不気味な宣教師

 デビルウルフとの戦闘から2日後。

ジークは部屋にこもって魔術書の勉強と、とある実験を試みていた。


 ……ふむふむ、なるほど。


 火属性は木属性に強くて、木属性は水属性に強く、水属性は火属性に強い、か。


 ここらへんはゲームだったり現実と全く一緒だな。なんだっけ…確か難しく言うと陰陽五行説だっけ?


 陰陽五行説とは、古代に生まれた思想である。この世には主に五つの属性があると考えられている、それは火、水、木、土、金の五つ。これらが集まって五行と言われる。


 これに陰陽、つまり光と闇を加えて陰陽五行という。陰陽五行には先ほど言った通り相性がある。


 火は、金に強く、水に弱い。

 水は、火に強く、土に弱い。

 木は、土に強く、金に弱い。

 土は、水に強く、木に弱い。

 金は、木に強く、火に弱い。


 そして陰陽の二つである光と闇は均衡を保っている。光は闇に強いが同時に闇に弱く、闇は光に強いが同時に光に弱い。


 といったように相性があるのだ。

この本によるとこの世界の理も、元いた地球と同じようなものなのかもしれない。


 唯一、魔術書と陰陽五行説の違った点は火と木の関係だ。こちらの魔術書には木の弱点は火である、と書かれているが五行説にそんな事は載っていない。


 ジークは考える。


 だけど普通に考えれば木は火に弱いし、火は木に強いよな。だって現実世界でも木々がいっぱい生えている山でたびたび火事になるし…。それって木が燃える事で火が大きくなるって事だもんな。


 そう考えると大体の相性は同じか?

多分だけど。


 ただこの本には土属性と金属性、光属性、闇属性の記載が無い。そしてもしこの本が魔法の全てならば、この世界に土属性と金属性、そして光属性があるとは限らないのだ。


 闇属性は既に確認済み。2日前のデビルウルフと戦った際に左手を突き出した時、闇属性魔法が発動したからである。あれから帰って念じてみたら、やはり出てきた。


 ならば残りの三属性だ。試しに念じてみたが、闇属性のようには発生しなかった。


 この結果による答えはどちらかの二つ。


 一つ目は、現時点でのジークは使えない。

これならばまだ救いようがある。誰かに教えてもらったり、それに関する本さえ手に入れさえすれば、自力で使えるようになるかもしれない。


 二つ目はあまり考えたくは無い。この世界にそもそも存在しないという可能性だ。こればっかりはどうしようもない。無いものねだりをしたところで突然使えるわけじゃない。


 とはいえ自分は禁術に憧れているだけで、この三つがなくとも別に影響はないが。


 土属性など何に使うか正直分からない。

土木作業とか泥遊びに使うのか?

ちょっと楽しそう。


 金属性は……正直、ちょっとカッコいい。

剣など創り出せれれば最高だし、身体に金属を纏わせて、武○色なんかもできるかもしれない。だいぶカッコいい。


 光属性はもってのほかだ。自分がなりたいのは禁術使いなのであって、光を扱う勇者や賢者などでは無い。


 光と闇の両方使えます!

一見すると見栄えはいいかもしれないが、せっかくなら一つを極めたい自分の考えに相反する。器用貧乏はもってのほかだ。


 とにかく、結局このあたりは訓練して確かめるしか無いだろう。


 それよりも今は実験のことだ。俺はとある計画を練っている。


 魔女が使うような大釜でそれらしいものを煮詰めたり、怪しい召喚儀式を行ったら、強力なアンデッドや悪魔が召喚できるのではないだろうか、と。


 これこそ自分が求める最高の一つである。

召喚した悪魔やアンデッドを使って、怪しい組織と戦うのもかなりありだ。


 ただ一つ断りを言っておくが、自分はただの悪党集団になりたいわけではない。毒を持って毒を制すような悪、つまり必要悪になりたいのだ。ただの悪ではつまらない。


 かといって義賊のようにもっぱら仁義に溢れるようなこともしたくはない。光と闇の均衡、そのどちらをも保ちながら、やりたい放題やらせてもらう。これが自分の、そしてこれから作るであろう組織の基本理念だ。


 ただこんなことを語っていても情報が決定的に足りない。こんな辺鄙な村では何をするにも苦労する。


 そんなことを考えていると、ドアにノック音、それと同時におじさんが入ってもいいかと尋ねてくる。


 どうしたのだろうか?おじさんにしては珍しい。


「いいよ入っても」


「失礼するぞ~。

あれ?ジークまた勉強してたのか?偉いな」


「ありがとうおじさん。でもまだまだ足りないんだ。勉強にしすぎるって事はないよ」


 ジークは円満の笑みでそう言う。とはいえこれはあくまで自分の好きな分野だからだ。もし前世と同じ数学や古典、科学を勉強をしろ、と言われればすぐにへばってしまうだろう。


 そんな実情を知らないおじさんは苦笑いした。


「はっはっは。

俺もそんな事言ってみたかったな。

実はジークに用があってな、今のお前にとっては渡りに船かもしれないが、おじさんの倉庫をお前が気軽に使っていいことになったぞ」


「え!?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


 倉庫を使ってもよいとはどう言う事だろうか!?実はおじさんは古めかしい倉庫を一つ持っているのだが、あの倉庫の中にある宝の山のようなものを使ってもいいと言う事なのだろうか!?


「お前が勉強に励んでいるのは、家族三人が知っている事実だからな。唯一エイラはちょっと嫌な顔してたけど、三人で話し合った結果、倉庫を使わせようって事になったんだ」


 これは利用しない手はない。


「ぜひぜひ使わせて!」


 ジークは興奮のあまりジャックおじさんに詰め寄る。


「お、おぉ…。

そ、そんなに嬉しいとは思わなかったよ」


「ありがとう。じゃあ早速行ってくるね!」


 おじさんの話も聞かないまま、ジークは爆速で倉庫に向かうのであった。


△△△△


 ジークが住んでいるフラン村北東部、とある民家にて。


 この家には70代の老夫婦と若い孫娘が住んでいる。現在その家のリビングには、ソファーに座っている老爺と、暖炉に薪を焚べている老婆の姿があった。


「領主様に渡す年貢は払えそうか?」


 老婆が老爺にそう問いかける。


「厳しいな。もはやこの家の家財全てか土地を明け渡すしかないな」


 老爺の口から出たのは衝撃の一言。

しかし老婆は全く動じない。


「そうかいそうかい。

それでも、イルム様が私たちを救ってくれる。あの方がこうして私たちを見守ってくだされば何も問題はあるまい」


「そうじゃな婆さんよ」


 そう言った老爺は家に飾らたそこら中にある不気味な置物や、壁にかけられたタペストリーを眺める。


 この家に置かれたイルム様の像を集めるために苦労したのは良い思い出だ。代々家宝にしてきた真珠のネックレス、父との思い出の指輪、その全てが今はイルム様の像となってさらに素晴らしくなったのだ。


 中でも自分の息子夫婦を捧げて手に入れたタペストリーはもはやイルム様をこの世に具現化させたかのように美しい。


 息子達もイルム様のタペストリーと交換されてさぞ幸福なことだろう。これほどイルム様の加護に囲まれているのだ。もはや何も心配はする必要はない。


 あとは自分達の孫娘をあの方々に献上すれば完璧だ。


 それなのにあの馬鹿孫と言ったらイルム様が胡散臭い、お前らは騙されている、とイルム様に対する不敬無礼を働いている。

そんな無礼なせがれは一刻も早くあの方々の教えを乞う必要がある。


 もうすぐ儀式も近い。二人は心底安心している。家を無くそうが食糧難になろうが、自分達の子供を供物としようが、すべてイルム様が救ってくれる。


 イルム様がいれば全ての人間は救われるのだ。なんて喜ばしいことだろう。

この村にいるイルム様を知らない者にもすぐにイルム様の素晴らしさ、偉大さを説き伏せたい。


 コンコンコン…。


 二人が妄想に耽っている中、家にノックがされた。


「あの方々だ!」


 二人は大急ぎで玄関に向かう。

そして祈りのポーズ、土下座の体勢を取る。


「失礼致します」


「失礼するぜ」


 この家を訪ねたのは二人の宣教師。

一人は金色の長髪で、細い目が特徴の男。

もう一人は短髪で筋骨隆々、肌が浅黒く焼けた、とても宣教師のローブとは似合わない男。


「おや、お二人とも大御神様に祈りを捧げていて、素晴らしいですね」


「当然でございます。

我らの命も身体もイルム様のものでございます」


「イルム様?大御神様のだろ!?

このクソジジイ!」


 筋骨隆々の男が老爺を蹴り飛ばした。ただでさえひ弱で老いた身体は簡単に吹き飛ぶ。


 普通ならとんでもないことだ。

しかし脇にいる老婆は「ありがとうありがとう」と感謝をしていた。


 ……どこかおかしい。


「まぁまぁよしなさい、ライアン。神の祝福をするにはまだ彼らには徳が足りませんから」


 その後。二人は家に入り、老夫婦が出したテーブルに着いていた。


「……これで、一通り儀式についての説明は終わりです。それと最後に貴方達にしてもらいたいことは、この家の家財すべてを差し出して娘をよこしなさい。それだけで貴方達は救われます」


 細長い目の男は慈母のような微笑みを浮かべてそう言う。


「早く娘をよこせ。俺たちがたっぷり可愛がって、いや啓蒙けいもうしてやる」


 神の教えを説法するだけだというのに、短髪の男は一瞬だけとても卑しい顔つきになった。彼は一体何を考えているのだろうか。


 それよりも、と。

細長い目の男は話に補足を入れる。


「あの娘には何か特別な力が宿っているようですね。それこそ儀式の際に用いればとてつもないことが起こるかもしれません」


「いいか、あの娘は絶対用意させとけよ?」


「……まさか孫娘にそんな力があったとは……」


「うるせぇ!!テメェは俺の言葉に二つ返事で頷いとけばいいんだよ!」


 老爺が再び暴力を振るわれる。今度は蹴りではなく殴りだ。ガタイのいい男の拳はそれだけで老爺を吹っ飛ばすには十分だった。


「おいおい、よしなさいライアン。

これ以上やりすぎては儀式の道具が減ってしまいますよ?」


「おっと、そうだな悪い」


「ふふっ。分かれば良いのです。

ではこれにて失礼、私たちも儀式で大忙しですからね」


 彼らは素早くこの部屋から退出していった。


 この家の住人も家を訪ねてきた宣教師も、どこかがおかしい。それが分かるのはもう少し後のことだった。

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