんの元へ向かう。リザちゃんはかなり弱っていた。足に力が入らないのか、それとも腹を痛めたのか、普段の真っ白い顔はさらに青白く変色し、満足に動けないようだ。
「ジ、ジークお兄ちゃん…」
顔を苦痛に染め上げながら、必死な思いで言葉を紡ぐ。
「俺が来たからにはもう心配ないからね。
どこを怪我したのかな?」
「い、家から連れ去られた時に、お、お腹を蹴られたの……」
衣服の上から腹部に手を当てる彼女。
確かに、服の上からでもお腹が腫れているのが見てとれた。まるで妊婦のようだ。
……金髪ボテ腹ロリ妊婦。
まてまて節操の無い考えはよしておこう。
そんなことよりもこの体型で大の大人に蹴り飛ばされるとは、傷が心配だ。腹部は内臓が詰まった無防備な場所。急いで確認する必要がある。
だから俺は彼女の服をずらそうとして、すぐに止めた。
なんだかいけない気分になってしまったのだ。緊急事態とはいえ少女の素肌を見ていいのか、それよりも急いで家に連れ帰り、エイラに見てもらった方が良いのではないかと。
そんな事を考えてしまった。
これでリザちゃんに変態だとか、もうお嫁に行けなくなっただとか、まさか言われないだろうと信じているがそれでも後ろめたい。
それこそ街中で倒れている女性を発見し、AEDをしていいのか悩んでいる男性に近い。
あれもあれで議論になっていたが、果たしてこの世界にそういう概念はあるのだろうか。
まぁなるようになれだ。ここで彼女の容態を見なければ、家に運ぶこともままならないだろう。
「じゃあ、ちょっと失礼するよ…」
だから俺は彼女の服を掴んで、数瞬思い留まった後にそっと捲り上げる。そして彼女の腹を見た。
と同時に今まで考えていた事全てが消し飛ぶ。なぜ消し飛んだのか、それは彼女の腹部が予想以上に酷い有様だったからだ。
……これは酷いな、酷すぎる。
無残なほどに腫れ上がった腹部は青を超え、黒色にまで変色していた。それこそおじさんやおばさんの打ち身より状態が悪い。
誰に蹴られたかは分からないが、非力な少女によくそんな事が出来るものだ。
「……ムカつくな」
彼女に心配させないように、小さな声で呟く。
無性に腹立たしい。家で湧き上がったものより強い怒りが込み上げる。それと同時にふざけたことを考えた自分にも。
しかしすぐに冷静に戻った。怒りを発散できる敵はどこにもいないし、そんな事をしている場合でもない。何より腹が立っているのは蹴られた彼女自身だろう。だから俺が怒るのはお門違い。ここは早く彼女の負傷を治療するべきである。
俺は腰に携えていたポーションを手に取る。
ありがたいことにポーションはまだ数があった。この傷相手に一本二本で完全には治せないと思うが、打撲や骨折がポーションで有効なのは確認済み。
残った傷も家で安静にすれば自然回復で治る。何をおいても少女の身体に傷痕を残させる訳にはいかないのだ。
「少し痛いかもしれないけど我慢してね」
彼女の腹部にポーションを浴びせる。
「うっ…!」
彼女の顔は苦痛で歪んだ。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよっ」
彼女の言葉は嘘だとわかる。
本当は耐え難い痛みが襲っているのだろう。
それでもここは心を鬼にして、遠慮なく振りかける。そうしなければずっと痛いままだ。
そしてポーションを一本丸々使い切る。
そのまま二本目、三番目を続けざまに振りかけていった。
その間にも彼女は痛みで悶えているが、だんだんと反応も少なくなっていった。その効果は何より腹部に顕れ、強打して黒く変色した箇所は次第に薄くなる。
一通りポーションを使い切った後、痛みもかなり落ち着いたのか、彼女の顔も少しだけ落ち着きを取り戻した。
「どう…少しは良くなった?」
「うん」
「それは良かった。
問題はこの後だが……」
そして次の問題に直面する。
彼女をどうやって家に運ぶかということだ。
自力で歩くことは出来ないし、おんぶしようにもお腹を痛める危険性がある。
お姫様抱っこがいいかもしれないが、俺は紳士。少なくとも自分では紳士だと思っている。だから無闇やたらと淑女の身体に触るのはあまりよろしくはない。
何か良い手はあるものか…。
手の甲を顎に当てて考えてみる。とにかく俺が触らなければ問題ないのである。
そうだ、良い方法を思いついたぞ。
「リザちゃん、今から君をお家に運ぶよ。
ただ運ぶのは俺じゃなくて別の者だけどね」
「えっ…?」
「出て来いアンデッド」
指パッチンをしてアンデッドを召喚する。創り出すのは
こいつのステータスを以前確認したら、高貴な公爵家の領主と書いてあった。だから例えゾンビだとしても、そこまでおぞましい者が出てくるわけではないだろう。
召喚したことは一回も無いが。
地面から土を掘り返すように化け物が出現する。当然現れたのはデュークゾンビ。
アンデッドはアンデッド。しかし他のアンデッドより奇妙な衣装をしていた。
その見た目は中世の貴族そのもの。
トップハットと言われる、貴族がかぶるような上に高く伸びた帽子、黒スーツに赤ネクタイ、漆黒色のステッキをついている。
これが名前に
俺としてはまぁキモいっちゃキモいけど、かろうじて女性を運ぶには及第点…かな?
そのぐらい。アンデッドを見慣れた俺ですら及第点。
ジークは気付いていなかった。
女性で、なおかつ少女であるリザが、それを許せる訳が無い事を。
彼女の方を見ると、彼女は引いていた。
というか怯えていた。
あ…ダメなやつだ……。
反応を見ただけでわかる。これは絶対にアウトだと。しかしせっかく召喚したのだ。
彼女に直接聞かなければ本心はわからない。
これで良いですよ。
という可能性もあるのだ(多分ない)。
「リザちゃん、これが君を今から村の場所まで運んでくれるんだけど、ど、どうかな…?」
その言葉に応じてゾンビは貴族がするようなお辞儀をした。
……なんだこいつ?
そういうアクションはいらないよ。
「ジ、ジークお兄ちゃんが運んでくれた方が嬉しいかな…」
「そうなんだ…なるほどね…」
彼女は絶対に嫌という目線で訴えてくる。
しかしよくよく考えれば当たり前だ。例え奇抜な衣装をしていたとしても、元を正せばただのアンデッド。いわば動く死体だ。そんなのに運ばれるのを誰が許容できるだろうか。
少なくとも俺も彼女と同意見で嫌である。
そのまま運ばれたら家じゃなくて墓場に着きそうな気さえする。本質を忘れていた。
とはいえこんな年端もいかない見た目の少女をお姫様抱っこできるのだ。ここは喜んで受けさせてもらうべきである。
「じゃあしっかりつかまっててね」
俺は彼女を軽々と持ち上げて方向転換する。それは村へと続く道だ。墓場では無い。
「帰ろっか俺たちの故郷に」
「うんっ」
少女を抱っこした青年の後ろに、訳の分からない化け物が付随する。その光景は側から見ればもはや誘拐にしか見えなかった。
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