第27話 「……笑うなよ?」

「“どうしたらいいかわからない”。それでいいんじゃないですか?」


「は……?」


 先生は顔を上げた。


「正しいと思ってやっても、ああすればよかった、こうすればよかった、と、思う事なんて多いですよ」


「…………」


「何が正しいかなんて、後から付いてくるんじゃないでしょうか? 結果を見ないと、いや、結果を見たとしても、わからない時もあると思います」


「…………」


「でも、だから面白いんですよ!」


 私は思わず興奮して、ベッドの上に立ち上がった。


「この世界は数式なんです!」


 両手を広げた。


「答えがあるようでない! 式を導けても答えはすぐに出ない! だから、面白いし無限なんです! 生きるというのは!」


「——……」


 先生は、幻でも見たかのような、驚いた顔をした。


「どうしました?」


「……いや、ジョリー先輩は、お前の母親は、似たような事を言って、俺とジェンを、魔法薬理学に誘ってきたなと、思い出していた」


「そうなんですか?」


 ベッドの上にちょこんと座った。


「ああ……。物理学者を目指していた俺たちに、薬理学は面白い、無限だと延々と語ってきた」


「物理ですかっ、物理も面白いですよね!」


「——それは、ディック先輩が言っていた」


「お父さんがっ」


「ああ……。だから、お前を見てると二人を見ているようで辛い……」


「…………」


「それだけじゃねぇ……。お前を見れない理由はまだある」


「まだあるんですかー?」


 「ぶーぶー」と、頬を膨らませた。


「ああ。……笑うなよ?」


 眉を下げ、上目でそんなことを言うもんだから。


「あははっ! はいっ、今、笑ったので大丈夫です!」


 わざとらしく笑って、腰に手を当て胸を張った。


「——何だそれ」


「ふふっ、もうたくさん笑ったから、何を言われても笑いません、ということです」


 久しぶりに先生の笑顔を見た気がして嬉しかった。


「——俺は、お前に嫉妬していたんだ。お前の才能に」


「…………」


「尊敬する先輩の忘れ形見で、託された命だとわかっていても……。古代人の数式を無邪気に解いたり、悩んでいた数式をひょこっと現れて解いてしまうお前を」


「…………」


「情けねぇだろ? もうすぐ六十になるオヤジが」


「なーんだ。そんな事ですか」


「なんだって、おチビお前っ」


「私なんか毎日嫉妬していますよ。イアリちゃんとオネット教授の仲の良さに。あっ、最近は嫉妬の種が一つ増えましたっ、ビッグボインさんですっ」


「ビッグボインって……、ああ、ミスヴィか」


「ビッグボインで通じるダイナマイトボディ! 恐るべしミスヴィさん! 永遠のライバルだ!」

 

 シュシュッと、肘を曲げたまま下からパンチを突き上げ、アッパーを放った。


「嫉妬しない人間なんて、いないと思いますよ? 美貌財力権力家族、全てを兼ね揃えた大富豪でさえ、恋人の浮気相手が自分より若かった、それだけで殺人をしちゃう世の中なんです。嫉妬するのは当然ですよ」


「…………」


「殺人はどうかと思いますが、嫉妬して悔しいと思う。負けたくないと努力する、それで成長できる、事もある。人によって受け取り方は様々ですが、嫉妬する事は私はみにくくないと思います」


「……お前の頭の中には、人生相談の数式の答えもあるのか?」


「いいえ! 思ったことを言っただけです!」


「——お前は、本当に……、あの二人の娘だな」

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