永遠の国編 エピソード10 星をまとって
「あ! メイさん! これ、あげます!」
ブルーベルが笑顔でピンクのブーケを差し出した。ところが、メイさんは怒った顔でブーケを叩いた。
「ふざけてんの?」
「え? ふ、ふざけてるってそんな…・」
「これから犬みたいに使われるわたくしに、最後に手向ける花ってこと? 馬鹿にしてっ!」
「違うよ、メイさん。俺達は暗い顔をしてた君を元気づけようと……」
「うるさい! 探偵なんてみんなそうよ! 何がヒーローよ! ヴィランのわたくし達がいないと弱くて腰抜けなくせに!」
メイさんがブルーベルに向けて振り上げた手を優しくリンくんが止めた。
「メイ。ピンク色のデイジーの花言葉は希望だよ。二人は君をからかったんじゃなくて、もっと優しい気持ちだと思う。超絶ピュアなシャン先輩とベルちゃんのことだし」
「…… リンくんがそう言うなら。今回は許しますわ。でも、そのブーケは頂きませんわ!」
口では許すと言っていてもメイさんの瞳は怒ったままだった。
「何だかごめんなさい。私、もっと良く考えるべきだったよね。お花には明るい意味も暗い意味もあるってこと。一番忘れちゃいけないことなのに……」
「じゃあ、ベルちゃん、そのブーケ僕がもらっていい?」
「ベルちゃん?」
「ブルーベルって長いから、あだ名で呼んでもいいでしょ。ベルちゃん」
「あ、はい。それに、行き場のない花束ほど寂しいものはないですから」
リンくんはブルーベルからブーケを受け取った。そしてそこから一輪取って、メイさんに渡した。
「これは僕からメイに。一緒に頑張ろうね」
メイさんはさっきの出来事が嘘のように素直に受け取る。
「あ、ありがとう」
「もう済んだかしら。うちのメイが出しゃばってごめんなさいね。じゃあ、そろそろ現場に移動しましょうか。各々エンブレムに情報は入っているわね。チェックポイントをチャネリングして移動してちょうだい。くれぐれも間違えないように。ブルーベル・ボアロやメイ、リンくんは登録パートナーから離れないでね」
「とうろくパートナー?」
「あなたシャン・クルーの助手でしょ? ポートを使う時は彼から離れないでね」
「は、はい!」
俺達がよく使っているポートは、組織魔法で個々が持つ魔法ではなく、エンブレムを介して提供される魔法だ。決められた場所にポートできるが、エンブレムから展開される魔法陣の中に入っていないと失敗する。チャージにも時間が必要なので連発できない事や人数制限などはあるがとても便利だ。
「行くわよ、メイ」
「リンくん、服の裾もはみ出さないように入って下さい」
「ブルーベル、こっちへ」
「ポート開始!」
光に包まれて現場に到着した、瞬間だった。
「うわぁ!」
「きゃあああ」
俺とブルーベルは空から落ちていった。
「危ない。シャンさん、空中戦だって聞いてませんか」
「シャン先輩しっかりー」
俺はマーカスさんの浮遊魔法で助けられた。ブルーベルはリンくんが抱えている。お姫様抱っこで。
「ぷっ。シャン・クルーさんってば最高ですわね」
メイさんは小馬鹿にしたように笑った。
「ごめんなさい。初めての人に伝えてなかったのは私のミスよ。何事もなくて良かったわ」
「リリリリ、リンくん! ありがとう」
「ベルちゃん顔が真っ赤っかー。というか、魔法が使えないベルちゃんはどうするつもりだったの?」
俺は自分の飛行魔法を整えた。
「俺の魔法で相棒の力を借りれば、ブルーベルも長時間飛行ができます」
ウィリアムさんに使ったものと同じ魔法だ。俺は詠唱を唱えた。
「我創りし貢献の欲の化身よ。その翼をかの者に宿せ」
ブルーベルの背中に翼がまとう。しかし、今までとは何かが違った。
「なっ…… 白い羽根…… 今まで白色なんて俺の魔法ではありえないのに」
この独り言が周りに聞こえていたかは分からない。目の前の初めての光景に戸惑ってしまった。
「わー! 凄い! 羽根だぁ!」
「もう手を離しても平気?」
「あ、うん! 支えてくれてたんだ。ありがとう、リンくん」
天使のように白い羽根をまとったブルーベルは空中でもバランスをとった。
「シャン先輩やるじゃん!」
「何とかなりそうで良かったです。ブルーベルさんはなるべく私の近くにいて下さい。安全を保証します」
「イエッサー、ルフィナ・アレッシア。我々も待機します」
他の探偵団の人達も数人集まってきた。
「メイ、リンくんは前へ。戦闘は二人で、何があっても壁になってこちらの手を煩わせないように。探偵団員は対象確保と住民への被害防止優先で動く」
水の街は大きな運河を中心とした街づくりで美しいが、戦闘となると足場が悪い。そのためか、飛行戦闘の記録が多く残っている。
「日が落ちてきた。メイ、大丈夫?」
「ちょっとフラついてきたかも。今日は弱ってるのにキツイですわ」
「君に宿すは祝福の星」
リンくんが詠唱を唱えると、メイさんの周りに星のような光の粒がいくつか綺麗に舞った。その中の数粒を自分の方にも引き寄せてまとわせてた。くるっと円を描くようにリンくんの周りを輝きが回っている。
「少しは楽に浮けるでしょ。それに暗くなるから明かりにもなるよ」
「わぁ。こんなロマンチックな魔法をもらったのは初めてですわ」
「さ、前衛に行こう」
リンくんは一息ついて探偵団のほうを向いた。
「か弱いか弱いヒーローども、ここからは強い強いヴィランの舞台だ! とくと拝むがいい!」
ヴィラン顔をして生意気に言い放った。日が落ちてきている風景とさっきの星の魔法でなんかすごくかっこいい雰囲気が出てた。「ふんっ」と一笑いして颯爽と前衛へ進んで行った。メイさんも「ふんっ」とお高くとまった感じを出してリンくんの後に付いていく。探偵団員は…… 引いている。俺もちょっとびっくりした。
「行ってらっしゃい、リンくん」
「相変わらずね、あなたのところの子」
マーカスさんは慣れた様子で送り出しているが、その横でルフィナさんが呆れた顔をしている。
「今回の捕獲対象って一人じゃないですよね。あの二人だけで大丈夫でしょうか」
俺は正直、少し心配している。
「ギャングでもあるから複数人のグループになるわ。回りくどいのはもううんざり。今回はアジトを一気に攻める」
「そのアジトが空にあるんですね」
「リンくんを見てても思いますけど、ヴィランって何故か高いところを好みますよね」
確かに、生意気にも立派な飛行艇を持っている奴もいるな、と思った。
「まずは座標を定めないと」
「それもリンくんがやってくれてます。ほら、星の魔法がかかった」
マーカスさんが見ている方向にキラキラと輝く星が固定されている。あの場所にアジトがあることを示してくれているんだ。
「あの子、探索も得意で先のことをよく考えて魔法を使うんです。一度の詠唱で複数の効果を発揮できる魔法をきちんと選んで使える。頭の良い子です。ほら、こちらにも星を寄越してきた。通信用です」
基本魔法はあるものの、その応用や得意な魔法、具現化、表現方法、詠唱は個性がすごく出る。魔力によっても発動条件や継続時間に違いが出る。他人の魔法を見られる環境はとても勉強になる。
「リンくん、私はあなたに頼まれたように今回はブルーベルさんの身の安全の確保に努めます。でも、何かあればいつでも力になるよ」
「メイ、あなたの役目はわかってるわよね。ここからは不要な連絡は入れないで。仕事に集中するわ。魔法がうまく使えない時は体を張りなさい」
「…… はい。わかりましたわ。ルフィナ」
「シャン先輩、ベルちゃん、ハロー。ヤバそうになったら僕に助けを呼んでもいいからね」
リンくんの声が星から聞こえてきた。
「そうならないよう、最善を尽くす」
「じゃあ、僕達は突入するね」
「始まるわ。全員構え!」
ルフィナさんの声であたりの雰囲気が一気に変わった。緊張感が走る。
固定された星が瞬き、魔法防壁が剥がれてアジトが姿を現していく。幾何学的で近代的な軍の基地みたいだ。
ドッカーン。
一分もしないうちにアジトの一部が煙をあげた。
「リンくん、雑魚を無視してボスから行ったわね。出てくる者を逃すな!」
アジトから数人出てきた。
「俺も行きます!」
ルフィナさんが前に出ようとする俺の腕を掴んで止めた。
「それはメイの役目よ。あなたに指示した覚えはないわ」
「でも、メイさんは今日は魔力が弱まってるんじゃ」
「体を張ってでも、探偵団の手を煩わせない。それが光に堕としてもらったヴィラン達の役目よ」
「きっ。このっ。やってやりますわよ!」
メイさんの声が独り、夜空に響く。
「私に何かできることは……」
「大丈夫です。ブルーベルさん。彼ならちゃんとやってくれますから」
マーカスさんがブルーベルの不安そうな問いかけに応えた。
ドッドーン。バラバラバラ。
再びアジトのほうで大きな音と共に煙が立つ。
「今日はオレの休日だってのに、探偵団と犬どもはよぉ」
捕獲対象であるリーダー格のヴィランが姿を現した。リンくんと戦闘している。
「犬って、僕のこと言ってる?」
「犬以外に名前があるのかよ。裏切りも同然な光堕ち組どもが」
「黙れよ雑魚! いい夜なんだから、ちゃんと星を見よう」
散らした星たちがアジト全体を覆うと、爆発した。星が終わりを迎える時に起こす爆発みたいだ。煙から出てきた二人の戦闘は続いている。
「おいおい、アジトごと吹き飛ばすとかオレに何の恨みがあるんだよ」
俺たちのほうまで破片やチリ埃が飛んでくる。アジトの外でメイさんと戦闘していた他のヴィランも巻き添えを喰らって落ちてくるのを探偵団員が確保している。マーカスさんはシールドをはってブルーベルを護ってくれている。
「メイ、遅くなってごめん」
「だ、いじょうぶ、ですわ」
「ダメじゃん。もう無理だよ。戻って」
「おいおい、オレのこと無視して女引っ掛けてんなよ、ムカつくな」
俺の出る幕なんてない。それどころか、他の探偵団員も戦っていない。ヴィランと戦っているのは、ヒーロー達ではない。ヴィラン達だ。
「水よ、我に応え従え」
敵が魔法で運河の水を利用した攻撃を仕掛けた。複数の水柱を立てて二人に迫る。
「いやぁっ」
弱ってるメイさんには掠っただけで打撃だったんだろう。空中でバランスを崩しながらフラフラしている。周りの星がサポートしているとはいえ、体力が限界だろう。
「メイ! もう地上に降りて!」
「おい、誰が私のメイに指示することを許可した。わきまえなさい!」
ルフィナさんはまだメイさん一人にやらせるつもりなのか。
「よそ見してんなよ、色男」
敵の攻撃を上手くかわしているが、リンくんはメイさんに気を取られすぎている。いくら強くても、ヒーロー属性の魔法とヴィラン属性の魔法では元々の威力に差がありすぎるから油断はできないだろう。しかも空中戦で常に魔力を使い続ける上に、他人のサポート、通信や目印まで…… 一人に負担をかけ過ぎだ。
「俺は、役に立ちたい!」
空中戦では不利な条件だが、詠唱なしでも発現できる得意の魔法を使うことにした。ポーチの中から3冊のノートを取り出す。冊数は少ないが、文字数が多いノートだ。手をかざして相棒を呼ぶ。
文字が実体化し、勢いよく黒いキツネが二匹出現した。
「クゥーン!」
「コォーン!」
黒いキツネが二匹出現した。リンくんが散らした星を足場にして器用に敵に向かっていく。俺も後を追うように応戦を試みる。
「シャン・クルー、私の作戦下で勝手な行動をしないで! メイはまだヴィラン属性の魔法を使ってない。その身が焼けても戦わせるわ!」
「ルフィナ! それはやり過ぎです。光堕ちしている子がヴィラン属性の魔法を使えば、因子が違うので大怪我をします」
二人の会話も星から聞こえてくる。
「シャンさん、マーカス・アボットより国際探偵団員として、二人の応援を指示します。頼みましたよ」
「言われなくても! いけ! クロとクロ!」
「クゥーン!」
二匹のキツネが敵の両腕に噛み付いて動きを封じる。
「この野郎!」
「リンウッド…… いや、リンくん! 君はメイさんを安全なところで休ませてあげて。ここは俺が」
「マーカスの指示だから?」
「指示の前に俺が先に動いてる。俺の意思だ。一緒に切り抜けよう!」
「ふっ。ははは。シャン先輩って本当にピュアだね」
リンくんはメイさんを抱えて地上に降りる。
「マーカス、メイを頼んだよ」
「わかった。ブルーベルさんも一度、地上へ降りましょう」
「は、はい」
やっと安心できる状況が整った。
「あーもう、うるせえ探偵団の犬どもめ!」
敵がクロとクロを振り解いて魔法を放ってくる。永遠の国の探偵団が応援を要するだけあって、敵も一筋縄ではいかない。敵の弱点の日のはずだが、シールドで防いでも一撃が重たい。今の俺では防ぐので精一杯だ。
勢いよく星を駆け上がってくる誰かの気配を感じる。敵が俺の顔を見てギョッとした顔で怯んだ。いや、正確には俺の後ろを見ている。
「やっと暴れられる」
「お、おい、待てよ。それはないって!」
「さっきから犬、犬って、この野郎!」
リンくんの手の平に三重の魔法陣が展開されエネルギーが集まっている。あの魔法は…… メテオだ! ここでメテオを撃たれたら敵は無事では済まない上に二次災害の危険だってある。しかも星の魔法を爆発させれば威力は凄いだろう。
「待て! メテオを放つな! 俺たちはあくまで探偵であって裁く者ではないぞ」
「頭(こうべ)を垂れ、許しを請え! 愚か者めが!」
「ひぃぃぃ。俺が悪かったって! 奪った《欲》は返すから!」
ヴィラン顔でリンくんが威嚇している。凄まじい覇気だ。
「世界を侵略し征服するのはこの僕だ! はい、復唱!」
「世界を侵略し征服するのは、あなた様です!」
「よろしい!」
リンくんはメテオを撃たずに引っ込めてくれた。
「クロとクロ、奴を拘束してくれ!」
「クゥーン!」
「コォーン!」
敵はすっかり闘志を失い、拘束され観念している。
「よくやったリンウッド。後はこちらで処理する」
「ルフィナさん…… 僕のことはリンくんって呼んで下さい」
やっと探偵団員が行動した。なんて情けないんだ。
「…… ルフィナさん、お言葉ですが、あんまりじゃないですか」
「なに? ヴィランの正しい使い方をしてるだけよ。そちらこそ、勝手な真似してくれたわ。それに……」
ルフィナさんは本気で怒った様子でマーカスさんに呼びかけた。
「あなた、なぜメテオを止めなかったの? どんなに光に堕ちたってヴィランはヴィランよ。あのまま放ったら大災害だったわ!」
「でも、撃たなかったでしょ。そういう子ですよ。それよりシャンさん」
「はい」
「クロとクロって…… もうちょっとなかったんですか」
「え…… 二匹出るのは珍しいので咄嗟に思いつかなくて……」
「クゥーン!」
「コォーン!」
「ねぇ。そろそろ星の魔法切ってもいい?」
リンくんがクロとクロを撫でながら言った。俺は新品のノートを出して二匹のクロに入ってもらうよう頼んだ。
一仕事を終えて事務所に戻ってきた。メイさんはマーカスさんが魔法で応急手当てをしてくれたおかげで外傷はほとんど治っているようだ。体力の回復のため医務室で休息している。俺とブルーベルはラウンジのソファに座っている。
「シャン、お疲れ様。私、助手なのに何もできなくて……」
「俺も何もできてないよ。それに、ブルーベルはそんなこと思わなくていい」
「ううん。大活躍だよ。やっぱり、シャンってすごい」
作戦は結果的に成功したが、納得いかない気持ちが残る。
「ネーミングセンスはもうちょっと必要かもね」
「え? そんなにダメだった?」
ブルーベルにまで言われるなんて……。ネーミングセンスって何を鍛えたら良いのだろう。
「シャンさん、ちょっと二人でお話しできますか」
マーカスさんに声をかけられた。
「はい。ブルーベル、ちょっと待ってて」
俺はマーカスさんに着いて行って裏口にやってきた。夜の水の街は運河と街の明かりで一段と綺麗だ。
「タバコを失礼しても?」
「えぇ、どうぞ」
「シャンさんは吸う方ですか?」
「いいえ。でもどうかお気になさらず」
「ありがとう」
カチンと道具を出して火をつけていた。
「魔法で火をつけないんですね」
「あぁ、これですか。ジッポです。アナログですが私はこれが好きです。仕事柄、色んな国へ行くのでケースも集めてます。ちょっとした趣味ですね」
「へぇ、デザインも素敵ですね」
「リンくんにはあんまり理解されませんが」
ふぅーっとタバコをふかしてからマーカスさんは話を続けた。
「そうだ、シャンさん。ひとつ頼み事があったんでした」
「俺に頼み事ですか」
「リンくんをシャンさんの助手にしてくれませんか」
「あぁ、リンくんを助手に…… えぇっ?! 俺の?!」
多分、俺は人生で一番びっくりした顔をしていたに違いない。
「ははは。シャンさんってそんな顔もするんですね。淡白な私よりも人間味があって尚更、あの子にも良さそうです」
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