永遠の国編 エピソード9 ヴィランとヒーロー

 光堕ちのヴィランは、包み隠さず言葉にするなら生きた兵器。ヒーロー達の歯が立たない相手へ仕向けたり、作戦が難航した際やあらかじめ強敵だとわかっている時にはヴィラン同士をぶつける。それが現実にあることなんだと気持ちの良くない現実味を感じた。

ヴィランに弱点の日があると言っても、身体能力に影響はなく、魔道具、魔法武器の所持の可能性もある。継続魔法の効果は保てる上に魔法因子に反応する機材は因子があれば起動可能なので弱点の日でも使える。更には仲間を従えている場合もある。油断はできない。

俺はエンブレムに作戦情報を共有してもらい、一通りの説明をしてもらった。決行は今夜。弱点の月の満ち欠けが出る頃のほうがヴィランは影響を受けやすい。だが、時間的猶予がその分少なくなるので的確に実行する必要がある。より作戦を成功させるために光堕ち組の力を使う。

「ねぇ、シャン。私には良く分からない話だったけど、その、最終兵器ってちょっとびっくりしちゃった。二人は“生まれ”はヴィランかもしれないけど、そこまで悪い人たちには見えなかったな」

「俺は私立探偵だから、組織的な仕事は経験がなくて。俺も正直、びっくりした」

「適性がどうって話もしてたけど、適応できなかった子達はどうなっちゃうの?」

「それは俺にも分からない。リンくんが死んでたら許さないって言ってたけど、探偵団はそんな非道なことはしないと思う」

「そう…… だよね」

「なんだか湿っぽくなっちゃたね。せっかくだし、エスプレッソでも飲みに行ってみようか」

「うん。せっかく飲み方も教わったしね」

 俺たちは街の観光も兼ねて外に出ることにした。

「お花屋さんがあったら見てみたいの。いいかな?」

「ブルーベルは勉強熱心だね」

「だって碧の国一番のお花屋さんになるんだもん! 永遠の国はデイジーやミモザがたくさん咲くの! 主役にも脇役にもなれる花だから扱いが上手くなればもっとアレンジのレパートリーが増やせるかも!」

 さっきまで緊張していた彼女の顔が活き活きしてる。護りたくなるような笑顔だ。

「あっ! 素敵なお花屋さん発見! シャン、ちょっと寄ってもいい?」

 俺の返事も聞かないで駆け足で花屋に向かっていく。

「わぁ! ピンクにホワイト、イエロー、オレンジも可愛い! こんなにたくさん色があるんだぁ! このブーケすごい! 綺麗に丸くなってる!」 

 花なんてプレゼントしたことがない。改めて見ると種類がたくさんあって、入学祝いや誕生日などそれぞれに合わせたアレンジメントが並んでいる。花屋は「ボアロ」くらいしか行ったことがないから何だか新鮮だった。

「それ素敵ですよねー。女性の方に人気なアレンジメントです。いかがですか?」

「え? い、いや、俺はみてただけで……」

「あれ? シャンそのピンクの花束が気になるの? 誰にあげるの?」

 店内を眺めていたら店員に話しかけられて、ブルーベルにも誤解されかけている。

「あ! わかった! メイちゃんにでしょ。その色はメイちゃんの色だもん!」

「い、いや、俺は何も……」

「お知り合いへのプレゼントですか? 素敵です! ピンクが好きなお方なのですね。このブーケは希望をテーマにアレンジしたものです。この先の未来が希望に満ち溢れることを願ったブーケですよ」

「メイちゃん、これから戦うんだよね! 暗い顔をしていたし、お花で元気になってくれるかな。シャン、二人からこのブーケを贈らない?」

「あ、あぁ。ブルーベルがそうしたいなら」

「お買い上げありがとうございます!」

 流されるままにピンクの花束を買った。

「元気になってくれるといいな」

「そうだね」

 しばらく歩くとカフェを見つけた。ふらっと寄れるカフェだ。立ち飲みできるカウンターもあってエスプレッソや軽食をサッと食べていけて雰囲気もおしゃれだ。碧の国ではあまり見かけないスタイルだけど、なんか格好いい。

「やっぱり国が違うと雰囲気も違って新鮮だね」

 俺達はエスプレッソとチョコレートを頼んだ。

「苦っ」

「にっがーい」

 二人して同じ反応をした。

「リンくんに、お子様ーってまた言われちゃうね」

「えっ。あぁ。意地悪な顔して言うんだろうな」

 チョコを食べると苦味がアクセントになって甘さがより美味しく感じる気がした。

「やっぱり、似てるよな」

「え?」

「真珠の街で出会った少女とリンウッド」

「わたしが誰と似てるの?」

「髪の色や瞳の色も…… !」

 俺は自分の目を疑った。俺達の目の前に、あの少女がいる。

「やぁ君たち。ごきげんよう」

 俺はすぐさまブルーベルの前に出て構えた。

「まぁまぁ。戦いたくはないから安心してよ」

 テーブルが高くて背が足りていないが、チョコに手を伸ばしながら言う。「エイヤッ!」とジャンプをして俺のチョコを取った。

「シャン、わたしに囚われすぎてると他のことを見失うよ。君には他に知るべきことがある」

「何の事だ」

「チョコもらったからもう行くね!」

 そう言ったかと思うとすぐに奴は姿を消した。

「ブルーベル! 大丈夫か」

「うん。私は大丈夫」

「とにかく、もう事務所に戻ろう」

 俺達は水の街探偵団事務所へ戻る。

「ルフィナさん! リンウッドは今どこにいますか?」

「ん? 多分、マーカスが裏でタバコ吸ってるから、リンくんも付き合ってるんじゃないかしら?」

 事務所の裏口みたいなところでマーカスさんがタバコを吸っている。

「マーカスさん、リンウッドは……」

「リンくんって呼んでって言ってるでしょ、シャン先輩」

 上の方から声が聞こえた。声の方を見ると階段から降りてくるリンウッド…… リンくんがいた。

「それで、僕に何か用?」

「リンくんはさ、ずっとここにいたの?」

「いたよ。タバコの匂いはあまり得意じゃないから上にいたけど、マーカス、気配はずっとあったでしょ」

「えぇ。私とリンくんは作戦会議をしていましたよ。慌ててどうしたんです?」

「あの少女が、俺が追ってるヴィランの少女がさっき現れたんです」

「被害や被害者は?」

 マーカスさんがタバコを消して真剣に聞く。

「いいえ。ただチョコを持っていかれて、訳のわからないことを言われました」

「何それ? 子供に悪戯されただけってこと?」

「こらこら、リンくん。真剣な話に水を刺すのは良くないですよ。訳の分からないこととは何て言われたんですか?」

「その…… わたしに囚われすぎてると他のことを見失うよ。君には他に知るべきことがある。と」

「なるほど。うーん。訳がわかりませんね」

「やっぱりからかわれただけじゃない? それと、もしかして、シャン先輩ってまた僕のこと疑ってる? もう勘弁してよ。いい加減怒るよ」

「ご、ごめん。確かに今回は被害もないし敏感になりすぎたのかもしれません」

〈ピピピ……〉マーカスさんのエンブレムが鳴った。

「失礼。アメリアからです。出ても?」

「はい」

「イエッサー、リーダー・マーカス! アメリア・デイビーズです!」

 アメリアさんの元気な声は俺にも聞こえてきた。

「イエッサー、アメリア。お疲れ様」

「報告します! 碧の国・真珠の街の被害者2人、リョウ・ザンぺルラおよびジーノ・ボアロの《欲の核》を無事に返還しました! 二人に異常なしです。一点、気になることがあります。」

「先日も報告していた通り《欲》が綺麗になっていたことも気になりますが、被害者二人の元に“祝福”が届いておりまして…… しかもオートオープン仕様でしたので、自動的に二人の願いが叶いました」

「“祝福”? 一体誰が贈ったんです?」

「銀行経由でしたので、問い合わせたところ、アルファベットのAが書かれたエンブレムを持った、レディと呼ばれる人がやり取りしたそうです。それ以上は情報がまだありません」

「お母さんの願い?」

「その声は…… ブルーベルちゃん? もしもしー! 元気にしてる? アメリアお姉さんが無事にお母さんの《欲》を返したからもう大丈夫だよ!」

「アメリア、落ち着いて下さい。全体通話に切り替えますから、少々お待ちを」

 マーカスさんがエンブレムを操作して俺達にも通話と映像を共有できるようにしてくれた。

「みんなー! また会えて嬉しいよ! あ! あれ? 君は時計台の街の優等生くん!」

 アメリアさんがリンくんを見つけて驚いている。

「アメリア、覚えていないんですね。彼は私が保護しているリンくんです。前に一度会わせているはずですよ」

「え? そ、それは失礼しました! ごめんね、リンくん。もう覚えたよ!」

 リンくんはジト目でアメリアさんの映像を見ている。

「相変わらず、僕よりも、マーカスさんに目がいってしまうようで、覚えてもらえていなくて、正直ショックでした。今後とも、よろしくお願いしますね、アメリアお姉さん」

 一言一言を強調するような妙な言い方でリンくんが応答しすると、アメリアさんは恥ずかしそうな表情で「ごめん、ごめん! もう覚えましたリンくん!」と手を合わせて謝罪した。マーカスさんはやや困り顔で笑っている。

「アメリアさん、真珠の街の一件、感謝します」

「イエッサー、シャンくん! お役に立てて何よりだよ! 今後だけど、例の少女についてはシャンくん次第だよ。探偵団は元々応援として関わっていたので、私立探偵のシャンくんに本件は戻します。健闘を祈る!」

「はい! ありがとうございます」

「では、こちらは本日作戦決行日なのでそろそろ。アメリア、報告ありがとう」

「はい! マーカスさん、リンくん、シャンくんも! どうかご無事で! シャンくん、何かあったらいつでも連絡してね。それでは!」

 アメリアさんは心強い声援を残して通信は終了した。

「さて、我々も気を引き締めてまいりましょうか。戻りますよ、リンくん」

「はーい」

 俺達もマーカスさん達と一緒に事務所内部へと戻ることにした。ラウンジにルフィナさんとメイさんがいた。

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