第39話 悩む幸せと両親からの贈り物
あれから、医師免許を持つ先生により、脳のレントゲンをまた撮る事になった。
レントゲンを見るなり、先生は。
「——……」
口を開けたまま固まった。
「え!? そんなに酷いんですか!? 私の脳!」
「……いや、逆だ」
「逆?」
「見ろ! おチビ! 奇跡だぞ!」
そう言って嬉しそうに先生が見せてくれたレントゲンには。
「……本当だー」
奇跡が映っていた。
私の脳は、左右対称の大きさになっていた。
「お前の頑張りと、あとは、先輩方がきっと、力を貸してくれたんだな」
「先生が素直に褒めてくれた。これは明日、また脳に異常が出るかもしれないっ」
「……それは冗談でもやめろ」
「すいません……」
深刻な顔で怒られたので、しゅんっと落ち込んだ。
「でも、うん。きっとこれは、両親からの最初で最後のプレゼントだと思うんです」
ロケットペンダントを開いて、両親の写真を見た。
二人共、「その通り!」と、言ってそうないい笑顔だ。
「それ、俺にも見せてくれ」
「はい」
首からペンダントを外すと、先生に手渡した。
「——ああ……、あの時のまんまだ……」
「あの時?」
「“正の確信”だとか、ずるいことを言って、俺に解剖依頼してきた時の、笑顔のまんまだ」
そう言って、先生は嬉しいのに寂しい、そんなぐしゃぐしゃな顔で笑うと、ペンダントを強く握りしめた。
『わっはっは! ずるくて結構!』
ペンダントから、そんなお父さんの声が聞こえた気がした。
それから。
脳の大きさが通常に戻ったことにより、私は以前より、みんなを助ける数式を閃かなくなった。
でも、その代わりに。
「……なぁ、おチビ。この式、俺はどーも違和感があるんだが」
「奇遇ですね、私もです。大まかには合っていると思うんですが」
「何かが違うよな」「何かが違いますよね」
「だぁー! モヤモヤすんなー!」
「『魔法植物全集』持ってきましょうか?」
「おう、頼むわ」
先生と悩む時間が増えた。悩む時間が増えたということは、一緒にいる時間が増えたということ。
これはこれで、幸せだ。
あーでもないこーでもないと二人で言い合ったり、時には考えるのを放棄して二人で研究室でダラダラしたりする。
何でもない、大切な時間が増えた気がする。
そして、あのパンデミックを治めた功績が讃えられ、ラオザム教授が逮捕されたこともあり、ラボの所長から先生とオネット教授に第一研究室に入らないか、というお声がけがあった。
ラボ内のパニックは、先生が町の人を治療しつつ、その都度、新しい事があればオネット教授に
それを読んだオネット教授が、走り回り、まだ無事な教授たちに指示を出していたらしい。
所長もその一人で、先生とオネット教授の、離れていても見事な連携をベタ褒めだった。
そして、そんなこんなで、所長は多分、どうしてもどちらかになってほしいから、ゆっくり考えてほしかったんだと思う。
「ゆっくり考えてくれて構——」
と、言いかけたところで、オネット教授が、
「僕は第一研究室の器ではありません。申し訳ありませんがお断りします」
いつもの爽やかスマイルで所長の言葉を遮った。人間って、こんなにも眉が下がるんだと思ったくらい、がっかりした所長の顔は、申し訳ないけど面白かった。
そして、オネット教授が断ったことにより、視線は全員、先生に集まった。
「あー……」
「面倒くせぇなぁ」、先生はそんな声を出しながら頭をがしがしと、そんなにやると禿げますよ? ってくらい、掻いた。そして。
「いや、申し訳ないですが、俺もお断——」
「アイファが適任だと思います」
「お断りします」と言いかけたんだろうな。それを、オネット教授が鉄壁の爽やかスマイルで遮った。でも、それには、私も激しく同意だったから。
「はい! 私もそう思います!」
と、手を上げた。
さらに、追い打ちをかけるように、イアリちゃんが、
「二人がそう言うなら、そうなんじゃないですかぁー?」
と、ダメ押し。それを聞いた先生は、
「あー……」
また豪快にがっしがしと頭を掻き、面倒くさいオーラを全開にしつつも。
「わかりました。俺でよければお受けします」
渋々快諾。
ぱあぁ。
そんな音が聞こえるくらい、所長の眉は弧を描き、嬉しいキラキラオーラが見えた気がした。
これで、万事解決、と、思いきや。
「クロウくんには、ぜひ! 特別選任教授になってほしいと思っているんだ」
「え……」
パンデミックを何とかできた数式を閃いた私には、“特別選任教授”、なんていう、すごい名前のものを、所長は与えたかったらしい。
そして、これまたゆっくり考えてほしかったんだろうな。
「ゆ——」
と、“ゆ”の字が出た時点で私は、
「お断りします!」
速攻全力お断りした。
これまた、人間ってこんなにも眉と口角が下がるのかというくらい、所長は落ち込んだ。
所長は、私と同じくらいの身長で、70代のつるっぱげおじいちゃんだから、面白いくらい落ち込んだ姿は、可愛かった。
と、思ったのはみんなには内緒。
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