第36話 独白I(アイファ視点)

「……おチビ、今日で無断欠勤二年目だぞ。お前、その内ここをクビになんぞ」


 ミッチェルが倒れ、目を覚まさなくなってから、二年の月日が流れた。


 研究室で寝ているような顔で眠っているから、今にでも跳び起きて、



「うわぁ! 大遅刻だぁ!」



 と、言うんじゃないかと、いつも思ってしまう。





 あの後、ミッチェルを抱き抱え、ドレイユとラボに帰ってきた。


 入り口でラオザムが待ち構えていて、気を失っているミッチェルを見ると、



『バハハハハ! やっぱり脳を酷使して死んだんだなー! ボクぴんをバカにするからこうなるんだ! あーいい気味!』



 と、狂ったように笑いやがった。


 体の奥底から怒りが込み上げ、ぶっ飛ばしてやりたかった。だが、ミッチェルを抱き抱えていたため、できなかった。


 代わりに、



『へぶぎひゃあ!』



 ジェンがぶっ飛ばした。


 普段穏やかなあいつが、あそこまで怒りをあらわにしたのを初めて見た。


 ラオザムは気絶したまま刑務所行きになり、ジェンも魔法警察サツから事情聴取を受けたが、厳重注意ということで帰された。


 ジェンはラボに帰ってくると、殴った手をさすりながら、



『いたたた。暴れん坊のアイファと違って喧嘩慣れしてないから、指の骨をやっちゃったかもしれないよ』



 と、冗談めかして言ってきた。



『誰が暴れん坊だ』



 そう言って笑ったら、張り詰めていた心が少し、緩んだ気がした。


 それがわかったのか、ジェンは安堵したように笑うと、何も言わずに医務室を出て行った。


 俺は本当にいい幼馴染、そして、いい親友を持ったと思う。



 いい親友とはいえば、こいつの、ミッチェルの親友、ドレイユもいい奴だ。


 まず、俺とジェンに頭突きをする度胸がある。


 そして、傷ついても友のために立ち向かう強さがある。



 あの時、ドレイユを傷つけるつもりで言ったわけじゃなかった。


 先輩方を解剖すると決めたのは俺で、ミッチェルを助手にすると決めたのも俺だ。


 だから、俺が一人で抱えて生きていけばいいと、そう、思っていた。


 だが、いい歳のオヤジが抱えていくにはでかすぎた。

 とっくの昔にキャパオーバーしていた。

 どこかで、捌け口を探していたんだ。吐き出せる場所を。


 それが、ミッチェルが倒れた瞬間、ストッパーが外れ、溢れた。



『このラボで出会い過ごした時間がたかが数年のお前が! わかったような口を聞くな!』



 俺がそう言った時の、悲しみに歪んだあいつの顔は今でも鮮明に思い出せる。


 本当に申し訳ない事を言った。


 それでも、真っ向から向かって来た。俺にさらに酷いことを言われたかもしれないのに。


 その強さ、分けてほしかった。



 そして、何より、ミッチェルのことが本当に好きだというのが、伝わってくる。


 ラボで勤めている他の女は、親友だの仲良しだの言うが、実は、腹の探り合いやマウンティングをしているのがよくわかる。


 だが、ドレイユにはそれがない。



『ミッチーと私はラブラブなんだからぁー!』



 本当に、ミッチェルが好きで好きで仕方ないのが、伝わってくる。


 現に、ドレイユといる時のこいつは、本当に楽しそうだ。





 ……妬けちまうほどにな。





 そして、ミッチェル。


 この世界の言葉で、“可能性”という意味だ。


 小さい体に秘めた大きな可能性。


 ……いや、こいつはもう、可能性の枠を飛び出ている。


 ディック先輩やミッチェル風に言うなら、“正の無能”だ。


 能力が無いという意味ではない。


 こいつの才能を持ってすれば、“できないことは無い”という意味だ。


 そして、“止まることを知らない“


 脳を使えば使うほどしんどかろうが、関係ない。自分にしかできないことがあるなら、自分にできることがあるなら、真っ先にそれを選ぶ。


 そういう奴だともっと早く気づいていれば、こんな事にはならなかったはずだ。



『このラボで出会い過ごした時間がたかが数年のお前が! わかったような口を聞くな!』



 ……二十年以上、共にいても気づけないお前が何をほざいている。お前こそわかったような口を聞くな。



 今なら、そう思う。



 歳を取ると、そういう気づきが遅くなる。


 歳は取りたくないもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る