第22話 「そんな時だった」(ジェン視点)
「……イアリの言う通りだね」
イアリの手をそっとアイファの白衣から離した。
「“負のかもしれない”で動いてはならない。さっき思い出したばかりなのに、どうしてすぐに忘れてしまったんだろうね」
「ホントですよ……」
「でもね、イアリ。こいつには奥さんがいたんだ」
「え……?」
イアリは目を丸くして僕を見た。
「今ほどじゃないが、クロウ先輩の影響で魔法薬理学者になったアイファは、採取と研究に明けくれた。そんなこいつを支えたのが、奥さんだったティレ・ヒカイト助教だった」
「…………」
「運命なのか何なのか。ヒカイト助教と出会ったのも、フィールドワークだった。そこで植物について語り合い、意気投合し、二人はあっという間に惹かれ合って、結婚したんだ」
「…………」
「その時クロウくんをどうしようか迷っていてね。そうしたら、ヒカイト助教は子供好きだったから、挙手して喜んでクロウくんを受け入れ、育ててくれたんだ」
「じゃあ、ミッチーは、シューラー教授の家で育ったんですか」
「うん。ヒカイト助教はラボを退所し、二人の家で待ち、食事など健康面を支えていた。アイファはクロウ先輩を解剖した自責の念にかられ、ラボに篭りっきりだったからね」
「…………」
「でも、今と違って、夜中になってもちゃんと家に帰っていた。だから、ヒカイト助教も夜遅くまで待ち、そして、論文発表の日が近づけばラボにいた経験を活かし、睡眠を削ってアイファを支えた」
「……素敵な奥さんだったんですね」
「うん。お似合いの二人だったよ。僕も二人みたいな夫婦に、そして、ヒカイト助教みたいな奥さんがほしいなと、思っていた。そんな時だった」
***
その日は、アイファの誕生日だった。
いつも以上に研究の速さも増していたから、「今日ばかりはもう帰れ。後は僕がやっておくから」と、残りは引き受けたんだ。
「悪いな。明日、必ず埋め合わせするから」
そう言って、アイファは嬉しそうに帰っていった。
この後の話は、アイファが調子を取り戻してから聞いたから、僕の想像も混じるけど。
急いで帰ったアイファを、クロウくんを、ミッチェルくんを抱いたヒカイト助教が笑顔で迎えてくれる。
はずだった。
走って帰ったアイファを迎えたのは。
「ねー! ねー!」
お腹を空かせて泣いていたクロウくんの声だった。
アイファは急いで寝室に行ったらしい。
「ミッチェル、ティレはどうした」
クロウくんを抱き、あやしながらリビングに行くと。
「——ティレ!」
エプロン姿で倒れていたヒカイト助教だった。
医師でもあるアイファは心肺蘇生など、あらゆるできる事を試した。けど、ヒカイト助教の息は戻らなかった。
過労と心労による、急性心筋梗塞だった。
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