憤怒

「は~い!」


 ジャックおじさんは廊下に出て玄関へ向かい、ドアを開ける。


 ――しかし、その行動は間違いであった。

ドアを開けた瞬間、ぞろぞろと無遠慮に男たちが入ってくる。


「な、なんだ?」


 数は3人、いずれもローブを纏った聖職者のような格好をしている。


 そのうち1人は紫の長髪の男。

長い髪を一つにまとめた、何を考えているのか分からない不気味な顔をしている。


 2人目は金髪で短髪の男。

あからさまに敵意を持った瞳をおじさんへ向けている。


 3人目は長い金髪で、細目が特徴の男。

この中で唯一ニコニコとしているが、それはあくまで心に秘めたヘドロを隠している薄皮一枚にすぎない。


 そしてそれはロイであった。


 短髪の男が人差し指を向けてくる。

おじさんは何がなんだか分からないという顔をしていたが、咄嗟とっさに気付く。


 明らかに好意の仕草ではない、それどころか敵意の視線を向けてくるということは、魔法が疎いおじさんでもそれは攻撃準備に見えた。だから急いで身構えようとするが、それは手遅れで、


突風ブラスト


 男がそう一言。


「うわあぁあ!?」


 おじさんはとんでもない速さで吹っ飛び、壁へ直撃する。たちまち意識を失った。


 その音は当然リビングにまで響く。

リビングでお絵描きをしていた二人はあまりの出来事に背筋を震わせた。


「きゃあ!!」


「な、なんの音!?」


 廊下から爆音と共に悲鳴が響いた。

まるでタンスが勢いよく倒れたような、けたたましい音だ。


 カスティアは心配になる。それに叫び声はジャックのもので間違いない。


 一体何があったのだろうか…。


 慌てて玄関に向かう。すると、


「な、何!?あなたたちは!?」


 廊下にジャックが倒れていた。

そして彼を跨ぐように謎の男3人が何の許可もなく、家に侵入してくる。


「あなたたちは誰ですか!?」


 再び問いかけるが男達は何も言わない。

ただ黙々とこちらへ向かってくるばかりだ。


 おばさんはあまりの恐怖で動けなくなってしまう。そんな姿を尻目に、先ほどおじさんに魔法を放った男は今度はおばさんに向けて指を指す。


突風ブラスト


 男はそう一言。それだけでおばさんも簡単に吹っ飛んでいく。


「いやぁぁあっ!?」


 問答無用だった。容赦なく風魔法で吹き飛ばされたおばさんは、おじさん同様に意識を失ってしまった。


「え、な、なに!?」


 リビングにもその音は当然聞こえた。

それに今度はさっきよりも近くでだ。

ここまでくると12歳のリザでも廊下で何が起こったのかはすぐに分かる。


 だから次に襲われるのは自分だと思って、リザは息を潜めるように声を殺し、じっと耐える。


 どうかこっちに来ませんように。

何事もありませんように。


 そんな事しか祈ることができない。

しかし微かな期待は無視され、複数の足音がますますこちらへ向かって来ていた。


 い、嫌!!誰か助けて!!

ジークお兄ちゃんたすけて!!


 遂に、リビングのドアが蹴破られる。

リザはもう我慢できずに叫んでいた。


「いやぁあ!!」


「こいつだ、運べ!」


 ロイの命令で両脇の2人は動き出すと、遠慮なしにリザを襲う。


「や、やめてぇ!!」


 必死に抵抗するが、少女と成人男性だ。

力比べで勝てるはずがない。


「うるせぇ、クソガキ!!」


 抵抗も虚しく強引にリザはひきづられる。

そんな中せめてもと、目の前の金髪で長髪の男を睨んだ。


 リザはその男に見覚えがあった。

うちの家にたびたび来ていた宗教家の男だ。

名前は知らないが祖父母とよく話をしていた。


「なんだその目は…?」


 目の前の男、ロイは苛立った顔をする。

不快だった。こんな芋臭い田舎の小娘に睨まれるのが。だから憂さ晴らしするように、リザの腹を思いっきり蹴っ飛ばした。


 うえっ"ぇ!!


 ひ弱な身体は簡単に吹き飛ぶ。

大の大人と少女では力が違いすぎる。ましてや腹部という柔で臓器が詰まった部位をサッカーボールのように蹴られればどうなるか。

答えは火を見るより明らかだった。


 まともに動く事すら出来なくなったリザはそのまま寝込むと、吐血した。

しかしロイの怒りは止まらない。

それどころか最近の鬱憤を思い出しては、リザという名のオモチャにぶつけていく。


 二発、三発、四発、以後も蹴り続ける。

何度も何度も蹴り上げられたリザはとうとう気絶してしまった。それでもロイは蹴り続ける。


 もはやリザの力などどうでも良かった。

それよりも自分の欲求を解消する事で一杯だ。


「わかったかぁ!?クソガキ!!

テメェごときオモチャが喚き散らすんじゃねぇよ!!」


 リザはとっくに意識を失っている。

それでも念押しとばかりもう一発叩き込む。


「死ねぇやぁあ!!クソガキィイ!!」


 最後の一撃は特に強烈で、彼女の体が若干宙に浮いた。


 ……はぁ、やりすぎたか?


 ロイはふいに冷静に戻る。


 あまりにもやりすぎてしまった。

このガキは他の人間とは違って優秀な依代、もしくは神を召喚した時の良い供物となる。それなのにこれでは使い物にならない可能性がある。それに死なれるとわざわざここに来た意味がない。生きてこそ道具としての価値があるのだから。


 今のロイの行為はあまりにも矛盾していた。それにいつも穏やかな道化を演じているばかりか、初めて見せた激昂は両隣の部下を震え上がらせていた。だからロイは少し恥じたように、


「よし、連れて行くぞ!!」


 そう言って連れ去っていったのだった。


△△△△


 成果は無し、か。

ジークは両手を頭に乗せて家に帰る。


 結局、それらしき情報は得られなかった。

行く家行く家、そんな宗教関係者は知らない、または一度追い払ったら家には来なくなった、そう口々に言っていた。


 ただなぜだか留守の家が多かった。

それもお年寄りが住んでいる家が、だ。

これは果たして関係しているのだろうか。


 ジークは鼻息でため息をつく。


 はぁ、もう少し手掛かりがあっても良かったと思うけどなぁ。本当に連中は大人しく手を引いてくれたのか?それだったら良いけど。


 そんなこんなで家の前にたどり着いた。

そこで異変に気付く。


 出かけた時と様子が違った。

それはあくまでも感覚的なものであり、具体的には分からない。ただ、何かがおかしい。不審がったジークはそのまま取っ手を握り、それが気のせいではないことに気が付く。


 なんと施錠されていなかったのだ。


 流石にこれは不用心じゃないか?

リザちゃんだっているのに…。


 そんな事を思いつつ家に入る。


「えっ……」


 そこでおじさんが伏しているのが目に映った。


「ど、どうしたのおじさん!?」


 慌ててかけ寄ると、口元に耳を近づける。

おじさんはひどく弱っていて、動く事すら出来ないようだ。それでも息はある。


「リ、リザちゃんが、さらわれた…」


「本当なの?」


「へ、変なローブを着た3人組が無理やり家に入って来て、俺を吹き飛ばしたんだ。

あ、あっちでカスティアも倒れている。

お、お母さんを助けてくれ…」


 そう言っておじさんは意識を無くす。

慌てて俺はおじさんの首元に手を当てた。


 大丈夫だ、死んでいない。しかし身体中のあちこちを骨折しているようで、内出血を超えて青黒くなっていた。あと少し俺が来るのが遅かったら、事態はもっと悪化していただろう。


 急いで処置を施そうとするが、俺は回復魔法を使えない。あちらにはおばさんも倒れているようだ。彼女もおじさんも、一刻も早く回復しなければ後遺症、もしくは命に関わってしまう。ジークは懸命に考える。


 ……村人に助けを呼ぶか?

いやそれでは人が増えただけで回復魔法は使えない。じゃあどうすれば良い?


 その時、とある事を思い出した。

先日おじさんの倉庫を漁った時にあるものを見つけた事を。


 一か八か、あの手を使うしかない。


 俺は急いで自分の部屋へと向かって例のものを持ってくると、最初におばさんの元へ駆け寄る。俺が持っているのは緑色の液体が入ったガラス容器。


 そう、ポーションだ。そしてそれを振りかける、前に少し逡巡する。


 倉庫に長年放置されていたために使える保証はない。効能だって変化していて、もしかしたら悪影響すら及ぼしかねない。なにせ何十年も暗い場所で眠っていたのだ。無理もないだろう。


 それでも、ここであたふたしていたらおばさんは確実に悪い方向へと進んでいく。


 ここは少しでもポーションに賭けるべきだ。なぜなら先人が残してくれた価値あるもの。ここで使わなくてどうする。


 だから思い切って振りかけた。

すると目に見えるようにおばさんの容態が良い方向へと変化していく。


 青黒い肌はおばさんの元の素肌の色である白に戻っていき、炎症が瞬く間に治癒した。

ジークは思わず感謝する。


 エイラのご先祖様ありがとうございます。

ちょっと前に暗殺者とか言ってごめんなさい。


 するとおばさんが意識を取り戻した。


「ジ、ジークくんありがとう。

ごめんなさいリザちゃんを守れなくて…」


 おばさんは涙を流して謝ってくる。

別に謝る必要はない。全てはあの者どもが原因だ。


「大丈夫、今はゆっくり休んで」


 その時、玄関が開いた。

エイラが帰って来たようだ。


「ただいま。えっ…お父さん!?」


 エイラは急いでおじさんの元に近寄る。


「どうしたの!?しっかり!!」


「エイラっ!俺も今帰って来たところだ」


「ジーク!!」


「お父さんは気絶している。

少しどいてくれ」


 新しくガラス容器を開けると、中の緑の液体をおじさんに振りかける。すると青くなっていた部位がいつもの日焼け肌に戻っていった。


「い、いったいどうしたのこれ!?」


「分からない。

おばさんもあっちで倒れていた」


「お、お母さんも!?」


「うん。それに…リザちゃんが拐われたようだ。多分あの連中が懲りずにこの村や山に留まっている」


「う、うそ。リザちゃんまで……」


 エイラは涙を流す。

 

 エイラ…。


 彼女が泣いているのは珍しかった。

いつも勝ち気で元気いっぱいな彼女だ。

悲しい時は大体無理して笑顔を作る。


 しかし今回は耐えられなかった。

だから彼女を抱きしめる。大丈夫だというように、何も心配はいらないというように。


 今の俺にできることはこれが精一杯だ。


 なんでこんなことになった…。

俺は少しでもこの村のことや人のためを思って動いてたつもりだ。


 そしてあいつらには最大限警告したはずだ。……それなのに、これはどういうことなのだ。



 ――許せない。



 エイラを抱いた右腕に握り拳を作る。

あの連中には警告や反省は効かないようだ。

これは自分の失態。


 ならばその尻拭いは自分でしなければならない。この手で直々に潰しに行こうではないか。

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