第38話 どうしようもないな(アイファ視点)

「……おチビ、お前が熟睡しすぎているせいで、変なこと思い出しちまったじゃねぇか」



 そう言って自虐しても、こいつの返事はない。虚しさと悲しさが増すだけ。



「…………ミッチェル。お前はな、俺にとって金星糖キンセイトウみたいなもんなんだ。小さくて、星みたいに輝いて、それでいて、甘い。いい歳のオヤジが食うには、甘すぎたんだ。


 だが、こんな仕事をしてると糖分が欲しくなる。……お前が、欲しくなる。


 糖分が足りねぇから、最近ミスばっかりだ、どうしてくれんだ。お前のせいだぞ」



 そう言ってミッチェルを見ても、目覚めるわけはない。


 わかっている、わかっているが。らしくもなく喋っていないと、気が沈む。

 


 














  



      

 

「でも、それって、私のせいじゃないですよね?」


















「……え?」


 顔を上げると、ミッチェルの目が開いていた。


「おチビ!」


「ふあぁー、あいたたた、寝過ぎもよくないなー。寝過ぎ頭痛するよー」


 ミッチェルはいつものように欠伸をして体を起こした。

 全く大した奴だ。こんな時でもマイペースだとは。


 俺は急ぎ魔法郵便MPを飛ばした。ナースコールもあるが、魔法郵便MPの方が早い。

 だから、ジェンとドレイユに空中で魔法文字を書き、それを飛ばした。

 『ミッチェルが目を覚ました』、と。


 そして、丸椅子から立ち上がると、ミッチェルを抱き締めた。


「先生っ、痛いです」


「うるせぇ、あとで仕置きしてやるって言っただろ。これはその第一弾だ。だから、黙って抱き締められてろ」


「そんなぁー」


 いい所で、


「ミッチー!」


 医務室のドアが勢いよく開かれ、ドレイユとジェンがやってきた。


「イアリちゃん」


「——ミッチィー!」


「うおっ!」


 そして、ドレイユは俺を突き飛ばすとミッチェルの両肩を掴んだ。


「ミッチー! 本当にミッチーなんだね!? 私わかる!? 会えて嬉しいって感じる!?」


「もちろん。お姉ちゃんみたいに頼りになって、大好きで大親友のイアリ・ドレイユちゃん。なんか久しぶりだねー、また会えて嬉しいよー」


「ゔっ、ゔっ、ゔあ゛ーん! ミッヂィー!」


 ドレイユはミッチェルを抱き締めた。


いってぇな……。こういう時ぐらい、俺に譲るもんだろうがよ」


「ぶあんびっじょにいぶんだがあ! ごういうほびもないもあいまべん! ぎょーぶはぞのがみみばいあがいぞうれもはべへへくだらい!」


「ああ、はいはい。何を言ってるか全然わかんねーから、思う存分おチビを堪能してろ」


「あい!」


「ったく……」


「イアリはね、こう言ってたんだよ。『普段一緒にいるんだから、こういう時も何もありません。教授はその髪みたいな海藻でも食べていてください』って」


「べいはいでふ!」


「『正解です』、だってさ」


「何を言ってるか、わかったらわかったで酷ぇな」


「まぁまぁ、許してやってよアイファ。クロウくんが目を覚まさなくなってから、夜な夜な「ミッチー……」って、泣いていたんだから」


「だっへへんへい! うえのなあのミッヒーはイアイりゃんアイアイ、れんびでねばっはりいうんでふよ!」


「夢の中のミッチェルくんは、『イアリちゃんバイバイ、元気でね』ばっかり言うと」


「あい!」


「ジェン、お前よくわかるな……」


「大切な助手でずっと見てきたからね、それぐらいわかるさ」


「よくそんなクサいこと言えるな」


「好きだからね。アイファも言ってあげたらいいのに」


「……俺はどさくさに紛れて言ったからいいんだよ」


「ふぇ!? ミッヒー、ヒューリャーひょうゆゲッチョできたの!?」


「うん、なんか、本当に、どさくさに紛れて「好きだ」って言われた」


「ゔっ、ゔっ、ゔわぁーん! よがっらねー! ミッヒー!」


「えへへ、ありがとうね、イアリちゃん。ああほら、涙と鼻水すごいことになってるから、フェイスペーパーで涙を拭いて」


「あい!」


「そして、お鼻ちーん」


「ちーん!」


「ははっ、これじゃあどっちが姉だかわかんねーな」


「うん、イアリちゃん、お顔スッキリしたね」


「……ミッチー」


「うん?」


「ミッチー可愛いよーし! ここもあこも可愛いよーし! ミッチー確認よーし!」


 ドレイユはミッチェルの顔や腕をペタペタと触った。


「ミッチー確認って何だよ」


「うん! オール可愛いよーし! では、ミッチー確認もしたので、仕方ないからシューラー教授」


「何だ」


「この場を譲ります!」


 ドレイユはベッドから下りると、ジェンの手を取り医務室を出て行った。


「……場を譲られたら譲られたで、気恥ずかしいな」


「で、ですねっ」


「…………」


 気恥ずかしいが、もう、そんなことを気にしている時ではない。


 いい歳だろうが、情けなかろうが、俺の年齢、そして、こいつの脳のことを考えると、いつ、何が、最後の会話になるかわからない。


 いつ、会えなくなるか、わからない。



 だから……。



「……ミッチェル」


 俺はミッチェルの手を取った。


「はい」


「お前だけは……、俺を置いていくな」


 そして、強く握り、小さな手を額に当てた。


「置いていくわけないじゃないですか。私はあの謎の天才ベビーですよ? どんな状態であっても、不死鳥のように復活してみせますよ!」


「……そうか、そうだな」


 ミッチェルはふへへと笑った。



 このどこから来ているかわからない、根拠のない自信と、ガキっぽい笑顔を見るだけで、何もかもどうでもよくなってくるあたり、俺は本当にどうしようもないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る