第12話 「頼んだよ」

 そして、何やかんやありつつも、今日は論文発表の日だ。


 大研究広間で教授になりたい助教や、上の研究室に行きたい教授たちが切磋琢磨したものを発表する日。


 まぁ、アイファ先生は今日もきっと。


「先生は、今日も」


「ない」


「ですよねー」


 地位とかにこれっぽっちも興味のない、植物オタクさん。でも、新種の植物の発見、薬の副作用の治験など、自らの体で試して成果を上げているから、ずっと第二研究室にいられる。


 そう、決して! 万年二番手に甘んじているわけではない!


「今日は、ボクぴんのすごい新薬を発表するよぉ!」


「…………」


 どこかのボクぴん教授が、助手をこき使っているせいで、仕方なく! 第二研究室にずっといるだけ!


 そのボクぴん教授の助手さんは、なんかふらふらしているし、顔も痩せこけて明らかに心労がたたっているのに、気づいてもらえていない。


「これぞ! いつかの謎ベビーが解明した万能薬! ついにボクぴんは作り上げたんだぁー!」


 「おぉー!」と、歓声はあがったけど。その謎ベビーは私だし、万能薬に必要な植物は絶滅していて、作るのは不可能だって、助手になった時に先生は教えてくれたし。


 そして、先生はこうも言っていた。



『万能薬なんざ、ない方がいい。病も怪我もする、辛いがそこから学ぶこともある。それが人間だ』



 私はすごく共感して、やっぱり先生はすごいな、かっこいいな、と惚れ直したのだから。


 だから、万能薬なんてない方がいいし、そもそも作るのは不可能なのに。それを、作った?


 数式を書くまでもない。


 あれは、あの薬は、毒薬だと言うのが一目でわかる。


 あんな赤い色の薬、害でしかない。


「さぁ! 飲んでみんなに披露してぇ!」


「は、はい……」


 ボードの前に立っているボクぴん教授は、助手さんに赤い液体が入ったビーカーを渡した。


 やっぱり、自分では治験しないんだ。

 先生なら、アイファ先生なら、新薬の治験は自分でする。そのせいで死にかけて、何度も泣きそうになったけど。


 そして、効果がわかり、改良したりしてから、私に渡すんだ。


 だから、あんなことは絶対にしない。


「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。……んん!」


 助手さんは大きく深呼吸すると、ビーカーを両手で持って新薬を飲み干した。

 すると。


「がっ!? ばっ!?」


 助手さんはビーカーを床にパリンッと落とした。そして。


「うわぁ! 来るなぁ!」


 体を大きく捻り、手を左右に振り、大袈裟な程、怯えて周りを払った。


「ど、どうしたんだね!?」


 ラオザム教授が助手さんに近づこうとすると。


「来るなぁ! 消えろぉ! 虫人間!」


「む、虫!?」


 ラオザム教授に虫はついていない。そして、助手さんの目の焦点が合っていない。


 これは、錯乱さくらんしている。幻覚が見えているんだ。


 中毒症状の一つだ。


「虫! 来るな! うわぁ! 体を食べるな! 離れ——」


 助手さんは突然で固まり。


「だだだだだだだだだだだだだだだだだだ」


 痙攣けいれんし始めた。そして、そのまま真っ直ぐ前に倒れた。


 これはヤバい。早く解毒しないと死んでしまう!


「ラオザム教授、あなたが考えた数式を書いてください」


「いや、でも、ボクぴんの数式に間違いは——」


「いいから早く!」


「はひぃ!」


 ラオザム教授は震える手でボードに数式を書き始めた。それを目で追って頭に叩き込む。

 目で追っていると。


「ミッチー」


 イアリちゃんが後ろに来て。


「頼んだよ」


 私の両肩に手を置き力を込めた。


「任せて! 私に解けない数式は、ないんだから!」

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