第4話

(なによ、頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないのッ!)

 エリナは路面電車の小さな車体に揺られながら、先ほどまでのやり取りを思い出していた。

 ホワイト・エリオン族の駅員は、一応、職務を全うしてくれた。

 まあ、自分で調べろと、路線図を渡してきたぐらいだが――

(やっぱり、忠告通り、ホワイト・エリオン族には関わらないほうがいいか……)

 結局、駅員は頭ごなしに「無理だ」と連発してばかりで、話にならなかった。だが、彼女はここまで来た以上は引き下がるわけにはいかなかった。

 なぜなら……

「お客さん、間もなくD地区42番街西口ですよ」

「あっ、ありがとうございます」

 路面電車の車掌は、ヒューリアン族の女性だった。自分とは違い色白のきれいなお姉さんだ。

 そして、あの駅員とのやり取りを見ていたようで、エリナに優しく声をかけてきた。

 路面電車が電停に着くと、彼女は身の回りのモノが入っている小さなカバンと一緒に降りた。

「ここが、D地区42番街」

 目の前には舗装されていない大きな道が一本。

 その両側に石やコンクリート出てきた頑丈な建物が建っている。高い建物でも3階建て程度しかなく、少々閑散とした感じだ。

 そして、海水の臭いが鼻につく。それに機械油の臭い。右手の建物は、すべて海に隣接しているようである。建物の間からのぞいてみると、そこには大きな桟橋がいくつも海に突き出していた。

「桟橋屋ってみんな言っているけど、このことなのね」

 桟橋には飛行機……いわゆる水上飛行機が、何機も接岸されていた。

 ちなみに桟橋屋というのは、飛行機の整備や補給を行ってくれる店のことだ。飛行機を接岸するための桟橋を所有しているため、そう呼ばれているのである。当初は有料で飛行機を停留させる程度であったが、客引きなどの店の競争でいくつものサービスを提供することになった。整備補給もしかり、宿屋や仕事の口利きなどなど……。

 彼女の目的地『タイプ・ゼロ』はその桟橋屋の一軒であった。

「――あそこねって……」

 桟橋屋タイプ・ゼロを見つけたのはいいが、エリナは歩みを止めた。

 他の桟橋屋とは違い、丸太を組み立てたようなバンガロー風の店舗に驚いた……訳ではない。その店先に仁王立ちしている人物に躊躇ちゆうちよしたのだ。

(――ホワイト・エリオンだ……)

 そう、そこにはホワイト・エリオン族の女性が立っていた。

 先ほどの駅員とのやり取りを考えると、関わりたくないと思っていた種族の人だ。

 しかも無言の怒りのようにモノを感じさせる。腕組みをして、無表情のまま……。

「――おそい……」

 エリナがまた一言も言っていない。

 ただ、目の前に立っただけで、その女性は呟いた。

 店の入り口、デッキ部分に立っている所為で、エリナからは見上げる形となる。

 切れ長の若草色の瞳。透き通るようなのはこんな感じなのだ、と思われる白い肌。キラキラ輝く短い銀髪。すらりとした長身の美人なのだが、違和感がある。

 身なりかどこかおかしい。

 ドレスやスーツが似合いそうなその人は、油で汚れた作業着を着ていたのだ。

「こっち……」

「あっ、あのぉ~」

 有無も言わさずに、彼女は店の中に消えていった。

(何なのよ?)

 エリナは全く意味が分からず、誘われるかのように店の中に入っていくしかなかった。


 桟橋屋タイプ・ゼロに入ったのはいいが薄暗い。

 昼間のはずだが、足下もよく見えないぐらいだ。

 それよりも何だろう。エリナは口と鼻を押さえた。なんか妙な臭いがする。

(なんだかパブみたい……)

 少し目が慣れてきたので周りを見回す、と大きめの丸テーブルが並んでいる。奥には酒場にあるようなカウンターがあった。だが、テーブルの上には乱雑に紙の束や本、何か良く解らない機械が載せられていた。挙げ句に明かり取り用の窓は、すべて鎧戸よろいどが下ろされていたのだ。それはまるで、廃業した食堂のように見えてくる。

 そして……。

「うッ!」

 カウンターの横に白いものが立っていた。

(オバケ?)

 一瞬ドキッとしたが、よく見れば先ほどのホワイト・エリオン族の女性だ。

 無表情のまま、エリナのほうをじっと見ている。

 さすがに、周りの状況から幽霊か何かに見間違ってもおかしくはない。

「あっ、あのぉ~……」

 恐る恐るエリナは声を出した。

 と、その女性はスーッと、ある場所を指さした。

「そこに道具が入ってるから……」

「えッ?」

 指さしたほう……振り返ってみると、部屋の角に大きな掃除道具入れロッカーが置かれていた。

「よろしく……」

 ホワイト・エリオン族の女性は、そう呟くと、後ろのドアを開けて奥に消えていってしまったのだ。

「よろしくって、あのぉ~……」

 エリナは訳が分からない。

 会って早々、名のりもしない、ましてや何かを指示しているようなのだが見当も付かない。

 ともかく、彼女はその女性を追いかけることにした。


 女性が出て行ったドアを開けると、そこから店の裏手に出た。

「どこ行っちゃたんだろう?」

 バンガロー風の母屋とは打って変わって、灰色のトタンが打ち付けられたカマボコ形の建物が二つ並んでいた。

 そして、右手の建物のドアが若干開いている。

 ここに女性は入っていったのだろうか?

 エリナは恐る恐るドアを開け、中に入った。

 こちらは打って変わって明るい室内。前方を見れば壁の一部が大きく開かれており、海とそこに突き出した桟橋が目に入ったが……彼女はそれどころではなかった。

 室内のほとんど占めている巨大な黒い塊から目が離せなくなった。

「あッ!」

 思わず声を上げてしまった。

 何せ、そこにはあこがれていた飛行機が置かれてあったのだ。

 置かれていた建物の中央。後ろから見ただけだが、巨大な垂直翼がそびえ立っていた。10メートル近くある主翼に、エンジンが片側1基、合計2基の巨大なエンジン。その下には、機体を支え、水上に浮かせるためのフロートが2つ。黒く塗られた機体は、無言の威圧感を放ち、見ているだけで武者震いのような鳥肌が立つ。

(自分の乗っていたのとは大違いね……)

 誘われるように、彼女は水平尾翼に手を伸ばそうとした。

「そこ、さわらない――」

「えッ!?」

 突然、後ろから声をかけられてビックリした。

 そして振り返ってみたら、あのホワイト・エリオン族の女性だ。

「掃除は?」

 淡々と女性は口にした。

「掃除……ですか?」

 不機嫌そうな目つきで、エリナを見つめている。

 それよりも、この女性には全く気配がなかった。それに切れ長の目、真っ白な顔は、不気味に見えてきた。

「早くッ――」

「はっ、はいッ!」

 エリナの返事にその人が、わずかに微笑む。

 その瞬間、背筋が凍るような感触が走った。

 最後の一撃とも呼ぶべきものか。満足するかのごとく、その女性は足下からスーッと消えていってしまったのだ。まるで最初からいなかったかのように……。

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