永遠の国編 水の街 エピソード8 最終手段

 空陸ポートから出て、水の街をゴンドラから四人で眺めている。水の街には大きな運河があり、それを中心に街が作られている。まるで街全体が水に浮いているような造りで移動手段にゴンドラが今でも使われている洒落たところだ。漕ぎ手の人が一人いて俺達を運んでくれている。

「君は確か、リンウッド・アオウルって名前…」

「リンくんって呼んで」

 食い気味に言われた。そういえば、いつの間にかタメ口使われてる…… ブルーベルの前でやめてくれ、と久しぶりに心に変な緊張感が走った。

「シャンさんの言うとおり、この子はリンウッドという名前がありますが、こだわりがあるようでリンくんと呼べとうるさいんです」

「は、はぁ… リン… くん、光堕ちしてるって言ってたけど、その、色々気になるっていうか…」

「僕のことはマーカスに聞いて」

「リンくん、シャンさんに失礼ですよ」

「マーカスうるさい」

「ふふふ。何だかご機嫌斜めですね。気に触る事でも言われたのかな」

「……」

 リンくんは何も言わないままそっぽを向いてしまった。

「私から説明しましょう。ヴィランの光堕ちというのはヴィラン属性の魔法を封じる代わりにヒーロー属性の魔法を解放する事。闇堕ちはその逆。というのはシャンさんもご存知ですね」

「はい。ただ、適性もあるので全員が望む形になれるわけじゃない。特に闇堕ちは失敗が多いと聞きます」

「そうですね。ヴィランが持つ力は元々が強力。並みのヒーローではその力は抱えきれません」

 ブルーベルはマーカスさんの話を丁寧にノートに書き綴っている。魔法を使わない人間にとってはあまり馴染みのない話なんだろう。

「リンくんは私が逮捕し、保護しています。光堕ちの適正があったので《欲の結晶》に私の刻印を入れて力を反転させています」

「…… リンくんが同意したわけではないんですね」

「えぇ。言うことを聞かないので。でも、これだけの力をヴィランにしておくのはもったいない」

 リンくんは何も言わずに街並みを眺めていたが、少し鋭い目つきで口を開いた。

「ねぇ、マーカス。一緒にいたあの子はどうなったの」

「あなたが逃がそうとしてた子ですか。実は私にも分からな……」

「嘘つき!」

 食い気味にリンくんが言葉を放つ。

「死んでたら許さないから」

「し、死ぬってどういうこと……」

急に俺が立ち上がったのでゴンドラが揺れてしまった。

「うわぁ」

「きゃあっ」

バランスを崩してゴンドラの外に落ちそうになった俺とブルーベルをリンくんが浮遊魔法で救ってくれた。

「大丈夫?」

「ごめん。急に立ち上がったりして」

「あ、ありがとう。リンくん」

「ははは。何だか楽しくなりそうですね」

 マーカスさんは慣れているのか姿勢を崩さずに笑顔でいた。

「漕ぎ手の方も大丈夫ですか」

「はい、何とか。よくある事ですので」

「ちぇっ」

 リンくんが何故か舌打ちをした。舌打ち…… そういえば、俺も真珠の街でされた気がしたことを思い出した。

「リンくん、一つ聞きたいことがある。何で真珠の街の本屋で、俺とすれ違った時に舌打ちしたんだ」

「…… 覚えてないの?」

「へ?」

「こんなに容姿端麗で、強くて聡明な僕を見て、何も反応しなかったから」

「は、はぁ。えっと… ごめんね?」

 プイッとリンくんはそっぽを向いてしまった。

「リンくん、真珠の街に来たことあるんだ! それに、シャンとは時の国でも会ってるんだね! それで今も永遠の国で一緒になって… 運命的なものを感じるね」

「ブルーベル、なんかその言い方は嫌だ」

「シャン先輩ひどーい」

「お二人とも仲良くできそうで何よりです」

「マーカスさんまで…」

 そんなこんなで俺達は水の街探偵団事務所に着いた。伝統あるバロック建築の建物だ。碧の国や時の国もそうだが、永遠の国は地震がない地域で伝統的な建物が現代でもしっかり残っている。ゴンドラの停留所で水の街探偵団員の人達が出迎えてくれた。オリーブ色の制服を着た綺麗な女性と女の子だ。

「こんにちは。皆さん。私はルフィナ・アレッシア。ルフィナでいいわ。この子はメイ」

「メイ・サクラギです。よろしくお願いします。皆様のことは聞いていますので、わたくしがご案内します。どうぞこちらへ」

 メイさんが桜色の髪を揺らして歩いていく。

「メイ、しっかりお客様の目を見て話しなさい。歩くのも早いわ」

ルフィナさんが臙脂色の髪を掻き上げて注意をした。メイさんは振り向いて少しムッとした表情をしていた。その時にリンくんと目が合ったのか、リンくんが「お互い大変だね」みたいな表情をして反応した。実は、俺はメイさんに対して不思議な感覚があったのだが、もしかしたら彼女も光堕ちのヴィランなのかもしれない。

「以前よりだいぶメイさんと仲良くなりましたね、ルフィナ」

「そうかしら。相変わらずよ。マーカス、あなたのとこの子も随分と落ち着いたのね。前回はうちの事務所の壁を壊していったけど今回はやめてよね」

「あははは。その節は面倒をかけたね。おかげで私の給与から修理代が天引きされてました。お互い大変ですね」

 そんな会話を聞きながら俺達は水の街探偵団事務所の会議室へと案内された。この世界で面白いと思うのは、伝統的な外見とは裏腹に、内部はかなりハイテクだなところだ。モニターにタブレット、通信機器などが揃っている。

「すごーい」

「ブルーベル、きっとこれから捜査についてミーティングだろうけど、分からなくても後で教えるから安心して」

「うん。ありがとう」

「どうぞ」

 メイさんがみんなの分のコーヒーを出してくれた。

「苦っ」

「エスプレッソはお嫌いですか」

「シャン先輩ったらお子様―」

「チョコレート食べながら言えることか!」

「リンくんは相変わらずチョコレートが好きだね」

 そう言いながらマーカスさんは3杯ほど砂糖を入れている。

「マーカスさんって甘党なんですか」

「いいえ。でもエスプレッソってこういう飲み物ではありませんか」

「ぷっ。シャン・クルーさん。もしかして本場の飲み方を知らない系でいらっしゃいますか」

「こら! メイ。ごめんね。飲み方は人それぞれあっていいのよ。永遠の国では砂糖を3、4杯入れてドルチェとして味わったり、チョコやクッキーみたいな甘いものと一緒に嗜むのが主流なの」

「へぇ。そうなんですね」

 まだまだ知らない世界がたくさんあるんだと実感した。

「あ! ルフィナ! こんな時までコレットにするのはいけませんわ」

「あら、バレちゃった。ちょっとだけだって」

「ねぇ、シャン、コレットって何?」

ブルーベルが小声で俺に聞くが俺も分からない。

「お酒を少しエスプレッソに入れたやつだよ」

 リンくんが代わりに教えてくれた。

「永遠の国は仕事中も陽気で好きです。面白くなりそうだ」

 マーカスさんの言う通り、ここが会議室だということを忘れるくらい緊張感がない。街並みからも想像できるが陽気で自由な風土なんだろう。時の国は少々お堅い感じがあったから尚更ギャップを感じる。

「さて、本題に入るわね。今回の作戦は応援要請でも伝えた通り、空中戦になりそうなの。捕獲対象は飛行魔法が得意で逆三日月の日が弱点。メイも同じく逆三日月の日は月が出る頃には魔法が使えなくなる。この子が使い物にならないからマーカス、あなたにも要請を出したわ。リンくんは使えるでしょ。でも、メイが出せる時があったら特攻隊にはなるかもしれないから派遣はしておくわね。魔法武器も支給するわ」

「あまりそういう言い方は好きではないですが、リンくんは新月の日が弱点なので被っていないですね。動けますよ。ね、リンくん」

「まぁね。というか、メイは来なくていいよ。魔法が使えないのに戦ったら危ないし、シャン先輩まで連れていかなくたって僕一人で十分だよ。最も、いざという時は僕一人になるでしょ」

「わきまえなさい。以前もあなたのそういう立場を飛び越えた態度が原因で喧嘩になったのに、全く反省していないのね。メイの保護者は私なの。この子のことは私が決めるのよ」

 ルフィナさんが威圧的にリンくんを諭す。

「まぁまぁルフィナ。私から言っておくのでそう刺激しないで」

「マーカス、前々から思ってはいたけれど、あなたその子に甘すぎるわよ。学校にまで通わすなんて。いったいどんなご贔屓よ」

「彼には才能があるんです。少々元気がいいですが、少しずつ適応してくれています。私に免じて今日のところは許してやってください」

「…… ごめんなさい、ルフィナさん」

「あら、前は言い返してきたのに謝れるようにはなったのね。わかったわ」

 メイさんは少し暗い表情で黙ったままだ。

「メイさんは、リンくんの側にいてくださいませんか。この子、すぐに暴れようとするので止めてくれる方がいると助かります」

 マーカスさんは合図のようなウィンクをした気がした。魔法が使えないメイさんへの気遣いだろう。リンくんの側にいれば安全かもしれない。

「というわけで、現地には他の探偵団も配置されるわ。本件の捕獲対象はずっと追ってたから捕まえてやりたいの。最終兵器が二人もいるんだから、大丈夫よ」

「あの、最終兵器ってリンくんとメイさんのこと…… ですよね」

「えぇ。シャンくんは使ったことないの?」

「ないですね。噂では聞いてましたけど、現実にあるんだなって少しびっくりしまして」

「へぇー。シャン先輩ってピュアなんだね」

リンくんがニッコニコで小っ恥ずかしい事を言う。俺も彼らがヴィランでも最終兵器という扱いは好きではないと思った。

「ブルーベルちゃんの安全は保証してあげてよ。マーカス」

「はい。もちろん。私もついていますね」

 リンくんが俺がすべき提案をしてくれた。優しいところもあるんだなと思うほど心が苦しくなる感覚がする。

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