第37話 独白II(アイファ視点)

 歳といえば、いつだったかジェンがこぼしていた。


 ああ、少し前に飲みに誘った時だ。


 あいつは酒に強く、いつも先に俺が潰れちまうが、あの時は珍しく悪酔いしていた。


 バーのカウンターで顔を突っ伏したジェンに、何かあったのかと尋ねたら。


『……イアリと付き合いだしてから、老後のことばかり考えてしまうんだ。こんな職種だから、普段から頭を使うようにはしているが、いつかボケて、イアリが誰だかわからなくなり、寝たきりになって、介護をさせてしまうんじゃないかって。


 そんなことをついこの間、彼女と食事に行った時に零してしまったんだ。酒も入り、周りは若い恋人や同年代の夫婦ばかりだったせいもあると思う。


 介護をさせてしまうくらいなら、迷惑をかけるくらいなら、ぽっくり逝きたい。そして、僕のことは忘れて、新しい恋を、若い恋人を見つけてほしい、って。


 そうしたら、彼女、何て言ったと思う?


 『私はジェン先生が寝たきりになっても、私が誰だかわかんなくなっても、さっきご飯を食べたのに飯はまだかと聞かれても、先生を大好きでいる自信があります。だからっ、そんな悲しいことを言わないでくださいっ……』


 って、泣きながら言ったんだ。


 参ったよ……。


 歳を取るにつれ、凝り固まった考え方しかできなくなってたから、絶対に新しい恋人と次の生活を始めた方が、彼女にとっての幸せだと、ずっと、そう思っていた。


 ……でも、違った。


 老いた僕でも、ずっと一緒にいたいって、言ってくれたんだ。


 歳を取るとさ、失うものばかり増えて、臆病になるよな。

 だから、若いって、眩しいな。もうこれ以上、歳は取りたくないなと、思ったよ』


 と、目に涙を溜めて零していた。


 その時は、酔い潰れたジェンの背中を摩っただけだったが、素面しらふだと実感し、すごく共感する。


 お前の言う通りだったと。



 親子ほど歳が離れているから、俺たちにとっての絶対は、絶対ではない。


 俺だってそうだ。



 素っ気ない態度を取れば、このラボから、そして、俺から離れていくと、ずっとそう思っていた。


 だが、素っ気なくあしらうほど、こいつは俺にひっついて「先生先生」と慕ってきた。


 そこで気づいて受け入れていればっ、支えていればっ……、こんな最悪な事にはならなかった……。



『では逆に言わせてもらいますが! この二十何年! ミッチーの! ミッチェルの何を見ていたんですか! それでも教授ですか!』



 ……全くだ。 



 何のための教授だ、何のために助手にした、こうならないためじゃなかったのか!



 ……つくづく自分が嫌になった。

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