組織の誕生

 2人は登山を終えて帰宅した。


「ただいま」


「ただいま~」


「あ、おかえりなさい」


 その声で駆け寄って来たのは一人の少女だった。


 え…?リザちゃん…?


 リザ・ルーン。

金髪碧眼の可愛らしい少女。

自分達より3歳年下で、ここから少し離れた村の北東に住んでいる。


 そんな彼女が俺たちを出迎えてくれた。


「久しぶりだねリザちゃん」


「お~リザちゃんどうしたのー?

お家に用事かな?」


 少し戸惑いながらも2人はいつものように明るく返す。


 するとリザちゃんが、


「実はね、今日からジークお兄ちゃんとエイラお姉ちゃんの家に泊まらせてもらうことになったの」


 少女は少し申し訳なさげにそう言う。

思わず俺は目を点にした。


 ……は?


 それはいったいどういうことだろうか。

別に反対というわけではないが、いきなりの事で少し混乱している。


 リザちゃんはエイラと違って可愛い気があるし、エイラと違って性格も良いので、俺としては大歓迎なのだが、果たしてお家の人はこちらに泊まる事を了承しているのだろうか。


「私は全然構わないよ~。

でもちゃんとお家の人には聞いてきたの?」


 どうやらエイラも同じことを考えていたようだ。


「う、ううん。実は家を飛び出して来たの…」


 え~~。は、反抗期?


 自分の頭からパッとその言葉が浮かんできた。振り返ってみると、12歳といえばちょうど反抗期の時期だったかもしれない。


 自分は前世の記憶を持ったまま生まれてきたので、もちろんそんなのは来なかった。

それに前世においても、反抗期は人より少なかった方だと思う。


 ……そう言ってる奴に限って大抵ひどいものだが。


 まぁそれは置いといて、リザちゃんが反抗期とはかなり意外だ。自分の中で彼女のイメージは、静かで愛らしい純真無垢な少女だと思っていたが、どうやらそうではないのか。


 いや、もしかしたら別の理由があるのかもしれない。ここはどうして家に帰りたくないのか話を聞く方が先決だろう。


「一緒に話聞いてあげる。ほら中に入ろう?」


 そうやって3人はリビングへと向かった。


△△△△


 そこから10分弱は経過しただろうか。俺たちはリザちゃんから事情をつぶさに聞いた。


 そして彼女が家出する原因が分かった。

それと同時に彼女が悪くなかったことも。


 一つ一つ説明していくと、まずリザちゃんは現在祖父母と一緒に暮らしているらしい。

なぜご両親と住んでいないのかというと、リザちゃんの両親は数ヶ月前に失踪しているからだ。その事は村でも騒ぎになったが原因は結局不明のまま。


 そしてそれはリザちゃんの家庭だけではなく、この村全体で行方不明者出ているのだ。自分の幼馴染だって消えた者もいる。


 そしてリザちゃんが家出した理由は、反抗期などではなかった。


 むしろ原因はその祖父母。

おじいちゃんとおばあちゃんにあった。


 どうやらその2人が少し前に謎の宗教に入ったのが発端らしいのだ。そこから何かに取り憑かれたようにその宗教を盲信し、やがては家の物を売っぱらってまで宗教に入り浸っているようだ。


 宗教。そう、勘が良ければもう分かるであろう。まだ断言は出来ないが、彼女の祖父と祖母は今日の謎の宗教と関連があるということだ。


 だとすればリザちゃんの身に危険が迫っていることも想像に難くない。そして何より、この村での失踪騒ぎはあの宗教が絡んでいるということ。


 これは不味い。

由々しき事態だ、すぎる、すぎないか。


 慌てて三回言ってしまった。


 だからあまりにも危険なので、この家で当面の間リザちゃんを保護することになった。

もちろん、リザちゃんの祖父と祖母には言わずに。


 もし彼らに言えば何が起こるか分からない。謎の宗教が行おうとしている復活というものが未知数である以上、祖父母の元に返すのは危険すぎる。


 おじさんとおばさんもそれは分かっているようで、彼女のことを優しく出迎えてくれたようだ。


 それとあの宗教についてだが、おじさんが村長に相談しに行くそうだ。


 ……しかしあまり期待はできない。あの武装集団ともとれる宗教団体をこの村だけで追い払えるイメージが浮かばないのだ。それどころか村の信者があちらにつく可能性がある。


 そうなってしまえば村の崩壊は免れない。それだけは絶対に避けなければならないのだ。


 では別の手段と言われると、領主に助けを懇願するぐらいだろうか。直接会った事はないが領主は人格者らしく、ほぼ確実に助けを送ってくれるだろう。


 しかしそれでは別の問題が発生する。

この村に兵を送ってくれるまで時間がかかり過ぎるのだ。それに加えてこの国に王国のような強兵がいないので連中に勝てるかも不明である。


 圧倒的な個は群を圧倒する。

もし大御神様とやらが復活すればこの小国に勝算すらあるのか不明だ。

つまりこの村の存続はまさに瀬戸際という言葉が似合っている。


 ……ただ、そうはさせない。

まだ駆け出しだが自分は禁術師、そんな俺たちに喧嘩を売った事を後悔させてやる。


 馬鹿げた事かもしれないが、この問題を解決させるには自分達が動くしかない。

それにこれは禁術師としてのデビュー戦だ。

自分の力を測っておくには良い機会である。


△△△△


 そして翌朝。

今日はリザちゃんとエイラ、俺の3人で農作業の手伝いをしていた。


「しっかしリザちゃんは早いね~」


 今はブルーベリーの収穫をしている最中だ。巨大な畑に等間隔にブルーベリーの木が植えられている。そこから実を摘み取っていくのだ。


 リザちゃんはこの村の出身なだけあって、動きは早い。そして実を傷つけてないように、手早いながらもしっかりと丁寧に摘み取っている。


「なぁ」


 俺は隣でブルーベリーを収穫しているエイラに話しかける。


「どうしたの?」


「今日の夜、空いてるか?」


「ええ」


「今夜の10時から俺の部屋に来い」


「ど、どういうこと?」


「少し大事な話がある。絶対に来るんだぞ」


 そう言ってジークは少し遠くのブルーベリーの木へ移動した。


 ――な、何あいつ//。

私を夜に呼んで何をする気なの?//


 思わずエイラの顔はボワッと赤くなる。


 この村、この国での成人は17歳。


 私とジークはもう大人といって遜色が無いほどに身体と精神が成長している。それこそ同年で夜の……営みをしている子だって村にいるだろう。


 こんな事を言うのは恥ずかしいが、私はそんな事を最近うっすらと妄想している。別にジークの部屋、私の部屋に誘ったり誘われたりするのは珍しくない。それでもそういうことを意識する年代なのだ。


 だからエイラはそんなことをされる被害妄想をして、顔を赤らめたと言う訳である。


 一方、その頃ジークはというと。


 ……あいつの顔が少しおかしかったな。

なんていうか俺の部屋に来いと言った瞬間、あいつの顔が赤くなった。なんかよく分からないけど怒らせちゃったかな?それともなんか恥ずかしいことでも思い出したんかな?


 よくは分からないが今日の夜は記念すべき日になる事には間違いない。


 そんな事を考えてブルーベリーを摘んでいく。


 ちなみにそのあと顔を合わせるたびにエイラは顔を赤くしていた。こちらがなんなのか尋ねると「何もないわよ……//」との一点張りでなぜか必ず照れていた。


 おかげでリザちゃんとの夕食もなぜか気まずくなってしまった。


 ――なんなんだあいつ……。


 その夜。

 

 エイラは物音を立てないようにジークの部屋の前で立ち止まる。


 わ、私がこの部屋に入ったら……//


 エイラはよくわからない妄想をしていた。


 ノックしようと手を出すが急に下げる。

そんな動作を繰り返す。


 しかし彼女は意を決したように、ノックをした。


 コンコンコン…。


「は、入るね」


 ドアを開けた瞬間、エイラは再び立ち止まる。今度は彼女のせいではない。部屋が真っ暗だったのだ。廊下の光によって微かに部屋の中が少し照らされるものの、様子はよく分からない。


「さぁ入れ。そして座れ」


 暗闇からジークの声が聞こえる。


「し、失礼します」


 暗闇の中で懸命に椅子を探し、エイラが座る。と同時にジークは指を鳴らした。

その瞬間、部屋に明かりが灯る。


 気付けば2人は対面になるように椅子に座っていた。その間には普段置かれてない長テーブルが置かれている。


「やぁ、よく来てくれたエイラ。

今日は記念すべき闇の会議1回目だ」


「な、何を言っているの?」


「単刀直入に言おう。

お前はこの闇の組織、ブラック・ヴァルキリーの1人目の組員だ。ちなみに俺はこの組織の創立者、蒼翠そうすいのフェンリル。以後、組織ではこの名前で呼ぶように」


 ジークは思わず顔をにやけさせる。


 はっはっはっ。

これが今まで考えていた俺の組織だ。

  

 闇の会議。この組織はこれから世界を席巻するようになるだろう。今日はその記念すべき誕生、そして初めての会議。


 今は小さな一歩かもしれないが、未来の俺は必ず大きな一歩と呼んでいるだろう。


「はっはっはっ!!」


 ジークはご機嫌に笑う。

それをエイラは拍子抜けというような表情で呆れながら見ていた。


「――私を呼び出したのはこのためなの?」


「そうだ。そしてこれから会議に移る。

話の内容は言わずもがな、謎の宗教についてだ」


「………」


「現在、謎の連中が我が村で布教している。

いつからこんなことをしていたのかは謎だが、奴らを止める必要がある。連中は近日中に復活の儀式をするだろう。それこそ明日かもしれない」


 ジークは話を続ける。


「ここの村人だって影響が出るはずだ。

村長に言うにしても力不足、領主の助けを仰ごうにも時間不足。そこで我々が止めるのだ。我々に歯向かう組織の連中を全て始末し、この村を安全に保つ必要がある。私から言いたいのは以上だ。エイラ、何か発言は?」


「えっ、な、無いわ」


「だったら会議はこれにて終了する。

それとこの会議で話したことは全て他言無用。もしそれを破った者は不幸な目に遭うとだけ言っておこう」


 最後に。


「今後私の右腕になるお前は非常に信頼している。しかしこんな組織に入りたくない、気持ち悪いというのなら辞めて貰って構わない」


 ただ。


「そうなればいつかこの村を旅立つ時に、お前は連れて行けない。この組織はあくまでも極秘だからである。部外者は関わっていけないということだ」


 それでも。


「この組織に入る気はあるか?」


 エイラは途中まで馬鹿馬鹿しいと思っていた。しかし、ジークの目が笑っていなかった。だから彼女も真剣になる。 


 私とジークが一緒に旅をする?

その前に……ジークはこの村を旅立つの?


 ジークと故郷が天秤にかかっている。


 私は村が好きだ。ここはかけがえのない故郷。両親は優しいし、村のみんなが一丸となって団結している。決して裕福ではないかもしれないが毎日が充実しているのだ。



 ――ただ、それ以上に。




 ジークの事が好きだ。




 ジークとは生まれた日も近いし、いつも一緒にいた。彼のいない生活なんて考えられない。もしここで「私は組織に入らない。私はこの故郷に残る」と言えば、一生後悔するだろう。


 少しでも後悔のない人生を歩きたい。

そしてなによりも……彼の隣で歩いて行きたい。



 ――だから。



「入らせてもらうわ。

あなたの右腕として、側で支え続けさせてもらいたいの」


「よかろう。

では今日からお前はこの組織のNO.2である。

これからもよろしく頼むぞ」


「分かったわ。

これからよろしくね、蒼翠のフェンリル様」


 エイラは満面の笑みを作ったのだった。


△△△△


 会議が終わってエイラは退出する。

ランプが付いているとはいえ、薄暗い部屋の中である。それでも重厚な椅子に腰を下ろしたジークの表情はご満悦だと誰が見ても分かるだろう。


 ……完璧だ。この組織はやがて世界を覆い尽くし、永久不滅に続いていくことになるだろう。


 途中で危ない場面が1つあった。

それはこの組織に入るかエイラに聞いた時、入らないなら置いていくと言ったところだ。


 もしあそこでエイラが「はい行きません」と言っていたらおじさんとの約束が破綻する。彼女がYESかNOかどちらかを言ったとしても、彼女を連れていくとことは必ずYESになってしまうのだ。


 だがそんな危ない場面も突破した。

人のみでならず危険な状況すらも超えた今の自分は、もはや闇の強者そのものなのだ。


「はっはっはっ!」


 エイラの決心とは裏腹に、誰もいなくなった部屋でジークは両手を広げていくのであった。

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