時の国編 エピソード6 一緒に行く!
報告を受けて駆けつけた探偵団の人たちに支えられながら事務所へポートする。幸い、俺もウィリアムさんも擦り傷で済んだ。そして、俺の手には返還されたリョウさんとジーノさんの《欲の結晶》がある。どちらも俺が見てきた時より綺麗に輝いている。
「シャン、それは被害者の《欲の結晶》か? 奪還したのか? すごいな!」
「いえ、ヴィランのほうから差し出してきました」
「は?」
「俺も何が何だか」
「とにかく、事務所で調べよう」
探偵団事務所に着き、魔法医務室で診てもらったが異常はなかった。自分のことよりもブルーベルのことが気がかりでならない。「《欲》はもう綺麗だから、後はちゃんと名前を呼んであげて」と奴は言っていた。
「シャンくん、大丈夫?」
「アメリア先輩、ブルーベルは今どこに」
「あ! 自分のことよりお姫様のこと心配してるー。ブルーベルちゃんは何も異常は無いよ。ラウンジで紅茶飲んでるからシャンくんもいっ……」
アメリア先輩の話を最後まで聞かずに医務室を出ていた。ラウンジに着くなり、ブルーベルの姿を探していた。
「シャン!」
後ろから細くて色白で綺麗な腕に抱きつかれた。声が泣いている。
「…っ。ブルーベル?」
「無事で…良かった。私達に…っ何が…起こってるの?」
泣きながら喋るブルーベルの声を聞くのは辛い。俺は振り向き、ブルーベルの顔を見てきちんと名前を呼んだ。
「ブルーベル・ボアロ」
するとブルーベルの胸のあたりが光り、魔法陣が展開され解毒された。《欲》は元通りどころかとても綺麗になっている。純粋に夢を見て正しい努力をしていた頃のように……。《欲》はすぐに汚れる。自分自身の行いと他者による影響によって醜くなることがほとんどだ。
「今の…っなに? うわーん」
急なことに驚いたのかブルーベルがもっと泣いてしまった。
どうしようとあたふたしていたら、ポケットに入っているものに気がついた。時の国にくる時に乗った飛行艇の土産屋で買ったチョコレートだ。
「…あげるよ」
「? チョコレート…」
どうすればいいのか分からない。自分でもよく分からない行動だが、これしか思いつかない。
「ありがとう」
そう言ってブルーベルは差し出したチョコレートを食べた。
「美味しい… ぐすん」
泣きながらも少し落ち着いた様子だ。その時だった。
「チョコレートォ!」
聞き覚えのある、だけどあまり嬉しくない声が聞こえた。
「ブルーベルちゃんは戻った?」
「お前… いったいどこから」
皆が一斉に警戒態勢に入る。奴だ。ヴィランの少女。
「戻ったなら良かった! 君には元気でいてもらわないとね」
「また訳のわからないことを。今度こそ逃さないぞ」
「きゃー。シャンくんったら怖いー」
煽ってくる態度は相変わらずに腹が立つ。俺は魔法で相棒を召喚しようとするがノートが手元にない。そんな思考が読まれたのか、ヴィランの少女は続けて言った。
「まだ道具に頼ってるんだ。君ならもっと出来るはずだよ」
「黙れ、忌々しい」
「ヴィラン! 大人しくお縄につきなさいっ」
アメリア先輩が拘束の魔法を放った。確かに魔法はヴィランの少女に直撃したはずだ。だが、何故か消滅している。
「アメリア・デイビーズ、あまりマーカス・アボットを困らせないで」
「! 何故マーカスさんの名を…」
「はっはっは! 諸君の《欲》は読みやすい。アメリアちゃんはマーカスさんが大好きだもんね」
「っ! なっ何をっ」
「ははは! そんな照れなくっても。マーカスさん、永遠の国で頑張ってるみたいだし、挨拶にでも行こうかな。あっそうだ」
ヴィランの少女がブルーベルと俺のそばに来た。
「チョコはもらっていくね」
そう言って、ブルーベルの手から食べかけのチョコレートを奪ってヴィランの少女は姿を消した。魔法の起動が異様に早い。
「みみ、皆さん、わ、私はべべべ、別にマーカスさんのことは何もおおお、思ってませんから!」
アメリア先輩が顔を赤くして弁解しているが、それどころではない。
「そんなことより、マーカスさんに知らせないと!」
俺はエンブレムを起動し連絡を試みる。
〈現在、取り込み中のため対応不可。メッセージを残すか後ほど通信を試みよ〉と表示が出た。
「マーカスさん、追ってるヴィランくんが永遠の国にいるって言っていたような。とりあえず、私からメッセージを残しておくよ。それに、マーカスさんならあんな小娘ヴィラン相手にやられないって!」
アメリア先輩は陽気に言うが、異様な魔法の起動の速さ、魔法攻撃が効いてないところを見ても警戒はした方がいい相手だ。
「やっぱりマーカスさんといえど、放ってはおけません。俺だけでも永遠の国に行きます! 奴だってもうここにはいないのなら、追いかけるべきです!」
「やっぱりそう言うと思ったよ。私はここに残ってウィリアムさんと今回のことについて後処理をしておくね。ブルーベルちゃんは…」
「シャンと一緒に行きます!」
アメリア先輩の言葉を遮ってブルーベルが言った。俺もアメリア先輩も驚いている。
「俺は一人で大丈夫だから、落ち着いたら家まで送ってもらった方が安全だよ」
「そうだよ! ブルーベルちゃんの身の安全はこのアメリア・デイビーズに任せて! ね!」
「いいえ! お母さんをあんな風にして…… 一言言ってやらないと気が済みません! それに… いえ、でも…… シャンには迷惑をかけてばかりで、真珠の街でもずっと頼りっぱなし… 私、助手くらいなら出来ると思うの!」
ブルーベルの真剣な眼差しに嬉しくも不安が込み上げる。
「だけど…」
「シャンさーん!」
ウィリアムさんがすごい形相でこっちに来ている。
「私達の代わりに水の街へ派遣されてくれませんかぁ!」
そう言ってエンブレムより表示された応援依頼を俺に見せてきた。
〈永遠の国・水の街探偵団より応援要請。空中戦が見込まれるため飛行魔法が得意な者を推奨〉
「我ら時計台の街探偵団然り、時の国には解除系魔法や具現化など推理の際に役立つ魔法が得意な者は多いですが、寒い気候が故か空を飛びたがる者は少なくて飛行魔法が得意な者は少ないのです。ぜひシャンさんに依頼を受けて欲しいのです!」
「わ、わかりました。でも、ブルーベルは…」
「大丈夫! 私もシャンと一緒に行くよ!」
ブルーベルの力強い応答に勇気づけられた。それにブルーベルは一度決めたら聞かないところがあるのは知ってる。俺も「わかった」とうなずく。
「アメリア先輩、お願いがあります」
ブルーベルの母親のジーノさんと画家のリョウさんの《欲》をエンブレムの保管空間から取り出してアメリア先輩に渡す。
「真珠の街にこの《欲》を届けて欲しいんです。あのヴィランの少女の被害者達のものです」
「随分とキレイだねー。シャン君が浄化したの?」
「いいえ。気にはなっていたのですが、渡された時にはすでに綺麗な状態でした」
「…… その子、光堕ちの才能があるのかも。この状態の《欲の結晶》ならもっと力を発揮できるね。ちょっと興味あるな」
「光堕ちの才能?」
「うん。ヴィラン属性でも“生まれ”がそうだってだけで、優しい子はいるんです。正義感があってどんな困難にも立ち向かえる、我々なんかよりヒーローなヴィランだっています。ってマーカスさんが言ってたんだよ」
「とにかく! シャン君、この《欲》は私が責任を持って真珠の街の人に還してくるよ! 任された!」
「ありがとうございます、アメリア先輩」
こうして俺たちは永遠の国・水の街へ行くことになった。
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