エピソード7 君との出会い

 〈では、続いてのニュースです。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(S N S)でも大人気の映えスポット、永遠の国・水の街にある霧の道。水の上に浮かんでいるような街並みが幻想的で赤、青、黄、緑とカラフルな建物が立ち並びます。霧がかかってもすぐに家を見つけられるようにペイントされているそうですよ。この地域では漁業が盛んで……〉

魔導モニターから流れるニュースを見ながら、ブルーベルと永遠の国・水の街へ行くための準備を俺の部屋でする。ブルーベルは魔導モニターを使う俺に興味津々なようで終始「すごーい」と言われて何だか照れ臭かった。魔導モニターは魔力があれば誰でも扱える代物で小さなリモコンだけ物質である。場所を選ばないしどこでも見られるので便利だ。どういう仕組みかは良く知らないけど、電池のように保存できる永続魔法の技術だ。魔力の大小に関わらず、魔力因子に反応して起動する仕組みらしい。

「私の家は普通のテレビしかないから何だか不思議! シャンってやっぱりすごいね!」

「い、いやぁ… そう…かな」

 いつも自然にしていたことで特に意識したことはなかったから余計に照れてしまってどう反応したら良いかわからない。

〈永遠の国はチョコレート大国とも言われています。永遠の味と言われる、受け継がれてきた製法で作られるチョコレートはザクザクとした食感とカカオの風味が特徴的で……〉

「チョコレート、美味しかった。取られちゃったから、一口しか食べられなかったけど」

 ブルーベルが少し寂しそうに言う。

「奴のところで変なことされてないか?」

「それがね… 急なことで怖かったけど、あの子、すごく優しかったの」

「は?」

「お花がたくさんある… 魔法空間かな? 私が好きなブルーベルの花がたくさんあるところで不自由なく過ごせてた。知りたいことは知れたって言ってた」

 感情の置き所がわからなくなるブルーベルの話に動揺が隠せなかった。

「それに… 私、実はあの子にね、君ならシャンの力になれるから助けてやって、って言われたの」

「は? 一体何がなんだか… 奴の目的は何なんだよ!」

「わからない。でも…… 私とシャンは特別だって言ってた」

「特別?」

「助けてほしい。そう言ってた」

「助けるって何を?」

「わたしの一つは空っぽなんだって言ったの、あの子」


_______永遠の国・水の街。ヴィランの少女の視点


「やっぱり、真珠の街で助けたあの子で間違いない。だけどわからない。シャンはあの時、何をしたんだろう」

 建物の屋根の上で道ゆく人たちを見下ろしながら考え事をする。

「考えてたらお腹が空いてきちゃった。ミヤコにご飯を恵んでもらおう」

 ヒョイッと身軽に地上に降り立ち、とある中華料理店の前に来た。お客様用の入り口ではなく裏口からお店へと入る。

「チョコまんの匂い! いいところに来られたかも!」

 ウキウキしながら、ドアを開ける。

「また食いに来たのか、チビ」

「犬みたいに言うなー。ベーっだ」

「ま、チョコまんはお前にやる分だけどね」

 ミヤコ・アカタ。魔法が使えるヴィランのお友達だ。料理がとても上手だ。

「ありがと!」

 チョコまんを頬張りながらミヤコに情報を共有する。

「もぐもぐ… 秘密結社ミーティング!」

「食い終わってからやれよ。格好がつかないな」

「やっぱり花屋の女の子で間違いないよ、ミヤコ」

「お前の言ってたアレか?」

「一緒にいるシャンって探偵、記憶がないみたいでまるで力を使いこなせてないのが残念だけど」

「記憶がない? お前が見たっていう光のせいか?」

「恐らくね。わたしは飛行艇の中にいて距離もあったから影響はないみたいだけど。街の人も何も覚えてないみたいだったし。気絶してた二人を救護したのに、お礼どころか襲撃してきたもん!」

「また勘違いさせるようなことしてたんじゃないのか」

「お仕事をしただけ! 《欲の結晶》を調べさせてもらう約束だったの」

「ちゃんと還してないとか?」

「還したよ。色々調べてもう用は済んだし。それに向上心に一番厄介な“恐れ”を取り除いてあげたの。優しいでしょ」

「お前…… なんでヒーロー属性の魔法使えてんの?」

「え? かかか、簡単だよ! 反転魔法を応用したら…… なんか、できた! それより《ダメな欲》は美味しかったよ! 相変わらずのヒトの甘えと嫌悪は美味だね! 特に“恐れ”が大きいと量も多い!」

「チョコみたいで《ダメな欲》って美味いもんな。あたしもたまに奪いたくなるー」

 何とか誤魔化せたみたいだ。ミヤコがあまり細かい事を気にしない性格で良かったと思った。

リンくんの姿なら光堕ちしてるからヒーロー属性の魔法が使える。でも、そんなことバレたらヴィラン達に警戒されちゃうから言えない。

力が弱まる新月の日は大人の姿が上手く保てない。だから半分の魔力でも変身できる少年の姿を完成させた。それが… ヴィラン達にお披露目する前に捕まってしまった。マーカス・アボット。わたしが弱点の日だったとはいえ、彼は強かった。わたしのお友達が捕まっちゃったから助けたくて、探偵団事務所に忍び込んだ。細心の注意を払ったのに、どうしてマーカスは気がついたんだろう。最後の最後で彼に捕まった。魔法で真実を歪ませたから、わたしの本当の名前や素性は探偵団には割れていない。とにかく、碧衣社の恩恵を受ける者達に探偵団に捕まったなんて…… 格好悪くて言えない。色々と考えてしまった。

「そうだ! これ、レディから」

 わたしは碧衣社のエンブレムを胸元の魔法石から取り出してミヤコに渡した。

「レディ様があたしに、直々に!」

「何? そんなに嬉しいの?」

「あんなに美しいヴィランは他にいない。それに強い! 素敵だ」

「すんごいメロメロじゃん」

 まぁ、わたしなんですけどねーと心で思いながらエンブレムを起動させるよう促した。

「事は全て美しく優雅に……」

 そう唱えるとエンブレムが起動してホログラム映像が映された。

「君にとっても、わたしにとっても、世界征服の鍵になる花が見つかった。ブルーベル・ボアロ。そしてその花を手にしたヴィラン、シャン・クルー。そのことは、めっちゃ可愛いのに時々クール、とってもキュートな小さなリンちゃんから聞いたことでしょう」

「なんでお前はレディ様に気に入られてるんだよ! 羨ましい!」

「えっへん!」

 レディはわたしだからな、というのは内緒にして、レディのメッセージの続きを聴く。

「わたし達、碧衣社はシャン・クルーとブルーベル・ボアロを守り、世界征服のために調査を進めること。そしてこの計画を他の者に横取りされないように気をつけて行動を取りましょう。このエンブレムで連携を取りましょう… 事は全て美しく優雅に済ませるものよ」

 映像が切れて碧衣社のエンブレムから魔法の文字が空中に浮かび上がる。〈レディより、ミヤコ・アカタへ信頼を込めてこの専用エンブレムを贈ります!〉

「あぁ、レディ様… このミヤコ・アカタ、命に代えても言いつけをお守りします!」

メロメロだ。ちょっと心配になるくらいにチョロすぎる。

「そう言えばお前、アカリ見たか? 最近あいつ来なくなってさ。賄い食わせろーってお前みたいに来てたのにさ。お前とも仲良かっただろ?」

「うん……」

 わたしは黙ってしまった。アカリ・トモシビはわたしが助けたかったお友達だ。結局、助けられなかったし、自分もリンくんの姿のほうは探偵団の保護下にある。情けないなと思ったら、黙ってしまった。

「なんだ? 喧嘩でもしたのか? 全く、女の子は難しいなぁ!」

 ミヤコの能天気さには時々救われる。

「女は複雑ってね! まぁ、そのうち来るんじゃないかな! ミヤコが作るチョコまんは世界一だし!」

「君には才能があるって。パン屋はどの国にあっても怪しまれない、都合の良い隠れ家だって、レディ様があたしにくれた店だ。よぉし! レディ様のために!」

「おー!」

「って、お前は何もしてないだろ!」

「わたしはナビゲート役でプレイヤーじゃないもーん!」

_______


「お疲れー、二人とも!」

 アメリア先輩が部屋を訪ねてきた。アメリア先輩の明るい声は何だか安心する。

「ブルーベルちゃんにこれを! ウィリアムさんから預かってきましたぁ!」

そう言ってアメリア先輩が探偵服を手渡した。

「着替えてきてね! あ、シャンくんは準備終わってる? 女の子が着替えるんだから、男の子はラウンジにいこう!」

 アメリア先輩に半ば強引に腕を引っ張られてラウンジに向かう。

「じゃ、じゃあ、後でね。ブルーベル」

 ラウンジに着くと、ウィリアムさんが紅茶を淹れてくれていた。水の街探偵団に出向くための必要書類も揃えてくれていて軽くティータイムミーティングをした。エンブレムに一式スキャンして準備も整った。

「お待たせしました。これで着方合ってる… かな?」

 探偵服に着替えたブルーベルがラウンジに来た。デザインはウィリアムさん達と違って……  すごく可愛い。

「やっぱりブルーベルちゃんはこのタイプが似合うと思った! 私の目に狂いはないのよ!」

 アメリア先輩が無駄に左目を光らせてドヤ顔で言う。

「よく似合っていますよ、ミス・ブルーベル。その探偵服は助手用のものですが、捜査する時は何かと便利でしょうから。困ったら我ら時計台の街探偵団の名前を使って下さい」

「ありがとうございます! アメリアさん、ウィリアムさん! ねぇ、シャン。どう? 似合ってる?」

「うん。とても素敵だよ」

 照れ臭くてちゃんと目を見られずに視線を逸らしてしまった。ブルーベルが助手として一緒にいてくれることは嬉しいが、責任重大で何とも言えない感情がある。アメリア先輩が隣でニヤニヤしているのが余計に赤面させるが、一時は相棒として一緒に捜査していたのもあって、しばらく会えなくなると思うと少し寂しい気もする。

「アメリア先輩、ウィリアムさん、お世話になりました。俺たち行ってきます!」

「イエッサー、シャン・クルー。健闘を祈る」

「イエッサー、シャンくん。行ってらっしゃい!」

ウィリアムさんとアメリア先輩が心強く応答してくれた。床に魔法陣が展開され、時の国空陸ポートへの転移魔法・ポートを使った。


「着いたよ。ブルーベル」

「うわぁ。光ったと思ったら、もう着いちゃった!」

「今回はフェリーで水の街へ行くよ。2時間くらいだね。永遠の国の空陸ポートでコーディネーター役の人が迎えてくれるそうだ。マーカスさん、無事だと良いけど」

 ヴィランの少女がマーカスさんの居場所を知っていて、名前も出した。ヒーローから《欲》を強奪するのは容易ではないが、力のあるヴィランなら不可能ではない。そんな不安を抱えながら、俺たちは船に乗るためにゲートに向かった。

諸々の手続きを終えてフェリーへ乗り込む。船内にはカフェがやちょっとした土産屋がある。デッキもあるから海を見ながら時間を過ごせる。ブルーベルがせっかくだからデッキに行こうと、二人で海を見ながら話した。

「わー! すごく綺麗! 真珠の街から見える海も素敵だけど、フェリーから見る海も新鮮で好きだな」

「そうだね…… ちゃんと君を真珠の街に無事に送り届けるからね」

 ブルーベルは笑顔で俺の言葉に応えた。

「やっぱり荷物にノート、たくさんあるんだね」

「俺の魔法には欠かせないし、調査もやっぱり自分で書いたほうが整理できるからね」

「お母さんにお守りのノートくれてありがとう。あれからお話もできるようになって、だいぶ良くなったから。シャンの魔法ってすごい!」

「いや、そんな。ちゃんと助けてあげられなくて申し訳ない」

 俺は下を向いて、自分の不甲斐なさを悔いた。

「ありがとう、シャン。私はあなたに、たくさん助けられた」

 俯いた俺の頬に柔らかで優しい手が触れた。

「今度は私も一緒に頑張るね」

 俺はきっと不器用な笑顔をしていただろう。俺も君にとても助けられている。そう心でつぶやいた。

〈間もなく当船は永遠の国・水の街に到着します。お忘れ物がなさいませんよう、手荷物の確認をお願いします〉

船のアナウンスが流れ、いよいよ永遠の国・水の街へ着く。船を降りてゲートを出る。

「コーディネーター役の人ってどんな人だろう」

「紺色の国際探偵団の制服を着てる人を見つけたら話しかけてみようか」

 時の国を出る時点では急なことで具体的な担当まで決まっていなかった。

「あっ! あの紺色の制服って国際探偵団の人?」

 ブルーベルが背の高い国際探偵団の制服を着ている人物を指差す。

「あれ? 隣に別の探偵さんもいるみたい… あれは…… ロイヤルブルーの、時計台の街探偵団の制服?」

「本当だ。ちょっと話しかけてみよう」

 俺たちは二人のもとへ歩いて行って話かけた。

「あのーすみません。真珠の街私立探偵のシャン・クルーと申します。時計台の街探偵団のウィリアム・ウッドからお話を聞いていないでしょうか」

 背の高い人物が振り返る。

「シャンさんお久しぶり。また私がお供しますよ。そちらはブルーベルさんですね」

「! マーカスさん! 無事だったんですね」

「その件は忙しくて連絡ができずに申し訳なかった。かなり心配されているようだったので、安心してもらうためにも私が出迎えようと思いまして」

 俺はマーカスさんの笑顔に安堵した。ブルーベルは少し戸惑った様子で「どうぞよろしくお願いします」とお辞儀をした。マーカスさんは「こちらこそ」と会釈して応答し、続けた。

「例のヴィランの少女の捜査、今回は私もご一緒します。それと…」

マーカスさんが隣にいるロイヤルブル―の探偵服を着た少年に視線を向けた。

「! 君は!」

「こんにちは。シャン先輩。僕のことはリンくんって呼んでください」

「おぉ、知り合いでしたか」

「いえ、時の国で会ったことがありまして……」

「なるほど、そうでした。シャンさんは時計台の街探偵団にいましたものね。リンくんはロイヤル・ディテクティブ・アカデミーに在学中で私の元でインターンをしてるんです」

「あの、アメリア先輩は知らなかったんですか」

「え? リンくん、アメリアに会った時、もしかしてからかった?」

「あはは。だってアメリアさん、気がついてないんだもん。抜けてるところは相変わらずだよね。というか、あの人はマーカスしか見えてないっていうか」

マーカスさんは軽くため息をつきながら苦笑いをした。

「リンくん… … ということは、シャンさんはまだ知らないんでしょう」

 リンウッド…… リンくんはクスッと笑みを浮かべた。

「僕は、ヴィランだよ」

「へ?」

 俺は間抜けなくらいキョトンとしてしまった。

「あははは。シャン先輩もブルーベルちゃんも、何その顔。安心して、僕は光堕ちのヴィランだから」

 無邪気な笑顔に少しだけヴィランの少女が重なる気がする。

「なぁ、俺が追ってるヴィランの少女とお前は関係あるのか」

「またそれ? 髪色と瞳の色が似てるからってひどいなぁ」

「お前、変身魔法は使えるのか」

「基本的なのはものはできるよ。犬や猫になったり、カラスになったり」

「女の子に変身はできるのか」

「え? 何その質問。シャン先輩、もしかして僕のこといやらしい目で見てるとか?」

「違う。いいから答えろ」

「怖っ。流石に別人にはなれないかな。人型の変身魔法を使うのは特別な力がないと無謀だよね」

 リンくんが少々困った顔でマーカスさんを見る。

「シャンさん、確かに貴方が追っているヴィランの髪色と瞳の色がリンくんと似てますが、彼は違います」

 マーカスさんの言葉に諭されて、少し頭が冷えた。

「…… わかりました。ご無礼をすみません」

「いえいえ。リンくんは基本は優しい子なのできっと悪くは思ってませんよ…  たまにおっかないけど… 」

 隣でニコニコしているリンくんが、よりおっかない時がある事実を際立てているように見える。

「アメリア先輩がマーカスさんは飛行魔法もできると言ってました。魔力すごく高いんですね」

 マーカスさんがリンくんの肩を寄せて少し自慢げに言う。

「だから、探偵団事務所で好き勝手やってくれたこの子を捕まえられたんですけどね」

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