第33話 「必ずまた元気で会おうぜ!」

 町へ着いてみると、酷い惨状だった。



 パンデミックだった。



 中央の噴水広場の周りは、あちこちで焚かれたハシリドイモと両親の皮膚片、それを吸い込んだ人々が、幻覚を見て錯乱し、そして、皮膚が灰色なり硬くなって、筋肉も動かなくなり、呼吸ができずに次々と亡くなっていった人の亡骸ばかり。


 噴水広場を囲むようにある住宅街では、錯乱して泣き叫ぶ人や、二階の窓から恐らく助けを求め亡くなった人の手が出ている。



 両親が感染った伝染病は、ハシリドイモと合わせて焚かれたことにより、毒素の効果が早まり、それにより皮膚が白くなる伝染病は、進行度が速い皮膚が灰色になるものへと、ステージが上がってしまった。


 きっと、これは、先生が開発した薬でも、進行を遅らせる事はできない。



 どうする!?



 悔しいけど、ラオザム教授の言った通りだ。短時間で解毒と伝染病の治療薬の数式を閃くなんて、難問だ。



 どうする!?



 どうする!?



「……いや、違うな。根本から違うんだ」


 二つの式を同時に閃こうとするから難しいんだ。

 複合するんだ!


 一つの式で、二つを解決する式を閃くんだ!


 そんな、それこそ万能薬みたいな薬、閃けるのかな。



 できるかどうかじゃない。



 やるんだ。



「できるよ! ミッチーなら!」


 隣に立つイアリちゃんが涙目で言った。


 きっと、私の脳のことを思い、苦しんで、でも、私のやりたい事を応援したい。そんな、複雑な気持ちなんだろうな。



 ありがとう、イアリちゃん。



 イアリちゃんが親友で、本当によかった。



 大好き。



「イアリちゃんはまだ息がある人を診てきて! 動けそうだったらこっちに来てもらってね! あと、中毒症状の方が強い人は、これを!」


 魔法で注射器を呼び出した。中には透明な液体が入っている。鎮静剤だ。


「わかった!」


「なるべく空気を吸わないように、魔法でマスクしていってね! あと、人に触る時はゴム手してね! あの伝染病は空気感染しない! 人の皮膚から皮膚へと感染るの! だから、先生たちは無事だった!」


「ラジャ!」


 イアリちゃんはゴム手をすると、町の中に消えていった。


「…………」


 複合式とは言ったけど、そうする事でより高度になる。失敗は許されない。


「……そうだ!」


 私は植物オタクの先生のせいで、植物による薬理で人々を助けようとしていた。

 全てを薬で。そう考えるから難しいんだ!


言語魔法シュラーへ! 動物ティア! バイケイオコジョ!」


 口の前で人差し指を交差すると、魔法を唱えた。光るバツ印が口の中に入っていく。


 これでいいんだ!


 一つを解決して、あと一つの式なら! すぐに閃ける!


「キュキュルー!(みんな集合ー!)」


 バイケイオコジョの声で鳴いた。


 薄茶色の体のモフモフした胴が長い生き物が、たくさんこちらに向かってくる。

 バイケイオコジョさんたちだ。


 オコジョさんは、私の前にきれいに整列すると。


「キュ!」


 二本足で立って、可愛い手で敬礼した。


「キュキュ、キュキュル! キュキュ、キュキュ……。キュキュキュ、キュー……(オコジョさんたち、お願いがあるの! 昔に戻って、人間の皮膚を食べてほしい……。こんなこと頼んで、ごめんね……)」


 バイケイオコジョさんは元は肉食だった。だから、オコジョさんにも患者さんにも悪いけど、灰色の皮膚を食べて体内で無毒化してもらう。

 先生の所見によれば、ヒトゲノムのある私たち人間にしか感染らないらしいから!


 でも、その後、擬似的な皮膚を縫合してもらう必要がある。

 オコジョさんたちも魔法は使えるから、一時凌ぎはできると思うけど。だけど、ちゃんと変な拒絶反応を起こさないように、ちゃんと糸で縫ってもらう方がいい。それには……。


「俺の、出番、だな……」


 大好きな声が聞こえ、振り向くと、肩で息をしながら先生がやってきた。


「先生……」


「六十、近い、オヤジを、走らせるとは……。あとで、覚えとけよおチビ……」


「えー、何させる気ですかー?」


「……“わからない”」


「え?」


「俺とお前が合わさったら、何が起きるかわからない。それが、恋なんだろ?」


 先生はオネット教授に負けない爽やかな笑顔をくれた。


「あの式の答え、わかったんですね」


「答え書いといただろうが。お前は俺に甘すぎだ」


「仕方ないじゃないですか。必死なんですよ、先生に振り向いてほしくて」


「……好きだ」


「えぇっ!? 今ここで!?」


 先生を見上げると、頭をがしがしと掻き、頬を赤く染めていた。


「先生先生うるせぇから、その呼び方やめさせたかったんだよ。俺にとっての先生は、お前の両親で。その娘に先生なんて呼ばれたらむず痒くてな」


「じゃあ、教授って呼べばいいんですかー?」


「ちげぇ」


 先生は頬は赤いまま、でも、真剣な瞳で。


「アイファだ」


「——アイファ、先生」


「前と変わらねぇじゃねぇか! まぁいい。おチビ、俺は何をすればいい」


 先生は前を真っ直ぐ見据えた。


「伝染病患者の方に擬似的な皮膚を移植してください。皮膚はバイケイオコジョさんにお願いしました」


「バイケイオコジョか、考えたな」


「私は、なるべく早く、閃きます! このパンデミックを治める数式を!」


「了解!」


 先生は手術道具を持って走り出し、途中で振り返った。


「ミッチェル!」


「はい!」


「この罪は重いからな!」


「はい!?」


「俺にまた、恋をさせた罪だ! 後で絶対! 仕置きしてやる! だから! 必ずまた元気で会おうぜ!」


 そう言ってオネット教授にも負けない爽やかな笑顔を向け手術道具を掲げると、また颯爽と走っていった。

 バイケイオコジョさんも一緒に。


 「死ぬなよ!」じゃなくて、「必ずまた元気で会おうぜ!」


 そこが先生らしく、かっこいい。


「——だから好きなんだよなー。……わかってます。




 ***



 あとがき。


 動物と魔法好きのさがが出てしまった……。

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