第30話 「何バカなことを言ってるんですか」(アイファ視点)

 ラオザムを突き飛ばし、俺たちに背を向けたミッチェルの左手首を掴んだ。


「バカかお前! 死にに行くつもりか!」


「死にに行く?」


 ミッチェルが振り返り、希望に満ちた瞳で見上げてきた。


「何バカなことを言ってるんですか、先生。私はせいを諦めたわけではありませんよ」


「————」


















『生を諦める? 馬鹿を言うな。俺は諦めたわけではない』

















 重なる。















「確かに“脳を酷使して、死ぬ、かもしれない”。“感染うつる、かもしれない”。そうやって怯えていたら、救えるものも救えないんですよ」



















『“感染うつる、かもしれない”“死ぬ、かもしれない”、そうやって怯えていたら、救えるものも救えない』


















 涙で視界がぼやけて、こいつの顔がよく見えない。

















「私は、“プラスのかもしれない”で動くようにしています。“私の普通じゃない脳は、誰かの役に立つ、かもしれない”“多くの人を、救える、かもしれない”、って」






















『だから俺は、“正のかもしれない”で動くようにしている。“助けられる、かもしれない”“治せる、かもしれない”、とな』




















 


 「行くな」と言いたいのに、上手く呼吸ができず声も出ない。


















「それに大丈夫ですよっ、先生っ。私はあの謎の天才ベビーですよ!? “プラスの予測”じゃない! “プラスの確信”です! 私なら二つを治せる数式を閃ける! ってね」

























『いいや。“正のしてくれる”、“正の確信”だ。お前なら、アイファなら、俺たちを解剖し、このやまいの、数式を解いてくれるというな』
















 「行くな」






 それだけ伝えたいのに、たった三文字なのに、言葉を紡げない。こいつの手首を掴む力が弱まる。











「先生はここに残ってくださいね。まだ助けられそうな人を助けてください。どうしても追いかけてきたい場合は、この式を解いてからにしてください」


 ミッチェルは白衣のポケットから魔法ペンで空中に光る文字を書いた。



 アイファ×ミッチェル=?



 と。



「この式がわかったら、追いかけてきてください」


「…………」



 わかる、わけが、なかった。



「ミッチー! 私は行くからね! 来るなって言っても行くから!」


「じゃあイアリちゃん、この答えわかった?」


「もっちろん!」


 ドレイユがミッチェルに耳打ちした。


「うんっ、正解! さすがイアリちゃん!」


簡単よ!」


「じゃあ、行こうか!」


「あいよ!」


「では、先生」


 ミッチェルは、手首から俺の手をそっと離し。


「行ってきます!」


 手を上げ、いつもの笑顔でドレイユと走っていった。


「行、くな……」


 あいつの小さくなる背中を見て、ようやく声が出た。

 だが、もう遅かった。



 声が出て、視界が戻ってきた時には、二人の背中は見えなかった。




***



 あとがき。


 ミッチー! と、思ってくださった方。

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