時の国編 エピソード5 やっと見つけた花

 時計台の街探偵団事務所に着き、状況を説明してブルーベルの保護をしてもらうことになった。

「じゃあ飛行艇にいるのは誰なんだ」

「ヴィランがブルーベルに変身しているか、人形か何かに映しの魔法がかかっているのか……」

ウィリアムさんが考え込んでいる。

「私にその映像を見せてください」

アメリア先輩が左目を使ってヴィランの飛行艇内の映像を見る。

「んーこれは我々が追ってるヴィランの変身ではないみたいです。これって…… 過去の記憶系の魔法…… のコピーかな」

「記憶系…… 石の街探偵団のリートさんが痕跡魔法を使えます。彼はそのヴィランと戦闘もしました。何か関係ありますかね」

「ははーん。魔法のキーのコピーだね」

「どういうことですか」

アメリア先輩がじっと俺を見る。

「そのリートさんって人の魔法の術式キー、つまり魔法陣をコピーして私たちにブルーベルちゃんの過去の映像を痕跡として見せてるってわけ」

「それってリートさんの術式がハッキングされてるってことですよね。教えないとマズくないですか」

「そうだねー可哀想だけどリートさんには魔法陣を描き換えてもらわないといけないかも」

「連絡してみます」

俺はエンブレムを通してホログラム通信でリートさんに連絡をする。アメリア先輩の国際探偵団権限で登録された術式キーへのアクセスを許可してもらった。リートさんは「あのヴィラン腹立つな」と画面越しに苛立ちを見せている。ウィリアムさんに術式キーの解析をかけてもらうと抽出した映しの魔法のキーとリートさんの痕跡映しの魔法のキーが一致した。

「荒い箇所はあるけど見事にコピーされてますね。リートさん魔法陣を新しく描き変えた方がいいです」

「覚えるの苦労するんだぞ。くそー」

アメリア先輩の提案にリートさんは悔しそうだ。確かに、術ごとに魔法陣を記憶し使いこなすのは一苦労だが、それが魔法使いとしての腕でもある。近年では現代技術も織り混ぜられて、他人の術式をハッキングしてコピーする輩も出てきた。もちろん規則が制定されていてそれを超える魔法は禁忌とされる。今回の術式ハッキングは規則内のもので子供のお遊びという感じだ。完全にあのヴィランに舐められている。こういった魔法に関することは人間の手に負える領域ではないことから我々のような探偵が組織され、一般の警察とは違う動きで問題解決をしている。

「船はどこだ」

ウィリアムさんが慌てた様子で声を出した。モニターには監視していたはずのヴィランの飛行艇が映っていない。真珠の街で俺が経験したように飛行艇はまた姿を消した。

「すぐに包囲魔法を張って捜索を! アメリアくん、状況は見えるかね?」

アメリア先輩の左目が光る。

「完全に消えています。モニター越しでは不完全なこともあるので、現場で確認しないことには確証は持てませんが」

「またか。そこにあってそこに無いって変な感覚だ」

ホログラム通信からリートさんも応答する。

「アメリア先輩、リートさん、もしかして奴の飛行艇はまだそこにあるんじゃないですか」

「シャンくん、それってどういうこと?」

「術式ハッキングができるなら、かけられた魔法を打ち消す魔法も使えるのかもしれません。つまり、監視の魔法の無効化です」

「でも俺らが真珠の街の港で見た時は物理的にも消えてたよな」

「そうなんです。そこが引っかかっていたんですが、物理攻撃に対しての護りの魔法も使えるなら不可能ではないはずです。魔法と物理攻撃に対して耐性があるのかもしれない」

「シャンくん名推理! もしそうなら、効果的な方法はデバフ系魔法だね。魔力を下げて術式の効果を失くすのがいいかも! ウィリアムさん、魔力減少とか得意な人はいませんか」

 ウィリアムさんが髪をかき上げて得意げな表情で言った。

「実はこの私、デバフ系魔法は大の得意です! 多くのヴィランどもは魔力の高さを誇示したがりますがかっこうの獲物ですよ。私の前ではどんな魔法もショボくしてみせましょう!」

 「おお! それは心強いですね! 早速現場に向かいましょう」

 アメリア先輩が元気よくポート用の魔法陣を展開するとリートさんが水を差すようにツッコミを入れる。

「ところで飛行魔法は全員使えるのか? 相手は飛行艇だ。それとも地上から届くほどの射程距離がある凄腕魔法使いなのか?」

 数秒の沈黙が流れたと思うと、ウィリアムさんが持っていたティーカップを床に落として泣き出した。

「オーノー。私は飛行魔法はダメ。アイキャントフライ。絶望だ」

別人のようで少々驚いたがウィリアムさんは感情の起伏が激し人のようだ。そしていつも紅茶を飲んでいる。

「私も飛べません。国際探偵団なのにお恥ずかしい。マーカスさんなら飛べるんですけど」

アメリアさんが申し訳なさそうな顔をして言った。

「俺も飛行魔法はあまり上手くはないですが、短時間なら保てます。そういうリートさんはどうなんですか?」

「俺も飛べないから聞いたんだよ。それに今回は俺はそっちに行けないぞ」

「えー! シャンくんは飛べるの? 凄すぎじゃん。先輩失格だよー」

「アメリア先輩泣かないでくださいよ。ウィリアムさんまで」

 キリッとした先輩方を見てきたから、拍子抜けしたところはあるが、なんだかんだで人間味があって素敵な人たちだ。

「今回はウィリアムがヴィランの飛行艇にデバフ魔法かけないと成り立たない作戦だろ。どうすんだ?」

 リートさんはたまに偉そうなので相変わらず少し苦手だ。

「では、俺が翼を召喚してウィリアムさんを飛ばせてくれるようにしてみます。今まで召喚したことのある相棒なら、その力を借りることができるんです。翼を持つ相棒は最近召喚できたし、過去にもオオワシもいましたから」

一同が目を丸くして俺を見ている。

「えー! 嘘でしょ?」

「オーマイガー」

「お前…」

 アメリア先輩、ウィリアムさん、リートさんが声をあげた。

「そんなに驚くことですか」

「シャンくんって魔力高いんだね! もはやシャン先輩って呼ぶレベル」

「そんな大袈裟な。かなり魔力を使うので持って一時間ですよ」

「一時間持つのかよ。まさかお前の〝生まれ〟って… あ、いや、ここでいうことじゃないな。とにかく、シャン、お前がやれるってんなら心強いじゃないか。頑張れよ」

リートさんはそう言ってホログラム通信を切った。濁した言葉が気になるが、今はヴィランの捜索が先だ。俺達は屋上へ移動し、作戦決行の準備をした。

「それではウィリアムさん、始めます」

 俺は手を前にかざし、二連の魔法陣を展開する。一つは俺の前に、もう一つはウィリアムさんの前だ。大技となると詠唱しないと発動できない。

「我創りし貢献の欲の化身よ。その翼をかの者に宿せ」

 魔法陣が輝き、過去に召喚した相棒、オオワシのクロ五号とフクロウのクロ十五号が現れる。俺の周りを旋回してからウィリアムさんの方へ飛んだ。光に包まれたウィリアムさんの背に黒い翼が宿った。

「す、すごい!」

アメリア先輩が目を輝かせている。

「スーパーヒーローみたいです! 君はすごい魔法が使えるんですね」

 ウィリアムさんも目を輝かせてそう言ってくれた。

「褒めても何も出ませんって。早速ヴィランの飛行艇があったところまで向かいましょう」

「この翼があれば何でもできる気がするよ! ありがとうシャンくん!」

「はいっ!」

 勢いよく助走をつけて、ウィリアムさんはスーパーヒーローのように翼を羽ばたかせて空を舞う。ロイヤルブルーの探偵服はマントがついているから余計にそう見えた。後ろから飛行魔法で追った。はしゃいで飛んでいるウィリアムさんを見て、人の役に立てて良かったと嬉しく思った。


 気が緩んだのも束の間、奴の飛行艇があるはずの場所までやってきた。

「ウィリアムさん、得意の魔法、お願いします」

「お任せください!」

 ウィリアムさんが両手を掲げて魔法陣を展開する。

「我の前にはばかりし門を解け」

 ウィリアムさんが詠唱をすると数学式のような文字が無数に出現し、ヴィランがかけている魔法を解除していった。文字が溶けるように本来の景色を顕にしていく。

「見えた! 船だ!」

 飛行艇の姿が見えたと思ったその時、聞き覚えのある声が高らかに笑った。

「はっはっは! 探偵諸君!」

 あのヴィランの少女が飛行艇の上で得意げな表情をしながら現れた。

「また会ったね。シャン・クルー」

「! なぜ俺の名を知っている」

 奴はニヤリと笑う。

「なぜって… ひどいな。こんなに可愛い子を忘れるなんて」

「!?」

一体何を言っているんだこいつは。

「やっぱり忘れちゃってるんだ。ブルーベルちゃんって凄いんだね。知りたいことはもう分かった。せっかく解放してあげたんだから、大事にしないとダメだよ。ちゃんと名前を呼んであげて」

「さっきから何を言っている」

奴は二つの輝く《欲の結晶》を出した。ジーノさんとリョウさんの《欲》だ。

「その《欲》を返せ!」

「返すよ」

俺のもとへ《欲の結晶》を二つよこした。

「ちゃんと返すよ。二人のダメな欲は食べちゃった」

「一体何のつもりだ。お前が口にしていいものじゃないぞ」

「君は何も知らないんだね、シャン」

「気安く呼ぶな」

奴が口を開くたび、生意気な態度に眉間にしわが寄る。子供のくせに妙な威圧感がある。油断ができない緊張も相まって感情が抑えられない。

「わたしを知れば君のことも分かるよ」

 意味のわからない言葉に腹が立った。無意識に俺は奴に炎の攻撃魔法を放っていた。俺の魔法は避けられることなく奴の全身に直撃した。

「ひっどーい。女の子に不意打ちとかありえない! ベーっだ」

無傷で俺に舌を出して無邪気に喋っている。確かに直撃したはずだ。何が「ベー」だ。奴の胸元が光ったと思うと手をかざし下に指差して唱えた。

「お前は落ちろ。痛みは感じなくていい」

ウィリアムさんに向けた魔法だった。デバフ魔法をかけようとした彼に気がついた奴は一瞬で魔法を使っていた。魔法の起動スピードがやけに早い。

「ウィリアムさん!」

落下していくウィリアムさんを助けようと俺は後を追いかける。

「くそっ、間に合え」

 届きそうにない手を伸ばしてただ祈った。もう地面はすぐそこだ。

「もうダメだ」

ポヨヨーン。モフモフ。

「へ? 落ちて、ない?」

「雲みたいで柔らかいですね。私もうダメかと思いました」

俺とウィリアムさんは雲のようだがトランポリンのような弾力のある青い物体の上にいた。唖然としているうちに、術が解けたように一瞬光ってその青い物体は消え、俺たちは地面に無事に着地した。

「痛みは感じなくていいって… あいつ召喚術まで使ってやがったのか」

相手を操作し落下させ、物体を召喚していた。複数の魔法を一瞬で使える奴がヴィランで、敵なのか。

「お前っ」

 上を向くと、空っぽの夜空があった。奴は、ヴィランの少女は、またどこかへ消えてしまった。


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