第3話
エリナが降り立った北・ヨークタウン駅。
街の最北端に位置したターミナル駅で、コンクリート製の巨大な駅舎は、街の表玄関として威厳に満ちていた。やたらに広い駅前広場。その中央には、巨大な日時計があり、その周りにはいろいろな花が植えられていた。
そして、肝心な市内へ便はいいようで、改札口を出ると左手に路面電車の電停が、右手にはバスターミナルが備わっている。
初夏の昼下がり……列車からの客が各々で散らばってしまうと、駅前は静かなものだ。
先ほど列車の中で話しかけたレジスターも、
彼女はひとり、駅の入り口の巨大な柱にもたれかかり
(遅いな……)
待ち人が一向に現れない……。
駅の時計を確認したが、約束の時間から30分近くも
今日は、太陽はぽかぽかと頭の上。目を閉じると少し眠たくなってくる。
ふと、空を見上げる爆音が聞こえてきた。
「――飛行機。あんなのに乗れたらいいな……」
ギラリと翼の端が光る、全金属のフロート付きの飛行機だ。
民間機やホーネットの使っている航空機のほとんどがいわゆる水上飛行機ばかり。
案の定、星が落ちたおかげで、水辺には苦労しない。だが、フロートが付いているおかげで、どうしても重量がかさみ、空気抵抗も増えてスピードが落ちてしまう。
それは、同じ機体を使っている軍隊からしたら、好都合にもなった。
民間……強いてはホーネット達の
しかし、便利さから、そして主とする敵ドラグーンが、そこまでスピードを必要としないことから、不便とは思われていなかった。
(何か飲んで待っていようかな……)
横目でちらりと見たのは、駅前広場の片隅を利用したオープンカフェだ。
カラフルなパラソルが幾つも並んでいる。
待ち合わせ客を
そこで待っていても良かったのだが、彼女はひとりわざと目立つように、駅前にいることにした。
何せ、手紙のやり取りのみであったので、待ち人とは写真でしか――それも20年ほど前の――顔を見たことがなかったのだ。
だから、できるだけ目立つように立っていたかった。
とはいっても、随分長い時間、立っているのはさすがにツラい。
(やっぱりあそこで……あッ!)
その時、ブロロロロロ~……と、エンジン音を
そのサイドカーは、エリナとは少し離れた場所に停車すると、操縦者が下りる。
そして、周りを確認し始めた。様子からして、どうやら誰かを迎えに来たようだ。
(グラウ・エルル族? ひょっとして、あの人かな?)
ゴーグルを上げ、顔を覆っていたマフラーを下ろしたのは女性であった。
グラウ・エルル族。褐色の肌に鋭く尖った耳が特徴の種族だ。
そして、美男美女ぞろいだと言われるぐらいで、その女性もエリナが見ても奇麗に感じる。神秘的な緑色の瞳。金属のような光沢のある褐色の肌。
ちなみに、エリナの種族は、人類人口の二割を占めているヒューリアン族と呼ばれているモノ。
(タイプ・ゼロの人かな? たしか、ケイト……)
一瞬、その女性は待ちくたびれているエリナを見た。
彼女は、すかさず微笑み返す。
ようやく来た、と安堵したが、その女性は
そして、用がないとばかりに、さっさとサイドカーに
「なによ、あの態度。グラウ・エルル族って世界一、寛大な種族じゃないの?」
さすがに先ほどの女性の態度には腹が立つ。だが、腹を立てたところで、エリナの状況が変わることはない。
さすがに待つのも疲れてきた。
(やっぱり、自分で向かおう)
彼女はふと足下に置かれた旅行カバンから、一冊の手帳を取り出した。
「タイプ・ゼロの行き先は……と、あった。D地区42番街6番B……」
彼女は取り出した手帳をペラペラとめくり、目的のページを見つける。
そこには簡単な街の地図と、目的地『タイプ・ゼロ』と言う場所の印が付いていた。
「どうやっていくんだろう……」
ふと周りを見回す。
目に
たしか、他の乗客を見ていたが、大半の人間がその『路面電車』に乗り込んでいくのを目にしていた。
これに乗ればいいのだ、そう考えたが……どう乗るのか分からない。
何せ初めて見る乗り物だ。
そして、乗ってどこに行けばいいのか分からなかった。
再び、手にした手帳の中から、情報を拾おうとする。
どうやらこの
「えっと、路面電車……『迷うのでわたしは使わない』って、何これ? 使えないじゃないの」
そして、バスのところを読んでも、『複雑でよく分からない』と同じようなことが書かれている。
「もう……仕方がないわ。こう言うときは、人に聞くのが一番か……」
ペラペラとページをめくると、『人に道を尋ねるときの注意事項』と書かれた場所があった。
そこにはこんなことが書かれていた。
街で人に道を尋ねるときは、種族を注意すること。
余計なことばかり言うホワイト・エリオン族は、あまり好ましくない。一方的であるため、自分がわかればそれでよい、と言った傾向がある。
また、一見、冷静で親切そうなグラウ・エルル族にも注意が必要。彼らの
無難に、ヒューリアン族を見つけて聞いたほうがよい。
と……。
中に出てきたホワイト・エリオン族というのは、グラウ・エルル族の同系列の種族だ。
同じように耳が長く尖っているが、肌は白く、美男美女が多い種族だ。あの列車の中であったトランジット=レジスターさんも後で考えれば、このホワイト・エリオン族だったのだろう。
そして、路面電車の入り口にいた駅員らしい人物は、そのホワイト・エリオン族だ。
エリナは一瞬迷ったが、仕方がなく、この駅員に行き方を聞いてみることにした。
「D地区42番街? 桟橋屋に何か用かね」
大きなビスマルク髭を蓄えた初老の駅員が、鼻息も荒く聞き返してくる。初老と言っても、かなりの歳なのだろう。何せ、ホワイト・エリオン族もグラウ・エルル族も、ヒューリアン族に比べると実に3倍近い平均寿命があるのだ。
「えっと、働きに……」
「桟橋屋でかね? 雑用係かね、それとも、まさか事務職ではあるまい」
見下した態度で、彼女を見る。
その言葉の裏には、ヒューリアン族の女。しかも、子供にそんなことができるわけがない、と思っているからだ。このホワイト・エリオン族は、人一倍プライドも高く気性は激しい傾向にある。そして、ヒューリアン族を下等な種族と見ているのだ。
「いえ、わたしは飛行機乗りに……」
「何ッ! 貴様がホーネットだと!?」
これでもかとばかりに、目を開けて駅員は驚く。
「ヒューリアン族がッ! ましてや、女が勤まるはずがない」
「何で、そんなに驚くんですか!
わたしが、飛行機乗りになるのが何か悪いことでもあるんですか?」
さすがに頭に来る。彼女は声を上げた。
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