神狼

 凄まじい掌打によって吹き飛ばされたドレイスは山を越えて草原にまで達すると、そのまま硬い地盤へと叩き付けられる。強烈な衝撃と共に10m以上の砂埃が舞い上がった。


 それでもドレイスは何事も無かったかのように出て来る。冷静に服を払うと、山の頂を見上げた。


「開幕早々何者だあいつは?」


 あの攻撃によって先ほどの場所から1km以上は飛ばされてしまっただろうか。しかしダメージはほとんど皆無、服が汚れたくらいだ。


 そんなことよりもあのロイという男が心配だ。自分が早く戻らなければロイは確実に殺されるだろう。あの男によって。


 眷属が滅んでも召喚者は死なない。

しかし召喚者が死ねば眷属は滅びる。


 いわば眷属にとって召喚者は絶対なのだ。

つまりあの男に死なれては、やっと復活できたこの身も滅びるということ。それだけは絶対に避けなくてはならない。


 ただ召喚者が死んでも眷属が現界できる魔法や特技がないこともない。しかし今はまだ使うことができない。


 だから次の瞬間、ドレイスは跳躍する。

人間の領域を超えた逸脱者の脚力はそれだけでミサイルのような推進力を得て、山の方へ向かって行った。


△△△△


 目で追えないほどの速さで吹き飛ばされたドレイスを肌で感じ、ロイは吹き飛ばされた方向を見た。


 小娘のそばにいつの間にか男が立っている。服装こそ平凡だが青い髪に黄色い瞳、胸元に不相応な価値のペンダントをした珍しい男だ。


 ロイはその男に全く見覚えがない。

だから得体の知れない不気味な存在ではあるものの、何よりドレイスをふっ飛ばした。

それだけの実力者という事だろう。


 だからロイは焦って、


「な、何者だ貴様!?」


 そう言った。すると男はとても優雅そうに、


「我か?

我は闇の支配者、蒼翠のフェンリルだ」


 男は両手を広げ、こちらに見せつける。

その姿はまるで死神。凄まじいオーラが吹き荒れていた。


 ふ、フェンリル…?なんだそれは?


「な、何を言っている?」


「我はお前らに警告したはずだ。

大人しくこの山と村から手を引けと…。

我の言うことを無視しなければ、あれほどの狼藉を働いた貴様らでも、寛容な心で許してやったというのに。……愚かな奴だ」


 フェンリルは睨みつけてくる。


「……っ!?」


 それだけでロイは動けなくなった。

もし指一本でも動かせば、瞬く間に首が跳ね飛ばされる映像が浮かんできたからだ。


 そんなこちらの怖気付く表情を見たのか、フェンリルは嗤う。


「安心しろタダでは殺さん。

神なんか名乗ってる冒涜者とエセ宗教の貴様らにはこの我、世界の支配者が裁きを与えてやろう」


 またもやフェンリルはポーズを決める。


 ……決まった、決まったのだ。

裏の支配者に相応しい完璧なポーズだ。


「し、死ね!」


 謎の恐怖に抗いながらロイは魔法を唱える。それは雷属性の魔法。自身の力を持ってしての最強の攻撃である。


 触れれば一瞬で即死。この魔法に耐えられる者など誰もいないだろう。


 しかし…。


「ば、ばかな!?」


 なんとそれをフェンリルは左手で吸収しながら平然とこちらへ歩いてくる。


「全く無意味な攻撃をどうも」


「……ではこれはどうだ?」


 いつの間にかフェンリルの頭上にドレイスが浮かんでいた。ドレイスもまた凄まじい電気を発生させる。それはロイの電圧など軽く超越した稲妻だった。


 そのままフェンリルの脳天目がけて発射する。それはうねりとなって滝のようにフェンリルを包んでいった。


「きゃっ!?ジークお兄ちゃん!!」


「お見事ですドレイス様!!」


「どうだ?これが私の力…。

流石の奴も死んだだろう。ふっふっ、ハッハッハ!」


 自分の魔法を食らって息がある者など存在しない。私の力は裁きだ。神の怒りに触れればこうなるのだ。


 ――その笑い方は我がするものだぞ?


 煙の中からフェンリルが姿を表した。


「な、なんだと!?」


 全くの無傷だった。それどころか両手をポケットに入れ、身体中から闇の炎が噴き出している。


「ど、どういうことだ!?」


 思わずこれにはロイもリザも、ドレイスですら驚愕している。


「あんな小さな静電気程度で、我を倒そうとしてたのはお笑いだ」


「な、なんだとぉ!?」


「さて…次はこっちの番だ」


 一瞬、ファンリルの姿が掻き消える。次に姿を表した時にはドレイスの目の前にいた。


「は、はやす……」


 ドゴォン!!


 爆音が鳴る。


フェンリルはドレイスの頭を大地に叩きつけた。その衝撃は凄まじく、山にヒビが入る。


「あ、ありえない…」


 次にロイが目にした光景はトマトジュースのように爆ぜたドレイスの身体らしきもの。

俄かにも信じられなかった。


 即死だ。

あっけなく、神は死んだ。


 フェンリルは血みどろの手とは反対の手で、カッコつけるように頭を押さえる。


「これが本当の爆死ってね…。

あんたはガチャで爆死したことある?」


「ガチャで爆死……?」


 目の前の男は何を言っているのだ。

手紙の時もそうだったが、この男は時々意味不明な発言をする。


 発言の真意はなんなんだ!?

そ、それこそ、ガチャで爆死やマルチ商法…という言葉は神すら超えるというのか!!??


「さぁその身をもって知るといいよ」


 先ほどとは打って変わってフェンリルはゆっくりと近づいて来る。まるでこちらを痛ぶり殺すのを楽しむように、至極愉快な雰囲気を佇ませながら近づいて来る。


「ふ、ふざけるなぁ!!」


 だからありったけの電撃をフェンリルに喰らわせる。自分が使える最強の魔法を何度も何度も発動する。魔力が底をつきかけ、気持ち悪さすら感じるが、それでもロイは魔法を撃ち続ける。


 ただそれに反してフェンリルはとても楽しそうに近づいて来る。


 こ、く、くるんじゃあなぁいい!!


 怖かった、あの男に攻手を回すのは。

自分の体もバラバラにされるような気がして。そして何より、ライアンを痛ぶっていた時に自分が感じていたような軽蔑をフェンリルから感じる。それが何よりも怖い。

弄ぶ側から弄ばれる側に逆転するのがとてつもなく恐ろしいのだ。


 しかしその気持ちとは裏腹に魔力が尽きた。あまりの消耗に意識が朦朧としてくる。

ぼんやりと映る視界にフェンリルはいる。

だが今度は自分を見下すようにすぐそばにいた。


「これが人を騙す哀れなカルト教団の最期か」


「た、頼む……たすけてぇくれぇ……うぎゃぁあぁあ!!」


 フェンリルの踏みつけによってロイの右足が弾け飛ぶ。そして左足も弾け飛んだ。

朦朧とした意識も激痛と共に鮮明になる。


「た、たのむぅう……!!!たすけぇあぁああ!!」


 今度は左手がトマトジュースと化す。


「さぁ…次はどこを潰していい?」


 ゆっくりと、そして楽しそうにロイを踏みつけるフェンリルはどこまでも楽しそうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る