ハズレの転生先

「ジーク起きてる〜?」


「……うん。起きてる…」


「今日は麦を刈る日なんだからね〜。

ママも心配してたよ、最近ジークくんが眠そうにしてるって」


「はいはい、分かった分かった」


 ジークは彼女を適当にあしらって布団をかぶり直した。毎朝の恒例行事である。


「って……。

全然起きる気ないじゃない!」


 幼馴染のエイラが部屋にドスドスと入ってくる。これはいつもと違う、予想外の出来事。ジークは思わず顰めっ面をした。


 ……もう朝から勘弁してくれよ。こちらとら夜遅くまで魔術の勉強で眠いんだから…。


 そんなことを考えていると、とあることを思い出した。


 っ……やべ!!魔術書しまい忘れた!魔術書はどこだ、早く隠さないと!!


 ジークは布団から飛び起きるように起床して、慌てて机の方へ向かう。


 しかし彼女の方が早かった。そして最悪なことに机に置かれた魔術書を見られてしまう。


「ん?何これ?魔法使いへの道?」


「いや違うんだエイラ、話を聞いてくれ!」


「これ…お父さんの倉庫にあった本でしょ?」


 彼女の目つきが途端に鋭くなった。


「そ、それはそうなんだけど、これには事情があって…」


 しかしそこは問答無用。彼女に机の魔術書を強奪される。そして絶対に渡すまいと、両手で抱き締めるようにジークから守る。


 あ、詰んだ…。


「どんな事情?」


「えっ、えーっと…」


 いくら考えても寝起きプラス危機的な状況の相乗効果によって、これと言った言い訳が脳内に浮かび上がらない。ジークの頭は無駄に空回りするだけだった。


「いいからこれは没収させてもらいます!」


 そしてジークの腕は拒絶された。彼女はクイックターンのごとき素早さで180度回転すると、部屋から出ていってしまった。


「終わった…」


 微かな希望が絶望へと変わった。数十秒の間、土下座をするように項垂れ込む。しかしこんな事をしても、何も変わるわけがないのだが。


△△△△


 とりあえず、自己紹介をしておこう。


 俺の名前はジーク・スティン。とある寂れた村の十五歳の少年だ。


 俺は前世の記憶がある。

前世は地球という惑星に住んでいて日本という国に住んでいた。前世での名前は石田圭。


 高校生の時に交通事故で死んでしまって、気が付いたらこのよくわけの分からない村に転生してしまっていた。


 とはいえ俺はせっかく転生したのだから、この世界でやりたいことがある。それは魔法使いになることだ。


 それもただの魔法使いではない。世界から忌み嫌われるような禁術や闇魔法、妖術を極めて、世界を支配もしなければ救済するわけでもなく、ただ好き勝手に暮らしたいのだ。


 ラノベとかマンガであるように、転生したら神様や女神様に魔王を倒してくれ、なんてことは言われなかった。自分にチートスキルがあるのかもわからない。


 それでも、前世の俺はそんな妄想ばかりして生きてきたのだ。だから少なくともこの世界に来れてよかったのかもしれない。


 とにかく今できることといえば、魔法使いになるための前準備である本を読み、ひたすら知識や魔術を学ぶことだけ。そしたら先ほど、幼馴染に本を没収されたというわけだ。


△△△△


 ジークは自分の部屋で身支度をすると、家族が朝食を食べているリビングへと向かった。


「おはよう」


「おはようございます」


「あらおはよう」


「おはようございます」


「おはようジーク」


「“あぁ"おはよう」


 ジャックおじさんとカスティアおばさん、そして幼馴染であり家族のエイラが先に朝食を食べていた。


 ジークはあえて身体を重そうにして、テーブルの席に着く。


 普段はこんなことしないが、隣の奴のせいなのだ。おじさんとおばさん、態度が悪そうに見えたら許してやってください。隣の女が私から魔術書を奪ったせいなのです。


 右隣のエイラを睨みつける。


 しかしあいつはこちらをチラッと一瞥して、何もなかったかのように食事に戻った。


 クソ!エイラのやつ!


 半ばヤケクソになりながらも食事を始める。今日の朝食はパンとスープ、そしてサラダである。


 一口食べ、二口食べる。やはりおばさんの料理は美味しい。


 唐突ながら俺はこの家の子供じゃない。今から2年前、父さんが亡くなった。それで身寄りのなかった俺は、幼馴染のこの家に引き取ってもらったというわけだ。


「ジークは魔法が好きなんだな」


 何気ないようにジャックおじさんが言う。


 ギクッ。


 やはり隣の女はおじさんに本のことをチクッたようだ。これはまずい、なんとか言い訳をしなくては。


 この家はそんなに裕福ではない。だから魔術師などなれるわけがないのだ。


 この世界において、魔法使いとは金持ちの家がなるような職業だ。魔法を習うにも出張の魔法使いを呼んだり、高価な道具、本などを買って学ばなければならない。


 この家にそんな余裕など到底なく、今は毎日の農作業で必死なのだ。だから魔術師を目指そうものなら、最悪追い出されるかもしれない。


「い、いえ。そんなことないよおじさん。

ただ魔法が多少できたら農作業の助けになるんじゃないかなって思って」


「そんな謙遜しなくていいんだぞ。

ジーク、お前はもうわたし達の子だ。もう成人になるのも近い、なりたいものは、はっきりなりたいと言わなくてはな」


 おじさんの発言におばさんも笑顔をむけてうなづいてくれる。おじさん、おばさんといってもまだ年齢的には若いが。


 あれっ…?これいけるんじゃない?

合法的に魔法を学んでもいいんじゃない?


 もしかしたら、二人は俺が魔法を学ぶのについてそこまで反対じゃないのかもしれない。もしかするとこれは千載一遇のチャンス。ここで主張しなくては、俺は一生このまま辺鄙な村で農作業をしなくてはいけなくなるかも知れないのだ。


「おじさん、実はお話があります。後で部屋にいってもいいかな…いいでしょうか?」


「どうした改まって?

いいぞ、いつでも来なさい」


「ありがとうございます!」


 変な丁寧口調に思わず三人は戸惑うのであった。


△△△△


 俺はそのあとおじさんの部屋へ行き、自分が魔法使いになりたい胸の内を明かした。

物凄い怒られるかも反対されるかも、と内心ビクビクしていたが、その心配は杞憂に終わった。


 なんとおじさん達は俺が魔法使いになってもいいと言ってくれた。その時は飛び上がりたいほど喜んだし、もうこれでバレないようにコソコソ魔術書を読まなくて済む。結局それが一番嬉しかったかもしれない。


 ただ、条件も言い渡された。一つ目はしっかりこれまでと同様、しっかり農作業の手伝いをすることだ。


 これに関しては別に当たり前だろう。この家に住ませてもらっているのならば、当然の話である。


 二つ目はいつかこの村を旅立つ時に、エイラも連れて行って欲しいとのことだ。


 これについては正直分からない。まずこれはエイラ自身が言ってきたことじゃないし、この家に人手が居なくなることは問題じゃないのか。


 色々思う事はあるが、この問題も当面の間は気にしなくて良い。だって俺はまだこの村を出るわけじゃないからだ。


 今から出たって野垂れ死ぬかもしれない。だからしっかりと魔術のことについて勉強して、なおかつ世界の地理や常識を学んだ後に旅立てば良いわけだ。そうすれば晴れて禁術師としての新しい人生が始まる。

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