永遠の国編 エピソード12 秘密の本
今日は非番なので朝はゆったり過ごせた。昨晩はブルーベルと夕食を食べた後、探偵団が手配してくれていたホテルに泊まっている。ブルーベルとはお昼頃にまた合流しようと話して各自就寝した。
「散策がてら本屋を探してみよう」
本屋には定期的に行かないと、探偵団データベースへアクセスするための暗号キーが変わっていたりする。だいたい月に一度のペースだ。原始的だが探偵っぽくて格好良い。暗号キーの書かれた〈秘密の本〉を他の国の本屋でもらうのは初めてだから緊張する。俺は水の街の本屋に入った…… はずだった。
「え? ジャック?」
「おう! シャンじゃないか! 元気にしてるか? 真珠の街を出て飛び回ってるって聞いて心配してたんだぞ!」
陽気な声が店内に響き渡る。まさか真珠の街の本屋以外でこの声を聞くとは思わなかった。
「自分の店は? 真珠の街の本屋はどうしたんだよ」
「? 俺はどこにでもいるぜ。つまり、入り口は世界中にある! 内装は国や地域に合わせてるんだ。粋な計らいだろ」
噂では聞いていたが実際に体験すると不思議な感じだ。内装を地域に合わせるのもジャックらしいなと感心しながら、いつもの調子で〈秘密の本〉をもらう時の合言葉を言った。
「パール・ブルーをもらえるかな」
「……」
普段ならすんなりくれるはずが少しの間があった後、眉を顰めてジャックが言った。
「おいおい、シャン・クルーさん。とぼけてもらっちゃ困るぜ。ここは、永遠の国・水の街だぞ」
「えっ…… パール・ブルーが合言葉じゃないの?」
俺は訳が分からず困惑していると、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。
「すみませーん。ゴンド……」
「ちょーっと待った少年! 俺は今、田舎街から都会デビューした私立探偵シャン・クルーに、この謎を解かせてやりたいのさ!」
ジャックが言葉を遮って勢いよく恥ずかしいことを言ってくれやがった。
「ぷっ。あははは。何も知らないシャンせんぱーい」
意地悪な顔で笑ったのは、リンくんだ。さっき〈秘密の本〉をもらう合言葉を言おうとしたんだろう。タイミングが良いというか悪いというか、なんでこういう時に限って出くわすんだ!
「じゃあ僕も助手としてお手伝いしてあげる」
「助手! 偉くなったなぁシャン! 真珠の街でずっと一人で実績積んだ成果か!」
ジャックさんが涙ぐんでいるのが恥ずかしさを加速させる。
「ちょっとジャック、大袈裟だって」
「そういえば少年、以前もどこかで会ったね」
「真珠の街です、ジャックさん。パール・ブルーが僕の秘密の本デビューなんです」
さっき俺を笑った時とは全然違う、にこやかな笑顔でジャックには敬語で答えている。
「あの時はお互い面識なさそうだったのに、今はシャンの助手なんてなぁ! 記念すべき秘密の本デビューが真珠の街で…… 運命的な出会いってやつか!」
「その言い方は、なんというか、納得できないですけど」
「シャン先輩ひどーい。もうヒントあげないから」
「ヒントなんてなくたって解いてやるさ!」
かくして、暗号キーが記された〈秘密の本〉を水の街で手に入れるための謎解きをすることになったのだ……。
「シャン、まずはヒント無しで推理してみるかい?」
「はい。国や地域によって違うなら、特徴を取り入れるはずだ。永遠の国は水産業が盛んで水の街は大きな運河が特徴的…… ゴンドラ!」
「さっき僕も言いかけたし、不覚にも大ヒントあげちゃったね。あとはいつもの通りだよ」
「永遠の国…… あ! ゴンドラ・フォーエバー!」
ジャックさんが嬉しそうな顔をした。
「大正解だ! さすがは名探偵シャン・クルー」
そう言って秘密の本『ゴンドラ・フォーエバー』を二冊用意してくれた。
「船乗りとその家族のハートフルな物語だ。しっかり読めよ」
ジャックは意味深な言い方で本を渡してくれた。〈秘密の本〉は一見ただの物語が書かれた本に見えるが、解読すると探偵団データにアクセスするための《キー》を知ることができる。
「ありがとう、ジャック。また君の顔が見られて嬉しかった」
「なんだ、照れるじゃないか。お前の活躍に期待してるぜ、シャン! 助手くんも頑張れよ!」
「やっぱり、本屋なのにいつも騒がしいな」
馴れ合いのジョークを言って、俺とリンくんはジャックの本屋を後にした。
「リンくんこの後は予定ある? ブルーベルとお昼頃に合流する予定なんだけど、助手になってくれるわけだし一緒に食事でもどうかな」
「んー。せっかくだけど、メイと一緒にいてあげたいからまた今度。ごめんね、シャン先輩」
「そっか。聞きたいこともたくさんあってさ…… その、色々と大変なんだね」
「まだ僕はマシなほうだよ。マーカスのおかげで」
やっぱりこの話題の時はリンくんの表情が曇る。
「シャン先輩だってピュアだし。まさか一緒に戦闘に出るなんて」
「当たり前だろ! 俺だって探偵なんだ。全てを一人だけに任せて傍観してるなんて出来ないよ」
今回は捕獲対象が複数人だったから人数が必要だっただけかもしれないけど、俺はちゃんと役に立って人々が平和な暮らしができるように貢献したい。いつもそう思っている。
「マーカスもそうだった。戦闘なんて僕一人で大丈夫だけれど、普段は一人で戦わせてくれないし捕獲作戦決行前は必ず作戦会議をするし。そんなの無くたっていいんだけど」
ぶっきらぼうに話しているが満更でもないように見えた。
「マーカスさんのことは恨んだりしてないの? だって逮捕されて光堕ちさせられたわけだし」
「…… どんなにひどい事をされても、人は憎んではいけません」
「え?」
「そう教わったの。育ての親に。もういないけれど」
突然な身の上話に少し驚いた。
「それに、よく分からないけど、あの人は何かと戦ってる気がする。光堕ちの理由も僕を守ろうとしてるのかも」
「守る?」
「僕を上層部に引き渡す話が出てたらしいけど、何かと理由をつけて自分の元に置いたみたい。勝手に報告書読んじゃった」
「そうなんだ…… って、そういう報告書って関係者以外は読めないようになってるんじゃ…… まさか!」
「うん、僕たち二人の内緒だよ」
人差し指を口元に当ててリンくんはそう言ったが、いくら内部の者とはいえシークレット情報のハッキングはまずいだろう。
「シャン先輩、マーカスのことは好き?」
「え? 尊敬してるよ。とても凄い人だと思う」
「じゃあ、ちゃんと内緒にしてね。僕の問題は保護者であるマーカスの問題でもあるから」
「うっ……」
なんてヴィラン的な思考なんだ。悔しいけどマーカスさんに迷惑をかけたくない気持ちが込み上げてきてしまう。
「その代わり、知りたい情報があったら協力するよ」
ニコニコしてそう言うができれば遠慮したい申し出だ。
「じゃあ、僕はこれで! お話しできて良かったよ、シャン先輩」
俺の気持ちは置いていってリンくんは去ってしまった。
「はぁー」
なんとも言えない気持ちでため息をつく。快晴の空を見て少しばかり現実逃避をした。
「これからは三人か」
不安を抱えながらも、今まで碧の国から出たことがなかった俺は、予測できないこの展開にワクワクしていたのかもしれない。
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