永遠の国編 エピソード11 新たな「仲間」?

――――――ブルーベルの視点

 シャンはマーカスさんと別の場所へ行っている。

「ふーっ。緊張した。シャンはいつもあんな状況と向き合ってるんだ」

 シャンの役に立ちたいと思って「助手ならできると思う」なんて大口を叩いたのが恥ずかしくなった。

「…… あの子はどうして私達に構うんだろう。特別って何なんだろう」

 ふとヴィランの少女のことが気になった。考え事をしていると、人の気配を感じた。顔を上げるとリンくんがピンクのデイジーの花束を持って立っている。私がメイちゃんにあげて怒らせてしまったものだ。

「ベルちゃんお疲れ! 色々大丈夫かなって思って」

「心配してくてありがとう。初めてのことが多くて少し動転してるかも」

「僕は好きだよ、この花束。戦った後だと気持ちが和らぐね」

「そう言ってくれて嬉しい。でも、花には明るい意味も暗い意味もあるってこと、ちゃんと考えるべきだったよね」

「メイのことは気にしないでよ。戦闘前はナーバスになっちゃうだけだから」

 そうだ。リンくんとメイさんは前衛で戦ってたんだ。私はずっと護られてみてるだけだった。

「リンくんはどうして探偵団に捕まったの? 何か悪いことしたの?」

「僕は、何もしてないよ」

「え?」

「まぁ、悪いことをあげるなら探偵団事務所に忍び込んだことかな。お友達を助けたくてね。そうしたらマーカスに捕まっちゃった」

「えっと…… 悪の組織のメンバーだった、とか?」

「違うよ。僕がヴィランだからだよ」

「それだけで逮捕されちゃうの?」

「…… そうとも言える」

 曖昧な言い方が気になる。

「《欲》を奪う魔法はヴィラン属性の魔法だからね。その魔法が使えるってだけで嫌厭される。全員が無闇に人を襲うわけじゃないのに」

 以前、シャンにどうしてヒーローと呼ばれるのか聞いたら、ヒーロー属性の魔法を使える因子を持っているからと教えてもらったことがある。ヴィランと言われているのは元々持ってる魔法因子のせいであって、本人のせいじゃないってことなんだよね?

「あのね、私、ヴィランの女の子に目をつけられちゃってるみたいで…… その、目をつけられやすい人の特徴とかってあるのかな?」

 案外お話ができそうだったから、リンくんに思い切って聞いてみた。

「うーん。僕は故意に人間を襲ったことがないからわからないけど、悪戯する甲斐がある人かな? なーんて」

「悪戯だとしたら、勝手に街の人やお母さんにひどい事するなんて極悪すぎるよ」

「アメリアさん、君のお母さんの願いが叶ったって言ってたね。“祝福“を授けるには一度を取り除く必要があるんだ。大きな富は代償なしにはあり得ない。しばらくの苦しみと引き換えに大きな富と幸せを得る」

「? でも、勝手に奪って勝手に押し付けるなんてひどいと思わない?」

「勝手にじゃないよ。その人たちは碧衣社と取引をしたはずだよ」

「あおいしゃ? あっ!」

思い出した。私もお母さんも名刺をもらってた。アルファベットのAが書かれたエンブレムが書かれてた気がする。

「詳しくは知らないけど、秘密結社とか何とか。悩みと願いを書いた手紙を送ると応えてくれるらしいって噂がある」

「私はお手紙も何も送ってないのに、どうして狙われたんだろう」

「本当に覚えてないんだね」

「え?」

「まぁいいや。これは聞いた噂だけど、とある街の人たちは“忘れてしまった“らしい」

「えっと…… 話が読めないけど、もっと詳しく教えてくれる?」

 リンくんはちょっと意地悪な顔で笑ってから言った。

「あいにく僕は噂を聞いただけで良く知らないんだ。今度、その女の子に出逢ったら思い切ってお話ししてみたらどう? 何か教えてくれるかも」

 神出鬼没なあの子に次いつ会えるかは分からない。私に危害は加えなかったし、シャンにも怪我を負わせたりしてない……。勇気を出して聞いてみようかな。膝に置いた手をキュッと握りしめた。

「何か困ったらいつでも頼ってね」

 顔を上げると魔性の笑顔をしたリンくんがいた。純粋とは違う魅力がある、大人っぽいけど可愛げがある笑顔。真珠の街の外の人、特に男性とはあまり接したことがなかったから思わず顔を赤くしちゃってたかもしれない……。


――――――


 マーカスさんと話を終えてラウンジに戻ってきた。ブルーベルとリンくんが親しそうに話している。ブルーベルの顔が、いつもと違う気がした。何だか照れてる?

「お邪魔かな? 二人とも」

 マーカスさんが割って入った。

「リンくんに話したいことがある。ブルーベルさんも聞いてください」

 マーカスさんが俺に話したことを二人にも話す。


「…… は?」

 リンくんが目を丸くして驚いている。魔力も魔法も経験も、リンくんのほうが俺よりも上だ。こんな格下の助手とかふざけるなとか言われそうだと多少は構えていた。

「ふふふ。あははは」

 驚いていたと思ったら楽しそうに笑った。

「面白そう。分かった。シャン先輩の助手になってあげるよ」

 意外な反応に俺が目を丸くしてしまった。

「ほら。きっと大丈夫だと思った」

 マーカスさんが安堵の笑顔を見せた。

「学校では友達を作らず無口だと聞いていますよ。そんなあなたが、二人には積極的に話しかけている。気が合うんですね」

「マーカスうるさい」

「ふふふ。もっとこの子に探偵の仕事を教えてあげたいのですが、私は忙しくて思うように時間が取れないので誰か信用できる人に頼もうと前から考えていたんです。シャンさん、ブルーベルさん、リンくんをよろしくお願いします」


 この短期間で色々ありすぎた。話がひと段落した後、俺は風にあたりに外に出た。運河から聞こえる水の音は心地が良い。街の明かりが反射して輝いている。

「あいつの魔法、凄かった」

 俺はまだまだだ。星の魔法の足場があったからまだ動けた。それに、自分の文字を書いたノートが必要なのもハンデになる上、召喚獣が運任せなのも心細い。


「まだ道具に頼ってるんだ。君ならもっと出来るはずだよ」

ヴィランの少女に言われた言葉を思い出した。あんな子供にまで揶揄われる始末だ。

「はぁー」

 俺は深くため息をつく。

「探偵さん、人を探してるんですけど」

 不意に声をかけられて、声のほうに目をやった。

「グレーの髪に黒のメッシュが入ってて、綺麗な青緑色の瞳の人なんですけど」

 俺はその冗談に少し乗ることにした。

「他にはどんな特徴が?」

「えっ。そうですね。真っ直ぐで真面目で、頑張り屋さんです。でもちょっとネーミングセンスが無いです」

「ネーミングセンスは…… ゴホン。うーん。さっき似たような人を見かけた気がするなぁ」

 人を探しているという女の子は俺の隣に来た。

「あ! 見つけました!」

 ブルーベルが笑顔で言った。

「ねぇ、お腹空かない?」

「そういえば、夕飯まだだったね。どこか食べに行こうか」 


―――――リンくんの視点


 お見舞いにベルちゃんが買ってきたピンクの花束を持って医務室に来た。

「メイ、今日はよく頑張ったね。体は大丈夫? この花、せっかくだから置いていくよ」

「だいぶ良くなりましたわ。迷惑をかけてしまって…… 使い物にならなくて…… ごめんなさい」

 使い物にならないとか、大嫌いな言い方。メイは僕が来るなり手を握って離してくれない。それに、怯えてる。

「そんなふうに言わないで。君はこんな扱いを受けるべきじゃないよ」

「もう、ここにはいられないかも。これで二度目なの…… わたくしは…… 犬にもなれな……」

「メイ! 君は大丈夫。ちゃんと戦ったじゃないか。脆弱な探偵団よりもずっと役に立ってた」

「でも、リンくんがいなかったら…… わたくしはダメでしたわ。応援を呼んだ時点でわたくしの価値はなかったも同然」

「大丈夫だよ、メイは十分やったよ。ねぇ、完全に怪我が治ったら一緒に美味しいものを食べに行こう。またすぐ会えるだろうからさ」

 メイは頷いて泣くのを堪えながら僕の手を強く握りしめた。


 探偵団によって光堕ちしたヴィランは、最終兵器として管理される。僕も何人か同じ境遇の人たちに会ってきたけれど、突然いなくなる人もいた。探偵団の記録を漁っても所在の手がかりが掴めなかった。きっともっと上層部の記録を見ることができれば何か分かるのかもしれない。セキュリティが重厚すぎて苦戦中だ。

「…… ルフィナ、まだたったの二回でしょう。メイさんは十分に活躍しましたよ」

「二回も! 二回もよ! 私の作戦下で使い物にならなかったわ。だから使える子を寄越してもらうの。あなたに止められる筋合いはないわ」

マーカスと性悪女が言い争っているのがこっちの部屋にまで聞こえてくる。

「メイ、ちょっとごめん」

 メイの手を解いて、ドアを開けて言い放ってやった。

「うるせーよ。役立たずのヒーローめ」

 案の定、性悪女が睨みつけて言い返してきた。

「貴様、何度言わせるの。わきまえろとあれほど……」

「黙れ! 貴様がわきまえろ。誰のおかげで功績が上がるんだ。自分は捜査だけして肝心な時はメイの戦力を当てにしてたくせに。ヴィランの弱点の日を狙ってもろくに戦えない探偵さん。役立たずは、どっちかな」

バッコーン。

性悪女が怒りに任せて壁を魔法で壊した。

「ぷっ。今度はそっちが壊しちゃったー」

「リンくんもルフィナも、落ち着いてください」

 マーカスが呆れたようにため息まじりに言った。

「ルフィナ、メイさんの件は私が上と掛け合ってみます。あなたは動かずに報告を待って下さい。いいですね」

「…… 国際探偵団員様は権力を使ってまで自分のペットを可愛がるのね。マーカス、ちゃんと犬の躾をなさい」

「ルフィナ…… はぁ。今のは聞かなかったことにします」

 性悪女はその場を去っていく。くだらないやり取りに決着がついたようなので医務室に戻ろうとした時、マーカスに呼び止められた。

「リンくん、私も入ってもいいかな? メイさんと話をしたい」

「…… ちょっと怒ってるでしょ」

「かなり」

 マーカスには珍しく感情を表に出した。

「大丈夫だと思う。ただ、不安で怯えてるから優しくしてあげて。あっ、そうだ」

 魔導デバイスを起動して、いつものディナーのデリバリーを頼んだ。忙しい時は中華風ばくだん丼で食事を済ますことが多い。四角いボックスに入ってて手軽で美味しい。

「三人分注文したよ。メイもお腹空いてるだろうし、少しは気分が和らぐといいな」

「そういえば夕食がまだでしたね。ずっと気になっていたけどいつもどこでそれ頼んでるんです?」

「マーカスには教えなーい」

「ほう、それは捜査し甲斐がありますね」

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